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術後72日目 化学療法3回目・1日目 淡いピンクのカーテン越しに─医師との距離を測るとき

化学療法3回目が始まった。
点滴はスムーズ、出血もなし。ヒューバ針を刺す痛みもほとんど感じない。
看護師さんに下剤と鎮痛剤を頼むと、すぐに対応してくれた。

問題は、医師との距離感だった。

「体調はどうですか?」

カーテンの隙間から、淡々とした声が届く。その瞬間、昨日からのモヤモヤが蘇る。

「どうせ、流れ作業のひとつなんだろうな」

そう思った途端、気力が抜けた。

この数日、不安を抱えながら過ごしていた。
昨日も、いつもの流れが崩れたことで戸惑い、気持ちが揺れていた。

それを伝えたところで、きっと「そういうこともありますからね」と軽く流されるだけだろう。

期待しなければ、失望もしない。
ならば、こちらも壁を作った方がいいのかもしれない。

カーテン越しのやり取り。
まるで、お互いの世界を隔てる境界線のようだった。

──「関わりたくない」のは、医師の方なのか、それとも私の方なのか?

そんな疑問が浮かぶ。

冷めた態度の裏にあるのは、もしかしたら諦めなのかもしれない。
信頼を手放せば、傷つかなくて済む。

でも、そうやって距離を取った先に、何が残るのだろう。

回診が終わり、カーテンが閉じられる。
私は、その向こうに消えていく医師の背中を想像した。

この距離を、どう埋めればいいのか。
答えは、まだ見つからなかった。


翌朝。医師の回診。

──珍しく、名前を呼ばれた。

「おはようございます」

……挨拶?
一瞬、戸惑う。

これまで、そんなやりとりはなかったはずだ。

「血液検査の結果、退院オッケーです。明日、退院でしたっけ?」

事務的な確認。

「日曜までいます。薬、足りなくなるのがありますが」

「足りないものは出しておきますね」

さらに、腸閉塞予防の新しい薬も処方するという。

──そりゃあそうだよな、と思う。
治療のために必要なことをしているだけ。

やりとりはあくまで必要最低限。
それでも、昨日とは違う「何か」があった。

私は、いつもより少しだけ早く「じゃあ、お願いします」と切り上げた。
すると、医師も「失礼します」と言い、淡いピンクのカーテンの向こうへ消えていった。

拍子抜けした気分だった。

昨日までの距離感と、少し違う。
カーテンは、すぐに元の位置へ戻る。
まるで、何事もなかったかのように。

──私も、同じだ。

本当は、もう少し言いたいことがあった気がするのに、すぐに心を「元の位置」に戻してしまう。
冷静な自分を装うことで、余計な感情に振り回されないように。
傷つかないように。

でも、ふと思う。

このカーテンは、ただの仕切りじゃないのかもしれない。
境界線として隔てるものではなく、「誰かとのつながり」をやさしく守るもの。

次の診察では、もう少しだけ、心を開いてみようか。
それともまた、カーテン越しにやり過ごすのだろうか。

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