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空の神 #4

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                 First memory 3

『村人A』






 青年と目が合って数秒。
 目が合っている。
 そう男二人が数秒間も見詰め合っている。
 こちらとして直ぐに逸らしたいのだが、青年の澄ました顔と、わった目がどうしてもこちらに圧を掛けている様に感じて、体が強張って動かない。なんでこいつなんも喋んないんだよ、こえええぇ。
「……」
「……」
 無言。
 無言。
 無言が、ひたすら続く。
 長く続く無音の状態と、先程の情けない自分の台詞の恥ずかしさで、耐えきれず今にも暴れ出しそうになっていると、青年の方から静かに近づいてきた。
 左目が隠れるほど伸びた髪の毛はクシャクシャで、お世辞にも整えられた髪型とは言えない。
 その少し崩れた髪から見える顔は充分なくらい整っている。
 タンクトップの袖口から覗かせている腕は、筋がしっかりと通って引き締まった筋肉を纏わせており、青年の少し焼けた肌と顔つきの悪さが相まって、威圧感を引き立たせていた。
 先程までうんともすんとも言わなかった青年が口を開く。
「お前……こいつらの仲間か?」
 睨みつける様な視線は、身動きの取れない俺を容易に捉えて、逃すまいとその瞳に俺を写し込む。
 発せられた声も人相同様に青年のものと直ぐにわかるほどわかる程に冷たい。背筋に冷たい水が流れ込んできたかの様な静かで冷えた声は充分に俺を怖がらせた。
「へ……?」
 ねぇ、声が裏が得ちゃったんだけど! なんでこの人こんなに怖いの?? 泣いていい?
「そこで伸びてる奴らの仲間かどうか聞いている」
 青年は親切に、もう一度聞いてくれる。
「えっ……」
 青年の後ろで、倒れ込んで起きる気配がない巨体男に目を配るが、そんなもん答えが決まってるに決まっている。
「いや、そのぉ……違いますが……」
 青年は返答に満足したのか、小さな声で「そうか」と呟くと、深呼吸を一息する。だが、まだ状況が読み込めないので、今、俺にとって一番肝心なことを聞く。
「あのぉ……すいません。 どちら様でしょうかぁ?」
 ちきしょう。さっきから怖くて若干声が上擦っちゃってるじゃねぇか。今の俺、チョウ、カッコワルイ。
 青年は目を逸らし、手を顎に当てて、少し考える様な素振りをしてから「まぁ……それもそうだな」と呟きこちらに目線を戻し、話始める。
「見た感じ、仲間じゃなさそうだな……。紹介が遅れてすまない。俺の名前は城崎しろさき 和馬かずま。 特武とくぶだ。君がワールドコードを入力した後に、俺が追っていたチンピラが君と同じコードを入力するのが見えてな。 仲間同士が同じワールドゲートを開く場合、一緒に移動するのが常識の中で、一人が転送された後に、他数名がわざわざワールドコードで転送されていくのは、明らかにおかしい。 それが強盗や暴力、窃盗を軸に活動しているチンピラ集団なら、尚更な。 個人ワールドに無断で入るのは、些かどうかとも考えたんだが、依頼者の『一般人の被害を全く出さない』という意向もあり、勝手ながら、個人ワールドは逃げ場を即座に作りにくい、と言う条件がこちらとしても都合が良かったので、入らせてもらった……結果的に襲われていたのを、助ける形になったのだから許して欲しい」
 青年は俺の質問に対してこの場に居合わせた経緯と共に簡単な自己紹介をしてくれる。何、この人。実は超良い人なんじゃね? 相変わらず表情筋の無さからは威圧を感じるんですけどね。
「さて、こちらの事情は説明したので、次は君の事情を説明してもらえるか?」
 寝そべったままなのを思い出して、起き上がると咳払いをし、一呼吸してから口を開く。てか、今まで寝ながら人に質問して、人の話聞いてたのかよ。やべえやつだな、俺。
「名前は湊 夏比です。 先程は助けていただきありがとうございました。 それとこうなった経緯が……かなり特殊で、少し話が長くなってしまうのですが、少しばかりお付き合いください」
 さすが日本人、超低姿勢。これで掴みはよさよさのよきだろう。そして、この不思議な世界にやってきた一連の話と、こちらの世界の話を先住民の方に伝えることになった。

