第6章【かくれんぼ】(2)
第6章【かくれんぼ】(2)
ボンヤリと運転していた隙に、ハンドルを切り損ね
「アッ」
と、思った瞬間、すでに後輪は側溝の中。
後悔したものの、どうしようもない。
「弱り目に、たたり目」というコトバが、春花の耳元を襲う。
ため息を、つきながら、ドアを開けて側溝を見る。
老人が自転車で通りかかるも、見て見ぬふり。
駅前の交番まで歩いて事情を話すと、お巡りさんが飛んできてくれた。
そして。
二人の男性が来てくれて、あっという間に車は元へ。
春花は、丁重にお礼を。
「やれやれ」
と、又ため息をつく…。
「もう、帰ろうかなぁ」
あたりは、すっかり暗くなっていたし、春花は少し、ムシャクシャする。
ふと、駅前に行く途中に、屋台が来ていた事を思いだし
「行っちゃおうかなぁ」
と、一人話は、一気にまとまる。
駅の駐車場に車を預けた春花は、みのに電話を入れた。
こんな具合なので、また日を改めてお邪魔します、と…。
残念がる、みのに春花は。
しばらく留守にするかも知れないとも付け加える。
そして、屋台に…。
出版社にいた頃、仲間と何度か行ったが、こちらでは初めて。
カップルの、先客が楽しそうに呑んでいる。
メニューを見つめる春花。
「焼酎のソーダ割り下さい」
と、春花の明るい声が屋台にひびく。
やがて、目の前には。
水泡が次々と浮きあがる、透明の大きなグラスが置かれる。
春花は、それをグイッと口元に運ぶ。
すると胸の奥を、ヒンヤリしたものが、スーッと流れ
「おいしい!」
と、屋台の主人に叫ぶ春花。
目を閉じて、その余韻に浸る。
そして、ゆっくりと、グラスから手を離すと
「どうでもいいの、もう…」
と、今度は自分の心に、黙って話しかける。
ヤケになっている訳でもないが、冷や奴の美味しいさも手伝い、とうとう三杯も…。
かれこれ、四十分。
スッカリ酔いが廻ってしまった春花。
帰ろうとするが、少し足がふらついている。
電車の駅は?
この路地を少し歩いて、左を曲がれば、あるはずだと…。
春花は、右に左にゆれながら、路地を歩く。
すると前方から、やって来た男二人が突然、春花の腕を掴む。
「な~にすんのよ~」
春花は、もうろうとしながらも、腕を振りほどく。
が、男の力は強い。
春花の腰を、かかえるようにして、連れて行こうとする。
「や~めてよ~」
と、大声をあげる。
そこへ…。
通りかかったのは、アオケン組の男二人。
「あっ兄貴、あの時の、お嬢さんじゃ」
兄貴とよばれる、その男の頬には傷が…。
黙って近づいてくる。
そして…。
「おい、てめえら、そのお嬢さんを誰だと思ってやんだ!」
と言うなり、若い男二人を突き飛ばす。
若い男二人は、兄貴風の男の顔を見るや否や、
「アッ、アッ、アオケンの!」
…と、あとずさりするように、逃げて行く。
「お嬢さん、おケガは、ごさんせんか?」
と、頬に傷のある男が言うと…
春花は、フラフラしながら、ショルダーバックを振り回して
「うるさ~い。どいつもこいつも、もう…」
と、言いながらまた歩き出した。
アオケン組の男は、顔を見合わせ
「兄貴、何かあったんでやしょうか?」
「あれかなぁ…」
「あれとは?」
「そりゃ、おめえ、今ハヤリのよ~。破局ってやつよ」
「破局? ぼっちゃんとですかい?」
「じゃ~、ね~えのか~」
そう言いながら、春花のあとを心配そうに付き添って行った。
どこをどう帰って来たのか、春花には全く記憶がない。
そして、アパートの階段を上がろうとした時!
