第8章【冬の終わりが春の始まり】(2)
第8章【冬の終わりが春の始まり】(2)
河川敷の堤防で、大介は一人遠くを見つめていた。
そして手には、父の死亡を報ずる新聞。
五月の風が、大介の髪をサラサラと撫でるように過ぎていく。
堤防から川原へ降りると、大介は急に走り出す。
五十メートルほど一気に走ると、小石を拾い
「バカヤロー」
と大きな声を張り上げながら、川原に向けて思い切り投げつけた。
そして草むらに大の字になり、口を一文字に結んだまま天を仰ぐ。
ホームレスの小屋が近くに見え、松井源造が顔を出して見ている。
…その時。
近くのベンチで、二人の女学生が、大きな声で笑った。
大介は、起き上がると、その方向を見つめた。
女学生は、空き缶を放り投げ、お菓子の袋を足下に捨てる。
じっと見つめていた大介は、口をへの字に結び、ゆっくりと立ち上がる。
そして、女学生に近づき、二人の前に立った。
女学生は
「この前の兄ちゃんだ。ハハハハハッー」
と顔を見つめ合って高笑いする。
大介は、自分の指を握りしめると
「この前、君らに注意したよな」
と静かに、諭すように話す。
女学生は
「あ~ん、おぼえてねぇ~」
と言うと
「拾え!」
大介は、また静かに言う。
すると女学生は
「うるせ~よ。さっきから、バーカ」
と、キツイ口調で返す。
大介は
「拾えと言ってるのが、ワカランノカ~」
と尻上がりに声高になり、それは鼓膜に響くほどの大声。
そして、両手で女学生二人の首をつかむと
「わからなきゃ、分かるようにしてヤルヨ~、コイ」
と言いながら、川岸へ引きずって行く。
「痛~い、痛~いって言ってるだろ~が…」
「冷たい水で頭冷やしてやるヨ~」
大介は、そう言いながら、川岸まで来ると、二人を川に突き落とそうとする。
その時、女学生は
「わかった、わかったよ。もう、しないよ~」
しかし、大介は
「お前ら、こんな事をして、本当に悪いとは思ってねぇのか。アア~ン?」
一人の女学生を突き出し、片足が水に落ちそうに。
「キャーッ」
草むらに、しがみつくようにして叫ぶ。
大介は、二人の頬に一発ずつ、ピンタをくらわせると
「警察でも何でもヨベ~、呼びたきゃ~、ヨベ~ッ」
と、怒鳴りつける。
この声に、女学生は震え上がって、その場に座り込んだ。
「しません、もうしません」
二人は泣き出した。
大介は、自分の手をさすりながら
「お前ら、何年生だ?」
と聞くと
「高校三年です」
シクシクしながら、大介の顔を見上げる。
「今日、学校は?」
「さぼった」
「この前の時もか?」
「はい」
と、その時、大介の携帯が鳴った。
二三歩、離れて応対していた大介は、携帯をポケットにしまうと
「ゴミを、ちゃんと拾って帰れ。二度とこんなバカな事はするな。イイナ~」
「ハイ。分かりました」
真剣に答える女学生に、背を向けながら大介は走って行った。
そこへ、ホームレスの松井源造が、ゆっくりと近寄って来た。
女学生二人は、何かから解放されたように放心状態。
「叱られたのかい?」
と声をかけると、女学生は黙って、うなずく。
源造は、ゆっくりと女学生のそばに座ると
「学校は楽しくないか?」
やさしく問いかける源造に、女学生は
「おじさんは、どうしてここにいるの?」
と、おとなしい口調で訪ねる。
「・・・・」
源造は遠くを見つめたまま…。
女学生は続けた。
「おうちの人は? いないの?」
「いろいろ、あってね~」
ため息をつくように、源造は言う。
うなずいた、女学生の一人が
「学校なんて、面白くないよ。な~んも…」
と、言いながら、もう一人の女学生の顔を見る。
「ホームレスでも一応名前はあるんだ。松井源造ってね」
「マツイ ゲンゾウ。どういう字書くの?」
「松のマツ、井戸のイ、みなもとのゲン、造船、船の造船のゾウ、だ」
「ふ~む」
と応えるそばで、もう一人の女学生が
「わたしは、小山悦子。この子は、大下美樹」
と言うと、大下美樹が
「緑丘高校三年」
と言って顔を見合わせ笑った。
源造は
「若いなぁ~。幸せだよ、君たちは…。この年になるとな~」
と言った時、小山悦子が
「ねぇ、おじさん。さっきの人知ってるの?」
「知ってるよ~。アオケン組の社長の息子さ」
「アオケン組?」
と、大下美樹も口を合わせるように驚く。
「そう、アオケン組。あのアオケン組だよ」
源造の言葉に、女学生は
「社長の息子? なんで…」
「なんで、社長の息子がこんなトコに?」
源造は、ゆっくりと立ち上がって
「いろいろ、あってね~」
と言ったあと
「ところで君たちは、高校出たら、どうするの?」
「わかんない」
小山悦子が言うと、大下美樹が
「ニートだね」
「就職活動はしないのかい?」
二人は黙って首を横に振る。
「お父さん、お母さん、心配してるだろう?」
二人は黙って首を横に振る。
そして
「離婚しちゃったよ。うちの親」
小山悦子が言うと
「ケンカばっかしてるよ。うちの親」
大下美樹が言った。
「お父さん、お母さんと話し合いとか、しないのかい?」
「会話なんてない。ずっと…」
源造は、もう一度座ると
「どうだ、おじさんと一緒に、働いて見るか?」
源造は、腕を組んだまま、川原の方を見つめていた。
春の風に若草がそよぐ、心地よい午後だった。
■小説【藤の花が咲いた】 「もくじ」
「作者について」「あらすじ」「みどころ」
第1章【五月のそよ風に】(1)(2)(3)
第2章【藤の花が咲いている】(1)(2)
第3章【試 練】(1)
第4章【仄かな想い】(1)
第5章【おにごっこ】(1)
第5章【おにごっこ】(2)
第5章【おにごっこ】(3)
第6章【かくれんぼ】(1)
第6章【かくれんぼ】(2)
第7章【わかれ】(1)
第7章【わかれ】(2)
第8章【冬の終わりが春の始まり】(1)
第8章【冬の終わりが春の始まり】(2)
第9章【再 会】(1)
第9章【再 会】(2)【完】
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