□■□■

「成る程……。 そうか……君は『そちら』からきた人間か……。 なら、この世界全体の説明からだな。 後、敬語じゃなくていい」
 その言葉に頷いたのを見届けてから、青年__城崎 和馬はこの特殊な世界に対して語り出す。てか、なんでこんな突拍子もない話理解できんだよ、理解できねぇ。

□■□■

和馬の話を簡単に整理すると、この世界は俺が知るLAST GAME project(仮)の世界と共通点がかなりある全く別の世界という認識でいいらしい。
 本当に似ているだけでラスゲには無い特徴が多くあった。
 先ずLPライフポイントや、EPエナジーポイントがどこにも表示されないのは「現実だから」らしい。まあそれもその通りで、普段生活している中で自分の視界にLPやEPが表示されないのは言うまでもない。ここも同じ現実。ゲームの様にステータスが数値化されていないので、もし銃弾で撃たれてしまった場合、ラスゲだとLPが消費されてしまうだけだが、この世界だとあたりどころが悪ければそのまま死んでしまうことになる。
 ラスゲ内の役職関係なく使える魔法的なポジションの言霊も、ゲーム内では選択画面を開いて選択し、キャストタイム終了後に自動発動となるが、この世界では自分で特定の呪文を詠唱して発動しなければいけないらしい。ぶっちゃけめんどくさい。
 先程俺が探していたワールド移転ゲートも存在しないらしく、やはりあの鍵を使うらしいのだが、鍵を空間自体に差し込むとかなんとか言ってる。全くわからん。
 他にもメニュー画面を出すには「メニュー」と唱えなければいけなかったり、アイテムをアイテムフォルダから取り出すには特定の工程を挟まなきゃいけないだとか、とりあえず色々ある。うん、一気に色々言われて頭パンクしそうだから考えるのやめよ……。
 勿論ラスゲと同じ部分もあり、ギルド機能や、ニィールといったラスゲ独自の生物も存在しているらしい。
「結構複雑だぁ……とりあえず説明してくれてありがとう。」
 苦笑いしながら申し訳程度に会釈をする。
「いや、まだ説明しきれていない事も多いんだが……とりあえず、どうも」
 和馬も自分の説明に納得いかない部分があるようで曖昧な返事を返してくる。
「ところで夏比はこれからどうするつもりなんだ?」
 俺ら二人は、お互いの今後について話そうと、いつの間にか腰を据えていた。
「そうだなぁ……やっぱり、元の世界に帰るのが第一優先かなかなぁ」
「…………元の世界に戻る……か」
和馬は小さく呟くと、少し考えるように言葉を置いてから、また話始める。
「なら、神に会ってみないか……?」
「………………は?」
  唐突に?いきなり?最初から?神頼みですか……? すーぐに諦めちゃって、だから最近の若いもんは!
 和馬の発言を受けて、明らかに引き攣った表情の俺を見て、和馬は訳もわからずと言った様子でこちらの顔を覗いてくる。
「いや……いやいやいや、今なんて言った……? 神がどうだかって……」
 顔を引き攣らせたまま先程の、理解を疑う言葉の説明を和馬に求める。
「あぁ、『神の謁権』を使う」
 えぇぇ…。なんでこの人、当たり前のように神がどうのとか言ってんの? そっちの人? 怖い怖い。
「え? 何言ってんの、この子……そう言う宗教要素とかいらないんで、辞めてください。 ごめんなさい。 許してください、この通りです」
 最初から神頼みするしか無い程元の世界に帰ることが難しいことなんだろうか。確かに普通なら別の世界に行きたいなんて馬鹿馬鹿しい話なんだろうが、こちらの世界に来れてしまっている以上、帰る手段もあっていいものだ。なんとか現実的な方法を考えて貰おうと、口を開き、声を出すその一歩手前で和馬の声に遮られてしまう。
「悪いな、俺は無宗教派だ」
 その言葉に耳を疑う。うっそーん、さっきまでの話だと、唯の宗教勧誘だったじゃないですかぁー!
「いやいや嘘だって! 絶対嘘じゃん! だって普通の人、いきなり『神に会おう』どやぁ……! なんて言わないでしょうに! この海胆うに!」
 和馬の言っている矛盾を分かって貰おうと、激似のモノマネ付きで教えてあげるが、本人は気に食わないようで、反抗してくる。
「おい、夏比……そのクソ程似てねぇ、物真似ものまねやめろ! 後、ドヤ顔もしてねえ」
