第5章【おにごっこ】(1)

第5章【おにごっこ】(1)

午後、六時半。

町のレストラン前の道路。

小雨がパラついている。

ライトをつけた車もあれば、まだの車も。

天気の良い日なら、この時間は未だ明るいはずだが…。

大介が、レストランに向かって歩いている。

と、その時。

店内から、春花と畑中憲悟が…。

大介は、とっさに物陰に隠れて見守る。

春花は、畑中の差し出した手を握る。

そして…。

畑中は車に乗り、窓から手を振りながら道路へ。

畑中を笑顔で見送る春花に、大介の視線を感ずる筈はなかった。

そして、春花は腕時計を見つめ、

辺りを見回しながら再び店内に消える。

物陰から出てきた大介。

畑中が走り去った方向を、ジーッと見みつめている。

にわかに雨脚は早くなってきた。

大介の髪を濡らす雨は頬を伝い、ポタポタと地に落ち始める。

が、大介は動こうともせず、立ちつくす。

そして、唇を噛みしめると、くるりと向きを変えた。

激しい雨音と共に辺りは暗くなり、往来する車の、ヘッドライトが、その雨を映し出している。

そして、そのライトの灯りに時折、大介の姿が浮かんだ。

路肩の電柱に、寄りかかるように背を預けた大介。

天を仰ぐと、またゆっくりと力なく歩いて行った。

一方、店内では、携帯を握る春花。

時間は、七時十分。

約束の時間になっても、大介が来ない。

店内や入り口の方を見つめた春花は、大介に電話を入れるが…。

呼び出しているものの、応答なし。

携帯をテーブルにポンと置くと、左手にアゴを載せる。

そして、右の指で、しきりにテーブルを、コツコツ叩き

「何かあったのかしら?」

そう、思いながら目の前の、コップの水を含む。

そして…。

春花の脳裏には、なぜか佐織の顔が浮かんだ。

別に、どうと言う事でもないのだが、自然と浮かんで来てしまったので、かえって

「何なんだろう、あのひと?」

と、考え出したのである。

窓を打つ雨に

「もしかして事故でも」

と、あらぬ考えが、浮かんでは消えていく。

今日は大介に、いろんな話をしたいと、楽しみにしていたのに…。

単なる食事ではない。

大介に投げかけてみたい言葉。

それを、春花は密かに、胸に用意していた。

将来のこととか。

仕事のこととか。

特に、「将来のこと」

これを、どう切り出していこうか?