右手に、輝くような眩しい光の輪が…。
目をこすりながら、見つめると。
そこには年配の女性が、白いテーブルに座り微笑んでいる。
春花は、ゆっくりと近寄る…。
なんと、そこにいたのは、占い師だった。
「失恋したのね! さあさ、そこにおかけなさい」
占い師に、うながされるまま、春花は椅子に座る。
気品のある、とても温かいまなざし…。
「この人なら、きっとわかってくれる」
そう思った春花は
「わたし、もうダメなの。どうしていいか解らない」
と言うなり春花は、机に伏せて泣き出した。
すると占い師は、
「心配しなくて大丈夫よ」
と、春花の髪をそっと撫でてくれたのである。
しばらくして
「あなたの願いは叶うから…」
「いつ叶うの?」
春花は、机に顔を伏せたまま、占い師に聞くと
「そうね、来年の春。~そう、藤の花が咲く頃ね」
そして春花は、小さな声を絞り出すように
「ほんとに…」
「そうよ。でね、その時は一直線に相手の胸に飛び込んでゆくの、わかったわね」
「うん、わかった」
と応えると、机上に伏せて目を閉じる。
そして、春花の目からは、ひとすじの涙がこぼれ落ちた。
春花のアパートには、カーテン越しに朝日が射し込んでいる。
目をこすりながら、枕元の時計を手にする。
七時半を少し過ぎていた。
やおら起き上がると、周りを見わたす。
そして、頭を押さえながら
「あれ~?」
ベッドに腰かけながら、首を左右前後、さらにグルグル。
「え~?」
春花は不思議そうに、カーテンを空けて外を見る。
そして再びベッドに座ると
「どうなっちゃったぁ、あたし…」
髪を、かき上げながら、昨晩の記憶をたどるが…。
首をかしげる春花!
もう一度、窓から階段の下を見る。
占い師と、確かに話をした場所。
そこには、何もない。
「…???」
「なんだ~、夢だったのか…」
窓を背にして
「そうよね、そんな訳ないよね…」
と、つぶやきながら、ベッドに転がる。
そして…
クマのぬいぐるみを抱いて仰向けになると
「クーちゃん、おはよう、良い子だね~」
「高い、高い、高~い」
「クーちゃん、高い、高い、高~い…」
と、両手で持ちあげて遊ぶ。
「おねえちゃんね、二日酔いしちゃった」
ぬいぐるみに、ほおずりする春花。
そして…。
じっと一点を見つめるように、ボンヤリとした時間が続く…。
ふいに立ち上がった春花は、机の引き出しを開ける。
取り出したのは以前、母から届いた
ファックスだった。
「春花へ…
先日のお見合いの話、もう一度考え直して頂戴。若くてハンサムで、学校でも評判の先生なの。お父さんも心配しているわ。早く落ち着けって、うるさいのよ。先方さんは春花を気に入っているみたいで、お会いしたいそうよ。また電話するから!
…母より」
手にとって椅子に座り、じっと見つめる春花。
机に肘をつき、右手にアゴをのせたまま。
目は、まるで遠くを見つめるように…。
そして、またベッドに腰かけ、ぬいぐるみを抱くと
「クーちゃん」
ぬいぐるみと、向かい合うように見つめながら
「四国へ帰ろうか?」
「おねえちゃんち、行きたい?」
「…きれいな川があってね、お山があってね」
「お花も、たくさんあるしね」
…その時、春花の目に、涙がにじんでいた。
「クーちゃんの、大好きな木の実も、いっぱいあるよ」
「いっしょに帰ろう、ねっ」
と言うやいなや、春花の頬を大粒の涙がこぼれ落ちた。
それから、二日後のこと。
以前、春花のアパートに遊びに来た、京都の友達から連絡が…。
結婚が決まったとの事。
先方の仕事の関係もあり、挙式は来月だと言う。
春花は、我がことのように喜び、京都の仲間と早速、連絡をとりあう。
そして、大学時代の仲間だけで、別途お祝いをしてあげようと言う計画まで持ち上がった。
そうこうしている内に、仲間の一人が、難病に冒されていると言う情報が入る。
「あんなに元気だったのに…」
春花は胸が痛み、いても立ってもいられず、京都へ向かおうとする。
そんな時、大介から連絡があり
「食事に来ないか? みのさんも会いたがっている」