 マジかよ……今の超似てたろ! 特に『どやぁ!』の部分とか。……いや、ドヤ顔なんてして無いですね、わかってます。だからやめて、ごめんなさい、謝るから許して、睨まないで!
「チッ! いいから本題は入らせろ! お前も、この世界に似たゲームやってたならわからないのか、あっただろ? 世界を創って、管理している絶対的な存在が」
「いや、なかったよ。 ラスゲに神設定なんてなかった……し……?」
 ん……? いや、けど、絶対的存在なら……例えば、運営とかか? 運営はマジで神だから。運営神。運営居なかったらゲーム運営できなくなるレベル。うん。運営神……神……神……運営が神……神……神……?
 俺の脳内エコーエフェクターが答えを導き出す。
「まさか……!」
 あっ……また声が。ひとりで考えて急に合点が行ったもんだからついつい声が漏れてしまったのだが……。
 そっと和馬の顔を見ると物凄く、凄く凄くドン引きした顔でこちらを見ている。やあぁぁめぇろぉよおおお! ちょっと体仰け反らせるなよおぉ……。
「はぁ……で、そろそろ本題に入ってもいいか?」
 和馬のため息混じりの台詞で、話の本筋から逸れていたことに気がつく。
「あっ……いっけね、忘れてたわ」
 和馬はこちらの顔を一瞥いちべつし、一呼吸してから、話を進める。
「さっきワールド移転にはその鍵を使うって言ったのを覚えてるな? その鍵には神の加護が掛かっていて加護がかかっている世界ならば、どこに居ても効力を発揮できる」
 そこまで聞いてから、和馬の話を一旦遮る。
「ちょっといい? その、神が実在しているって前提なのは置いといて、その神の加護が届く、つまり、鍵の効力が届く範囲って具体的にどんくらいなんだ?」
 まだ神様は当然居ますよ設定なのは納得いかないが、その神の加護が無い場所はこの世界では存在しないことになってしまうんじゃいか。だってそうだろ? 神様が取り仕切ってて、その神様とやらの力が反映されないと言うことは、ゲームで言うサービス適用外のまさしくゲームの外側ということになってしまう。多分和馬はその鍵とやらで俺を、元の世界に返そうとしているんだろうから、俺の住んでいた世界が、そのなんちゃら様の加護が掛かっていなければ、そもそもこの案は成立しなくなってしまう。なら、その加護とやらってのの適用範囲を知っておく必要がある。
「そこまで精密な範囲まではわからんが、少なくとも、この世界線との次元が合ってさえいれば、使えないことはないと、断言してもいい」
「つまり、俺の居た世界とこの世界の次元さえ合っていれば、その鍵を使って帰れるってことだな?」
 だが、この仮説だとこの世界と俺の世界の次元が同じだというのが前提の話だ。そもそも、俺にはこの世界の次元と俺の世界の次元があってるかどうかすらわからないのだけども。
「そうなるな。 だが、話を聞く限り、そちらの世界には鍵事態が存在しない可能性がある」
 成る程、つまりはこの鍵っていうものは、次元や空間、世界に移動するものではなく、ワールドという空間の区切りや境界を無視して強制的に移動。または、予め指定された座標に強制的にねじ込ませる代物らしい。だから座標を指定するための英数字が存在するのか。
 こちらが話を理解してきたのを察したのか、和馬が続けて話を進める。
 「話を続けるぞ。 ワールド一つ一つに特定の鍵が存在して、一つ一つ違う。 お前にはお前の、俺には俺の個人ワールドの鍵がある。 そこで、だ。 神の住んでいるワールドに行くための、『神の謁権』という鍵を使う」
 成る程、その鍵を使えば、神の存在するであろう場所に行ける、と。そして、神様に頼み込んで元の世界に帰らしてもらう、と? 結局神頼みじゃねーか。まいいか
「で? その鍵は今どこにあるんだ?」
 一番肝心な所だ。その鍵がないと、お話にならない。
「わかわない」
「そうか! よし! 行こう! 今直ぐそこに、いこ…………ん? いや、ん? 今なんて?」
 きっと聞き間違いかなんかだろう。もしかしたら、言い間違いだったのだ! そんな淡い希望を胸に抱き、馬鹿もとい和馬に聞き返えした。
「『神の謁権』の所有者も、そのありかもわからない。 と言った」
 おぉ……現実は悲しく、残酷だった。ここまで説明して、期待させといて、何もわからないですだぁ?
「ちょっとぉ! なんでー! 嘘でしょ? えー! かぁずまさあぁん! 冗談キツいってぇ!!」