あれこれと、考えていた。

それなのに…。

ふくらんだ風船が急に、しぼんだ様になってしまった。


想いが繋がっている筈なのに、運命はイタズラ好き。あらぬ誤解を招かせるのだ。これを【おにごっこ】とか【かくれんぼ】と言う。


翌、七月四日。

春花は、新聞社の駐車場に着くと、すかさず駐輪場に目をやる。

大介のバイクがあるのを見ると、足早に玄関へ…。

ロビーで、新聞を読んでいる大介を見つけるや否や、春花はつかつかと歩み寄り

「きのう、どうしたの?」

すると、急に立ち上がる大介。

春花は

「今日一緒に、取材に行ってほしい所があるんだけど?」

歩きながら大介は

「俺は行けない、今日は」

と、つっけんどんに言い放ち玄関を出た。

追いかける春花が

「ねえ、何むくれてるの?」

大介は無言で、バイクに乗り走り去った。

目で追いながら、春花は力なく自分の車にもどる。

そして、ドアを開けたまま、シートにもたれ、ため息をついた。

「身勝手ね~、男って」

不愉快なまでの、この感情は大介のせいだと、春花は悶々とした。

すると…。

門から入ってくる佐織が見えた。

春花は、急いで車から降り、あとを追うようにロビーに向う。

この際、素性を確かめてみたい、衝動にかられたのだ。

受付嬢が、佐織に応対していた。

外出中と知らされたのか、佐織はうなずいて玄関先に歩いて来る。

とっさに春花は

「あの~私、こういう者です」

と言って、春花は名刺を差し出すと

「何か?」

「蒼井大介さんと一緒に仕事をしている、岬春花と申します。先だっても訪ねて来られましたが、まだ大介さんとお会いされてないのでしょうか?」

「それが何か?」

「いえ、もしそうなら、私がご用件を伝えられるかと存じまして…」

「せっかくですが、プライベートの事なので…。失礼いたします」

ロビーには、佐織のヒールの音が高々と響く。

春花は、丁重に一礼して佐織を見送ったが、内面は少しムカついた。

そして

「大介の恋人?」

腕組みをして、人差し指でアゴを突くようにして、またソファーに腰を降ろすと

「だよね~、きっと」

独り言を繰り出していた春花だったが

「ま~いいけど、別に」

と、自分に言い含めると玄関へ向かった。


その夜、大介の家では…。

みのが台所に立っているところへ、帰ってきた大介。

「あら、ぼっちゃん、お帰りなさい。お早かったですわね。お食事、もうすぐ出来ますから」

みのが、声をかけたが

「いらない」

と、そっけない返事。

すかさず、みのは

「あの~、さきほど春花さんから、お電話がありましたけど…」

返事もせぬまま、二階へ駆け上がる大介。

みのは首をかしげて、また台所に立った。


部屋に戻った大介は、

ベッドに仰向けになり、じっと天井を睨む。

そして携帯を手にして、受信メールにカーソルを合わせる。

七月四日の日付を通りこし、七月三日を開く。

「二十時まで、待っていましたが…。今日は帰ります。 春花」

じっと見ていた大介は、携帯を切ってベッドに放り投げると、うつ伏せになった。



七月五日。

春花は畑中憲吾との約束で、駅に隣接する地下駐車場へ来ていた。

三日に、レストランで会った時の事。

畑中は、会社の不正を記した内部情報を、春花に渡してくれると言う。

春花は、駅裏に車を止めた。

そして駅の下を抜ける通路から、階段を使って駅の正面へ。

指定された駐車場は、そこから右へ少し歩いた場所。

少し暗い感じのする駐車場だった。

この辺りに待っている、と言う場所まで来た所で辺りを見渡す。

すると、隅の方にグレーのワゴン車が…。

「あれかなぁ?」

と思いながら近づくと、後ろのドアが開き、畑中が手招きした。

一度周りに目をやり、車に乗りこむ春花。

しかし、ここで少し後悔をしはじめる。

「こんな所で、何故?」

と、嫌な予感がしたから…。

畑中は、じっと春花を見つめると

「この封筒には、アオケンの内部情報が入っています。不正に関する…」

後悔する春花を封じるように、畑中は封筒を見せた。

黙ってうなずき、畑中を見つめたあと

「ありがとうございます」

と春花は、丁重にお礼を言った。

「春花さん。ぼくも危険な賭をしています」

「畑中さんの、御好意には感謝いたします」

「これが記事になれば、ぼくの首が飛ぶかも知れないのです。わかって頂けますか?」

「ご迷惑は重々承知の上です。申し訳ございません」

内心、春花は

「いったいこの人は、何が目的なのだろうか? 正しい事をして、不正な事はしない。ただそれだけの事なのに…」

と、疑問が湧く。

「ぼくは春花さんの勇気ある行動に、心を動かされました。そして…」

畑中は、春花の手を握ると

「春花さん、ぼくとおつきあいして頂けませんか?」

驚いた春花は、横に離れようとした。

「プライベートの事は、ちょっと…」

「お互い、損な話ではないと思います」

畑中は、春花に身体を寄せてきた。

「少し考えさせて下さい」

「ぼくは春花さんが好きです。だから、どんな事をしてでも幸せにします」

春花の肩を抱き寄せる。

「申し訳ありません。失礼いたします」

「春花さん」

春花を、強引に押し倒そうとする。

「何をなさるんるんですか?」

畑中の腕を、振り払う春花。

「内部資料、欲しくないのですか? 春花さん」

春花の両腕を、また掴む。

「もう、やめて下さい」

春花の首筋に顔をつけた。

「いや~」

春花は、必死の抵抗をする。

その時、畑中の携帯が鳴った。

畑中が少し手をゆるめた隙に、

春花はドアを開け逃げ出した。


第5章【おにごっこ】(2)


小説【藤の花が咲いた】 「もくじ」
「作者について」「あらすじ」「みどころ」
第1章【五月のそよ風に】(1)(2)(3)
第2章【藤の花が咲いている】(1)(2)
第3章【試 練】(1)
第4章【仄かな想い】(1)
第5章【おにごっこ】(1)
第5章【おにごっこ】(2)
第5章【おにごっこ】(3)

第6章【かくれんぼ】(1)
第6章【かくれんぼ】(2)
第7章【わかれ】(1)
第7章【わかれ】(2)
第8章【冬の終わりが春の始まり】(1)
第8章【冬の終わりが春の始まり】(2)
第9章【再 会】(1)
第9章【再 会】(2)【完】

■ 小説【もくじ】

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