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近親交配の増加は本質的に問題ではない(アメリカ)

 北米のサラブレッドの遺伝子分析のなかでも最も包括的とされるこの研究では、“健康上の懸念”や“スタミナ(持久力)”に関する遺伝的つながりは確認されなかった。また、近親交配のわずかな増加が判明したが、研究者たちは「本質的に問題ではない」と結論づけた。

 ケンタッキー大学マーティン-ガットン農業・食料・環境学部の研究者たちは、ネブラスカ大学リンカーン校、ミネソタ大学、カリフォルニア大学デーヴィス校と共同研究を行い、それは『サイエンティフィック・リポーツ』(Scientific Reports)に掲載された。

 研究チームは全ゲノム解析(WGS)を用いて、1965年~2020年に生まれたサラブレッド185頭のDNAを分析した。データを作り出してサラブレッドの近親交配や遺伝的多様性に関する懸念に対処するとともに、今後の交配の決定の指針として役立つ見識を生産者に示すことが、この研究の目的である。

 この研究論文の筆頭著者であるアーネスト・ベイリー教授(マクスウェル・H・グラック馬研究センター)はこう語った。「サラブレッドの遺伝的変異と近親交配の度合いを数値化することが、この研究の目的です。傾向を特定することにより、サラブレッドの健康と競走能力を維持するために“情報にもとづいた選択”をするのに必要なデータを、生産者に提供します」。

 この研究ではサラブレッドをふたつのグループ(1965年~1986年生まれの82頭/2000年~2020年生まれの103頭)に分けて比較した。特定された1,400万以上の遺伝子変異から、古い世代では遺伝的多様性がわずかに高いことが確認された一方で、新しい世代では近親交配のわずかな増加が見られた。

 ジェシカ・ピーターセン準教授(ネブラスカ大学リンカーン校動物科学部)は、「精選された交配はスピードやスタミナといった望ましい特徴の強化に重点を置いていますが、有害な遺伝子変異を増幅するリスクを高める可能性もあります。私たちのデータは生産者たちに、こうした課題を乗り越えるためのより明確なロードマップとツールをもたらします」と語った。

2011年の研究で近親交配に関する懸念が浮上

 これまでの研究は、サラブレッドにおける近親交配の傾向について懸念を示してきた。

 2011年に発表された研究論文において、1961年~2006年に生まれたサラブレッド467頭の遺伝子型判定は平均近親交配係数の増加を示していた。それ以上に重要なのは、この研究で指摘されている増加の大部分が1996年~2006年に生じたという研究覚書である。その期間に1シーズンに100頭以上に種付けを行う北米の種牡馬は14頭から128頭に増えた。

 この研究は、観察された遺伝的多様性の喪失は過剰ではないものの、10年間における急激な上昇は懸念すべきものであるとも結論づけている。また一頭あたりの平均出走回数の減少(1960年に11.31回だったのに対し2023年は5.87回)により、この傾向が遺伝に根差すものか、あるいは競走馬の管理方法の変化と関連しているものなのかという疑問も生じている。

 ケンタッキー大学が主導した今回の研究では、持続力などの健康的課題に関連する遺伝的問題の証拠は見つからなかった。両親から受け継いだ同一のDNAの連続体である「ホモ接合性の連鎖」を分析したところ、研究者たちは若馬群で近親交配がわずかに増加していることを発見したが、本質的に問題ではないと強調した。

 ピーターセン準教授は、「近親交配は、スピードや持久力といった長所を強化するのに役立つ可能性があります。しかし、遺伝子の有害な組合せを監視し回避することも重要です。WGSのようなツールがあれば、科学者は血統に影響が出る前に、リスクを積極的に特定し対処することができます」と語った。

「スピード遺伝子」の増加

 注目すべき発見のひとつは、「スピード遺伝子」に関連する遺伝子変異の頻度が10%増加したことである。スピード遺伝子はマイオスタチン(骨格筋の増殖を抑制するタンパク質)に関係する。それゆえ競走馬の適性距離に関連づけられる。研究によると、この遺伝子のC:C変異がある競走馬の83%は1マイル(1600m)以下のレースで、T:T変異がある競走馬は1マイル(1600m)以上のレースで、それぞれ最高のパフォーマンスを発揮するという。

 ケンタッキー大学などの研究では、北米において血統の優先順位はより短い距離へと移行している傾向があるとされている。

 今回の研究論文の共同執筆者であるケンタッキー大学獣医学部のテッド・カルブフライシュ教授は、「DNAは嘘をつきません。このゲノムの変化は、より短距離で高速のレースへの人気が高まっていることと一致しており、交配の決定がその血統の遺伝子構造に測定可能な刷込みを残すことを示しています」と語った。

 この研究を実用化することで、潜在的な遺伝的リスクを特定するための基盤が築かれ、必要に応じて、有害な変異にフラグを立て交配の決定の指針となる遺伝子検査への道を開くものとなる。

 ベイリー教授は、「このデータは生産者たちの素晴らしい仕事ぶりを示しています。ゲノムツールはDNAレベルでこれを明らかにします。しかしより優れた競走馬をつくり出すという探求において、生産者の洞察力や直感に取って代わることはないでしょう。それでも、これらのツールは発生する可能性のある遺伝的問題を監視し対応するために、まさに必要なものなのです」と述べた。

By Eric Mitchell

[bloodhorse.com 2025年1月30日「Study: Rise in Inbreeding Not 'Inherently Problematic'」]

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