第9章【再 会】

第9章【再 会】(1)

同じ日、春花はアパートの整理をしていた。

短い期間だったが、この部屋には思い出がいっぱい詰まっている。

机の引き出しを開けると、そこには一枚のファックスが…。

それは、かって母から届いた、見合いをすすめる内容だった。

少しの間みつめていたが、ニコッと微笑みかけてゴミ袋へ…。

「もう、お見合いなんてしたくない」

そして…

春花の脳裏に、また父の形相が浮かび上がる。

これからまた四国へ帰るのだと思うと、やりきれない気持ちになった。

いったんは将来を、両親の決めた人に預けようとした。

しかし、それは大介を諦めるために、選んだ選択肢に他ならない。

お見合いが近づくや、体調不良と言う形で春花の身体が、拒否反応を示した事実。

自分自身の中で葛藤が繰り広げられ、今もなお、終わろうとはしない。

「人生って、何だろう?」

窓から町の景色をみつめながら、大きく息をつく。

春花の心を最も揺り動かした、その大介は、佐織と言う女性と…。

「すべてが思い通りに行くわけじゃないから…」

そう自分に言い聞かせた。

一通り、荷物をまとめたあと、春花はアパートの周りを散策したくなった。

ここに住んでいながら、この町の風景を実は、ほとんど知らない。

毎日毎日、車で素通りし、ガラス越しの視覚だけの町だった。

「それじゃ、もったいない」

どんな香りがするのか、どんな声が、音が聞こえるのか、何を感じるのか。

自分がここで、生きてきた事の証を、五感に収めてから四国に帰ろうと…。

四月末を迎えた、この季節。

草の花にも、溌剌とした躍動感。

小川の流れにも若草がそよぎ、親子らしい鳥のさえずりが心にひびく。

「もっと早く、歩いていたら」

そんな気持ちが込み上げてきたとき、ふと前方に藤棚が見えた。

「こんな所に…」

春花は、なつかしさと、うれしさが重なり、足取りを早くする。

どなたが世話をされたのか、きれいな薄紫の花房が、満面の笑みで春花に微笑みかける。

探し求めていた大切な人に、やっと巡り逢えたように…。

そして次の瞬間、不思議な感覚に包まれ、胸の奥からまた、かっての切ない気持ちが込み上げてきた。

大介との束の間の日々が、脳裏をかけめぐる。

そして…。

夢か現か、さだかではない、あの占い師との夜がよみがえった。


(回想)  (酔っていた春花)

どこをどう帰って来たのか、春花には全く記憶がない。

アパートの階段を上がろうとした時。

右手に、輝くような眩しい光の輪が…。

目をこすりながら、見つめると。

そこには年配の女性が、白いテーブルに座り微笑んでいる。

春花は、ゆっくりと近寄る。

なんと、そこにいたのは、占い師。

「失恋したのね。さあさ、そこにおかけなさい」

占い師に、うながされるまま、春花は椅子に座る。

気品のある、とても温かいまなざし。

「この人なら、きっとわかってくれる」

そう思った春花は

「わたし、もうダメなの。どうしていいか解らない」

と言うなり春花は、机に伏せて泣き出した。

すると占い師は、

「心配しなくて大丈夫よ」

と、春花の髪をそっと撫でてくれたのである。

しばらくして

「あなたの願いは叶うから…」

「いつ叶うの?」

春花は、机に顔を伏せたまま、占い師に聞くと

「そうね、来年の春。~そう、藤の花が咲く頃ね」

そして春花は、小さな声を絞り出すように

「ほんとに…」

「そうよ。でね、その時は一直線に相手の胸に飛び込んでゆくの、わかったわね」

「うん、わかった」

と応えると、机上に伏せて目を閉じる。

そして、春花の目からは、ひとすじの涙がこぼれ落ちた。

(回想おわり)


