第9章【再 会】(2)
第9章【再 会】(2) 完
通路脇で喪服姿の佐織が、あたりをしきりに見渡していた。
春花も佐織のそばで、入り口の方を見ている。
と、そこへ大介が、いつものジャンバーを手に持って、父の遺影前へ向かって歩いて来た。
「兄さん」
佐織は声をかけるが、大介は正面を見据えたまま、無言で歩いて行く。
会場内からも、大介に視線が集まった。
「ぼっちゃんだ」
と、ささやく声が…。
そして
ほほえむ顔が、大介の姿を追うように動く。
大介は、口を一文字に結び、じっと遺影を睨むように見つめていた。
そして…引き返して行く。
誰とも会話することなく、葬儀場を無言で立ち去って行った。
佐織は、大介の後ろ姿を見送ると
「兄さん、決心したみたいだね」
と、微笑みながら春花に言った。
春花は、佐織の顔を見つめ聞き返す。
「決心、と言うと…?」
そこへ新聞社の、村上社長が寄って来た。
「いや~真に残念です。お力を落とさずに…」
佐織は、丁重に一礼する。
そして、春花が
「いろいろと村上社長には、お世話になりまして有り難うございました」
と、お礼をのべると
「いやいや、こちらこそ…」
と言いながら、村上社長は話を続けた。
「蒼井社長は、お父様から会社を引き継いだあと、無我夢中で頑張って来られた。そして、お一人で全ての罪を背負って行かれたのですなぁ~。壮絶な人生だったと思いますよ。私に言わせれば、蒼井社長も、時代の被害者だったのかも知れませんなぁ」
と、手に持った数珠を握りしめながら、しんみりと語った。
春花と佐織は、蒼井社長の遺影を見つめ、目をうるませる。
「では失礼いたします」
帰りかけた村上社長が、ふと立ち止まって
「あ、そうそう、今朝ほど、大介君から辞表を預かりました。お父様の会社に入る決心を、したんじゃないですかな」
佐織が大きく、うなずく。
村上社長は
「実は昨日も、こちらの専務さんと、常務さんが来られましてね。大介君を、次期社長にと…。
ぼくは残念だが、彼とアオケン組の将来を考えると、やむを得ません。彼は若いけれども人望がある。将来きっと良きリーダーになるでしょう」
そう、話した村上社長は、ゆっくりと式場を去っていった。
春花と佐織は、村上社長の背中に、深々と頭を下げて見送った。
そして春花は、佐織に
「ところで佐織さん、これからどうされるのですか?」
「とりあえずアメリカの友達の所へ行くの。来週から…」
と、明るい表情で話す沙織の言葉に、驚く春花は
「アメリカへ?」
と、聞き返す。
黙って、うなずきながら沙織は
「母が元気になったら、迎えに来るわ。一緒に住もうと思うの」
そして…。
「春花さん、兄さんのこと、よろしくね」
と、佐織は笑顔で春花を見つめながら言った。
春花が一礼すると、沙織は静かにその場を離れて行く。
その佐織の目には光るものが溢れ、手で必死に押さえていた。
それから一年後…。
アオケン組では。
朝、ロビーの掃除をする男がいた。
かってホームレスだった松井源造である。
アオケン組の、社長を引き継いだ大介が、社員として呼び寄せたのだった。
そこへ大介が、スーツ姿で入ってくる。
源造は、帽子をとりながら、笑顔で頭を下げる。
そして…。
受付には、小山悦子が、社のユニフォーム姿で立っている。
河川敷公園で、大介に説教された、あの女子高生だった。
「社長、おはようございま~す」
小山悦子は、元気よく挨拶した。
「どうだ、少しは慣れたか」
「はい、ありがとうございます」
大介は、小山悦子に指でVサインをしながら、廊下を歩いていく。
そこで、大下美樹とすれ違った。
彼女も、あの時の女子高生。
「おはようございます」
と、一礼しながら大介に挨拶。
ニコッと手をあげて、すれ違う大介。
と、その時、大下美樹が振り向いて
「社長、今日のネクタイ、すてきです」
と、言った。
大介は背を向けたまま、手を振り歩いて行く。
クスッと笑って大下美樹は、大介を見つめている。
社長室に入った大介は、窓を開けて大きく腕を伸ばした。
そして、
「何が、すてきだ、バ~ヤロ~」
と、机に戻りながら、ネクタイをはずした。
上着も脱いだ。