との事。
しかし…
大介には会わない方が良いと、自分に言い聞かせる。
友人の事を話し、お見舞いやら結婚式など、ひと月ほど留守にする事を伝えた。
大介は
「その前に、一度会いたい」
と言った。
…が、春花は断った。
そして自分にも言い聞かせた。
「もう、四国に帰る決心をしたのだから」
…と。
それは一刻も早く
「この町を離れたい」
「大介から、遠ざかりたい」
という気持ちからかも知れない。
しかし今は、難病と闘う友人が、何より気がかり。
自分に何ができるのか。
それだけを考えたい…と。
アパートには、一度戻る事を想定していたが、万一のため大家さんにも届けた。
次の朝、新幹線に乗った春花。
まぶたの奥には、嵐山を歩く大介との
時間が、ゆるやかに流れ
「あんなに楽しかった京都が、今日は…」
と、やりきれない気持ちが込み上げる。
そして…。
難病の友人・月山園子と、久しぶりに再会をしたのは、
大学病院の部屋。
「園子~」
「はるか~、来てくれたの?」
と、彼女は、精一杯の笑顔。
しかし、春花には、かける言葉が見つからない。
思わず、彼女の手を握り、黙って肩を抱く。
「ありがとう、はるか~」
彼女は、泣き出した。
そして、春花も、こらえながら彼女の背中をさする。
検査入院で、すでに二週間近くなるとの事。
彼女は、筋肉細胞の疾患で
「遠位型ミオパチー」と言う聞き慣れない病名。
遠位とは、心臓から遠い部分(手足)を意味する。
ミオパチーとは、筋肉疾患のこと。
筋肉細胞のバランスが保たれず、破壊される細胞が多い…難病だった。
通常は、再生と破壊のバランスが絶妙に保たれているので、気づくことはない。
春花は、人間の身体の摩訶不思議さを、目の当たりにした。
遺伝子に何らかの異常がある事までは解明されているらしいが、治療の道筋はまだ見つかってはいないとの事。
同じ人間として生まれながら、どうしてこんな不公平な事が起きるのか?
春花は、この虚しさを拭いきれない。
そして、彼女に対して(ガンバッテ!)と、言う言葉だけは、かけてはいけない、と思った。
(どうガンバレばいいの?)
相手の身になれば、きっとそう思うに違いない…。
だから、今はただ黙って、そばで見守ってあげたい。
春花は、ほかの友人の家に宿泊したりして、一週間ほど彼女のそばにいた。
やがて彼女も少しずつ、自分の耐えがたい運命を、受け入れようとする。
「泣いていても、何も変わらないから…」
時折、春花に笑顔を見せてくれるまでに。
だが春花は、そんな彼女から、逆に力を与えられたのである。
そして、友人・遠山祐子の結婚式の日を迎えた。
仲間の協力もあり、難病の月山園子も車イスで出席。
ひな壇の新郎新婦を、まぶしそうに見つめながら、春花も心からの祝福を贈った。
それから、一週間後…。
難病の月山園子は退院し、働いていた会社も辞めて、富山の実家へ戻る事に…。
彼女の実家は氷見市にあり、両親二人で小さな民宿を営んでいた。
母親も二日間は駆けつけてくれたが、時期が時期だけに、長居はできなかったと言う。
彼女はインターネットで、同じ難病の仲間と、手を取り合って頑張りた…と夢を話す。
前向きな姿勢に変わってきた彼女を見て
「良かった…」
と、安堵の胸をなでおろす春花だった。
■小説【藤の花が咲いた】 「もくじ」
「作者について」「あらすじ」「みどころ」
第1章【五月のそよ風に】(1)(2)(3)
第2章【藤の花が咲いている】(1)(2)
第3章【試 練】(1)
第4章【仄かな想い】(1)
第5章【おにごっこ】(1)
第5章【おにごっこ】(2)
第5章【おにごっこ】(3)
第6章【かくれんぼ】(1)
第6章【かくれんぼ】(2)
第7章【わかれ】(1)
第7章【わかれ】(2)
第8章【冬の終わりが春の始まり】(1)
第8章【冬の終わりが春の始まり】(2)
第9章【再 会】(1)
第9章【再 会】(2)【完】
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