 怒鳴り散らす俺を見て、和馬は頷いたまま何も言葉を発さない。おい! 黙るなよ! 俺が一人で騒いでるヤバイ奴みたいじゃんか!
「まぁ……なんだ、そんな慌てるな。俺も、お前みたいに別次元から来た、と言ってる人間に初めて会った訳じゃない。 それに、情報通の奴を何人か紹介もできる」
 えぇ……手がかりはあるけど先ずは色々な所に行って、情報を集めなきゃいけないんですか……どこぞのRPGだよ。めんどくせぇ……まるでラスゲみたいじゃんか。
 和馬は、明らかに嫌そうな表情をしている顔を見て、ため息を吐くと立ち上がる。この子ため息多くない? こちらの世界ではそれ失礼って言うんだけど。
「とりあえず、ここに居ても仕方ない。 基本的な装備と、スキルを取りに行く」
 そう言う和馬から差し伸べられる手を取り、立ち上がる。
「あ、あぁ、それは有難いんだけど、何で会ったばかりの俺にこんなに親切にしてくれるんだ?」
 和馬はとても良くしてくれる。それも、怖いくらいに。
 ここに来て何もわからない俺に、これほどの施しをなぜ与えてくれるのか。それだけが、ただそれだけが、気がかりだった。つい先程、訳もわからないチンピラに襲われたから変な不信感を覚えてしまっているのかもしれない。だからこそ聞いておかなければいけない気がするのだ。なぜなら、和馬もそう言う類の人間で、俺を騙そうとしているかもしれないから。
 和馬は、息を飲む俺の顔を、変わらない冷たい目で見据える。
「特に理由はない。 そうだな……何か理由をつけるなら、俺には今急ぎの用はないし、こちらとしてもせっかく助けた奴がこのまま死ぬならば、行動を共にした方が目覚めが良さそうだから。 では、不服か?」
 正面からぶつけられた親切心は、自分の抱いていた不信感や疑いの眼差しが、跳ね返って、酷く胸に突き刺さった。
「そ、そっか。 なんか変な質問してごめん」
 和馬の返答が、あまりに善意の塊だったせいで、不信感を抱いてしまった事に罪悪感が溢れ、勝手にバツが悪くなってしまう。
 確かにこの世界のニィールが本当にラスゲのそれと同じならば、この世界の戦闘に疎い俺には確実に死が待ち受けている。それならば、例え和馬がどんな人間であっても一緒に行動するのが、今の俺に残された生き残る数少ない道だ。
 そして、現状和馬に悪意のないことがわかったならば今は和馬に着いて行くしか無いだろう。
 そんな思考をグルグルと頭の中で回転している内に、和馬が例の鍵を取り出す。
「先ずは武器からだな。 今回は、が先導する。 道もわからねぇだろ?」
「お、おう。 頼む」
 肝心の鍵の基本的な使い方を知らない俺に変わって、和馬が鍵の使用例を見せてくれたのだが、自分の目を疑うことになった。
 先程和馬が言っていた『鍵を空間自体に差し込む』という言葉の意味をやっと理解できた。家の玄関でドアに付いている鍵穴に鍵を通す様に、なんの境目もない場所に和馬の持っている鍵が吸い込まれて行く。そのままさも、至極当然の様に、これが当たり前であるかの様に、空間が歪み、玄関の扉が開かれ、家が帰宅を歓迎する様に、つい数時間前に訪れた騒がしい街と、今居る石畳の殺風景な空間の境界が現れる。
「おい、呆けてないでさっさと進め」
 和馬は唖然としている俺を急かすと、俺を置いて先に境界線の向こう側に行ってしまう。
 普段からこの鍵のシステムを使って移動している和馬にとっては、驚いている俺の方が変人に見えているのだろうが、こんなん見せられて驚かない方が不思議だ。
「あ……あぁ、悪い」
 息を飲み、深呼吸する。このちょっとした一歩で今いた世界とはまるで違う世界に踏み出すのだ、俺がおこなった文字列ワープと同じことなのに、なぜか緊張してしまう。え……これ体に害とかないよね? 大丈夫なんだよね? ね?
「大丈夫だ。なんもない。だから早くこっちに来てくれ」
 たどたどしい俺を見かねて和馬は声をかけてくれる。おお……なんていい和馬なんだ。
「わかってるよ! 今行くって! 初めてだから緊張すんの!」
 和馬の気遣いが嬉しく、照れ隠しにちょっとした暴言を吐いてから、大きな一歩で個人ワールドとの境界線を跨いだ。

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