大介が再びロビーへ出て来る。
今度は、ノーネクタイで、いつもの黒いジャンバー姿だった。
そして、清掃中の松井源造に近寄ると、左手の腕時計をはずして
「源さん、これ使ってよ。おれ、こんなの面倒くさくてさ。ね、ね」
源造は、ビックリしながら、両手で時計を受け取ると
「あ、ありがとうございます」
と、何度も何度も、頭を下げる。
源造の肩を、ポンポンと叩くと、大介は足早に受付けを通り過ぎる。
「あ、社長 どちらへ?」
受付の小山悦子が、困惑した顔でたずねるが、大介は無視して出て行った。
やがて、事務所玄関横の、駐輪場からバイクに乗った大介が…。
小山悦子が走ってくる。
「社長、社長…」
大介は後ろ手に、手を振って走り去ると
「う~ん、もう」
小山悦子は、大介の姿を追いながら、口をふくらませた。
隣の倉庫前では、リフトでトラックに資材を積んでいる二人の男がいた。
かって春花を襲った男、村西章也と外川晋次。
大介の姿を、目で追いながら笑っていた。
玄関先に来ていた松井源造は、小山悦子に
「気にしない、気にしない」
と言って笑う。
小山悦子は、源造の顔をみて、次に大介が走り去った方に目を向け、また源造を見ると笑顔に変わった。
一方、大介の家の中庭では…。
春花が、鼻歌を歌いながら、洗濯物を干していた。
縁側のベビー籠には、赤ん坊がはしゃいでいる。
そこへ、みのが、うつむいて歩いてきた。
「あら、みのさん、どうしたの? 元気ないわね」
「若奥様、わたし…」
みのは、下をむいたまま
「おいとまを頂きたいと思って…」
「ええ~? 何を言っているの?」
春花は驚いたように、みのの傍へ来る。
「私の役目は、もう終わったのじゃないかと…」
それを聞いた春花は、みのの両肩にゆっくりと手をかけると
「や~だ、そんな事考えてたの? ここは、みのさんのお家なのよ。大介は、みのさんの事、ずっと母親と思ってるわ。そんなこと言わないで…」
泣く泣く、エプロンで顔をふくみのは
「でも、なんか申し訳なくて…」
その時、携帯電話が鳴り、春花は縁側に上がって携帯をひらいた。
そして、
「あ、みのさん、私、急な仕事が入ったの。この子見ててくださる。ね、お願い!」
「は、はい若奥様」
急に明かるくなった、みの。
さらに春花が
「あっ、そうそう、みのさん。今度の休みに四国の両親が来る事になったの」
「まあ、若奥様の、ご実家の?」
みのは驚いた。
「うちの父がね、孫の顔がみたくて仕方がないんですって…」
そう言いいながら奥へ歩きかけた春花。
くるりと振りかえり
「みのさ~ん。この子の、おばあちゃんで、ずーっといてね」
と、微笑みながら言った。
みのは、顔をくしゃくしゃにして、何度も顔を縦に振っている。
春花はジーンズ姿にカメラ、ヘルメットを持って近くの道路上に来た。
誰かを待っているかのように、遠くを見つめている。
そこへ、大介のバイクが走ってきた。
笑顔で手をふる春花。
バイクの後ろにまたがり、大介のお腹に、しっかりと腕を巻き付ける。
そして、大介の背中に頬をピタリと寄せると…。
バイクは勢いよく走りだす。
春花と大介を乗せたバイクが、青空に映える河川敷の堤防を走り抜けていく。
ゆるやかな、みどり川の水面に浮ぶ白い雲。
時の流れを辿るかのように、ゆっくりと…。
鉄橋を渡る電車の音が、高らかにひびく。
そして堤防沿いには、たわわに咲きほこる藤の花。
さわやかな五月の風に、うす紫の甘い香りを放っていた。
【完】
阿希 倉長・著
■小説【藤の花が咲いた】 「もくじ」
「作者について」「あらすじ」「みどころ」
第1章【五月のそよ風に】(1)(2)(3)
第2章【藤の花が咲いている】(1)(2)
第3章【試 練】(1)
第4章【仄かな想い】(1)
第5章【おにごっこ】(1)
第5章【おにごっこ】(2)
第5章【おにごっこ】(3)
第6章【かくれんぼ】(1)
第6章【かくれんぼ】(2)
第7章【わかれ】(1)
第7章【わかれ】(2)
第8章【冬の終わりが春の始まり】(1)
第8章【冬の終わりが春の始まり】(2)
第9章【再 会】(1)
第9章【再 会】(2)【完】