春花の胸が小刻みに震える。

そして…。

「占い師の言葉は、もしかしたら?」

そんな予感がした。

微動だにしない春花の目は、

いつしか薄紫色に染まっていた…。

「わたしのために、咲いている」

「後悔したくない…」

春花は一目散にアパートへ引き返した。

その日の午後…。

大介は堤防を、北から東へ向かって走っていた。

その時…。

ふとバイクを止めて、河川敷を見る。

遠くの川岸を、一人の女性が歩いているのが見えた。

大介は、その女性に目を向けたのだが

「まさか」

と、苦笑いすると、思い直したように再び走り出す。

しかし二十メートルほど走った大介は、突然ブレーキに足をかけた。

「・・・・」

片方の足を地につけると、前を向いたまま一瞬、大介の時間が止まった。

そして、驚いたように河川敷を振り返る。

遠くの川岸で、手をふる女性の姿。

大介はバイクを倒し、一目散に堤防の土手を駆け下りた。

無我夢中で、ただ夢中で、河川敷を走る。

その大介に向かって走るのは、春花だった。

「春花~!」

大介の大きな声が、河川敷にとどろく。

「大介~!」

まるで、こだまのように春花の声が返ってきた。

そして…。

大きく手を振る春花の片手には、ショルダーバックが大きく揺れる。

まるで岸辺の岩に当たって、跳ね返る波のように…。

川面をキラキラと輝かせている、春の日差しがとてもまぶしい。

春花は、大介に両手を広げながら飛びついた。

大介は、春花をキャッチするように抱き上げたまま、一回、二回とその場を回転。

春花の両足が、大介を軸にして空中を遊泳した。

春花の手は、大介の背中を。

大介の手は、春花の背中を、痛いほど強く引き寄せる。

そして…。

春花の唇に、大介の唇が、軽く重なった。

しかし大介は、すぐ唇を離して、春花の目を見つめる。

そして…。

もう一度、重ねた…。

それは、最初とは違った。

大介の腕に、力が入った。

春花も、それに応えるように、腕と手の指先に力を入れた。

唇を重ねたまま、春花の目から頬に熱いものが流れた。


堤防沿いの藤棚には、満開の藤が、甘い香りを放っている。

そして、鉄橋を渡る電車の音が、空高く響いた。



町の葬儀会場の、入り口には…。

「代表取締役社長 蒼井 雄介儀 社葬式場
 株式会社 アオケン組」

と、書かれた大きな看板が立っていた。

式場正面の祭壇には、蒼井 雄介の遺影が飾られ、大勢の弔問客が列をつくり焼香をしていた。

またしても、永遠の旅に向かう人との遭遇。

春花は、昨日大介に会った時、お父様の死を聞かされショックを受けた。

何と言えばいいか言葉もみつからぬまま、とにかく葬儀が終わるまではと…。

「私がここへ戻ってきた前日に、蒼井社長は亡くなった」

春花は、その因縁めいたものに、何かを感ぜずにはいられなかった。

そして、今日…。

式場に大介の顔は、もちろん見あたらないし、果たして来るのかどうかも…。

さらに…。

春花には、どうしても会わねばならぬ二人がいた。

一人は、佐織。

そして、もう一人は、畑中 憲悟。

しかし畑中は、自らの希望で退職したらしいとの事。

東京のIT関連の友達から誘いを受け、事業を立ち上げるとか。

春花にしてみれば、嫌な記憶があったので

「良かった、これで…」

と、気が晴れた。

さて、佐織は?

春花に冷たくした佐織だが、キチンと今日は向かい合いたいと思っていた。

しかし、その佐織から思いがけない言葉が返ってくることに…。

大介が口を開こうとしなかった一連の謎が、一挙に氷解したのである。

そして、佐織は深々と春花に頭を下げた。

中丘 佐織・二十歳。

蒼井雄介の、いいなづけである中丘 目久美の娘。

大介とは、五歳年下。

大介の母が生存中に生まれる。

この事が原因で、大介の母は心労で入院、

やがて帰らぬ人となった事を春花は知る。

佐織のことは会社でも、知っている人は、ほとんどいないと言う。

その佐織は成長するにつれ、異母の兄がいる事を知り、どうしても会いたくなった。

佐織は十八歳をすぎた頃、身分を偽って新聞社を訪れ面会を求めたりしたのだと…。

そして、段々と大介に恋心を抱いてゆくが、大介は相手にしない。

そんな大介の前に現れたのが春花。

嫉妬したのだと…。

そして、佐織の実母は体調を崩し、今実家のある岐阜県に戻っているとの事。

春花は、佐織の人生にも、一つの悲しいドラマがあった事を知り、

胸を熱くした。


第9章【再 会】(2)【完】


小説【藤の花が咲いた】 「もくじ」
「作者について」「あらすじ」「みどころ」
第1章【五月のそよ風に】(1)(2)(3)
第2章【藤の花が咲いている】(1)(2)
第3章【試 練】(1)
第4章【仄かな想い】(1)
第5章【おにごっこ】(1)
第5章【おにごっこ】(2)
第5章【おにごっこ】(3)

第6章【かくれんぼ】(1)
第6章【かくれんぼ】(2)
第7章【わかれ】(1)
第7章【わかれ】(2)
第8章【冬の終わりが春の始まり】(1)
第8章【冬の終わりが春の始まり】(2)
第9章【再 会】(1)
第9章【再 会】(2)【完】


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