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術後85日目、化学療法3回目・14日目 「優しさの理由──主治医の変化と、私の決断」
入院中、主治医と言葉を交わす機会は、ほとんどなかった。
「忙しいのだろう」
「自分の状態に問題がないから、特に説明がないのだろう」
そう思うようにしていた。
けれど、どこかで寂しさを感じていたのも確かだった。
医師にとって、患者は数多くいるうちの一人。
でも、患者にとっての主治医は唯一の存在。
そのズレを意識しながら、私は淡々と治療を受けていた。
退院後、外来で診察室に入った瞬間、主治医は開口一番、こう言った。
——「先日は顔を出せずにすみませんでした」
思わず、聞き返しそうになった。
入院中、そんな言葉をもらったことは一度もなかったからだ。
診察も、これまでとは違っていた。
こちらが話す前に、次々と症状を尋ねてくる。
「手足のしびれはどうですか?」
「胃の調子は?」
細かい不調にも即座に対応し、薬の処方もスムーズだった。
最後には、「何か困っていることはありますか?」とまで聞かれた。
なぜ、こんなに優しいのだろう——?
ふと、待合室で見かけた『外来満足度アンケート』のことを思い出した。
「なるほど、これかもしれない」
病院の診療体制が劇的に変わったわけではない。
けれど、患者満足度は病院運営にとって重要な指標のひとつ。
その意識が診察の対応に反映されているのだろう。
それは医療の質向上のためには必要なこと。
そう理解はできる。
でも、入院中に感じたあの距離感を思い出すと、少し複雑な気持ちにもなった。
診察が終わる頃、私は意を決して、口を開いた。
——「次回から、外来で治療を受けたいです」
入院治療の負担を痛感し、仕事を再開した今、通院で治療を続けるほうが現実的だった。
主治医は少し考えた後、言った。
「分かりました。ただ、スケジュールが少し変わりますが、大丈夫ですか?」
ほんの一瞬、迷った。
——でも、もう決めていた。
「大丈夫です」
あと3回の治療を終えれば、私は自由の身になれる。
入院中に感じた、あの「距離感」も、もう気にしなくていい。
次の診察では、またどんな顔で迎えられるのだろう—
そんなことを考えながら、私は診察室を後にした。
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