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術後60日目 化学療法2回目・10日目 「がん闘病のはずが、脳裏をよぎる“別の死”」
「食事が取れるようになったら退院できる」—— その言葉が頭にこびりついていた。
ならば、意地でも食べるしかない。
トレイに並ぶ通常の食事。湯気が立つ味噌汁、ご飯の香り。
だが、胃は拒絶する。
箸を持つ手がわずかに震える。ひと口、またひと口。
嚥下するたびに、喉から胃へと食べ物が落ちる重さを感じる。
身体の回復というよりも、「ここを出るために」という執念だった。
その甲斐あって、夜、主治医からようやく退院の許可が下りた。
安堵の中で、一瞬、息を吐く。
しかし—— そのすぐあとに、胸の奥から別の恐怖がこみ上げてきた。
「私は、がんの闘病で命を落とすことがあっても、腸閉塞では死にたくない。」
腸閉塞。
聞き慣れたはずのその言葉が、頭の奥底から重く響く。
約10年前に亡くなった伯父の最期が、鮮明によみがえる。
伯父は高齢で、一人暮らしをしていた。
亡くなる前日、通院し、検査を受けたが、そのまま帰宅した。
そして翌日の夜—— 激しい腹痛、脂汗、意識の低下。
救急車のサイレンが響く深夜。
病院へ搬送されたが、二度と意識が戻ることはなかった。
「腸閉塞は怖い病気だよ」
あのとき誰かがつぶやいた言葉が、今になって鮮明に蘇る。
私は、あの伯父の苦しみを知っていた。
それなのに、仕事に戻り、そして同じ運命をたどった。
伯父が感じた痛み、もがく姿。
それを想像するだけで、胸が軋むように苦しい。
病院のスタッフには言わなかった。
言葉にすれば、ますます現実になる気がしたから。
けれど、この恐怖は確かにあった。
がん患者としての未来よりも、もっと手前にある"急な終わり"。
それが、何よりも怖かった。
—— それでも私は、この病院を出る。
命を、つなぎとめるために。
生きるために。
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