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指数関数的に拡大する知性の格差 - ITはなぜただの便利な道具ではないのか

こんにちは。米国ではトランプが47代大統領に就任しました。就任式では、大統領の近くにイーロン・マスク、マーク・ザッカーバーグ、ジェフ・ベゾス、ティム・クック、スンダール・ピチャイら大手テック企業のCEOが、閣僚と並んで大統領の近くに勢揃いし、政権とテック産業の近しい関係をアピールしていました。トランプの当選には、マスクやザッカーバーグの公然の後押しや、ベゾスが所有するワシントンポストが特定候補の推薦を取りやめるといったサポートが大きく影響しました。

バイデン政権は独占禁止法に基づきそれらの大手テック企業の訴追や企業買収の抑止などを行ってきました。トランプ政権は対照的に、AI、自動運転や暗号通貨などの新技術の規制緩和を通して普及を促進すると考えられます。マスクが率いるDOGE(政府効率化省)は、業務などの効率化にとどまらず、政府のDXも推進すると考えられています。米国社会のDXに限っていえば、トランプ政権のもとで大きく進展する可能性が高いです。

二度のトランプ政権に代表される世界中でのポピュリズム政治の興隆の背景には、ピケティが「21世紀の資本」で指摘したような格差の拡大があります。そしてITはその大きな理由の一つです。シリコンバレーなどの IT産業の労働者の収入は米国の平均を大きく上回っています。IT産業は高度な専門性を要求されるテクノロジー産業の一つだからそれは当然ではないかと思われるかもしれません。しかし、機械工学、エネルギー、バイオテクノロジーなど、高度に専門的な産業はいくらでもあります。それなのに、人々の暮らしに影響を与えるイノベーションの幅と大きさでIT産業に並ぶものはありません。それは、ITが人間社会の知的な生産性を向上させ、IT自体を含む全体としての発展を加速するという特徴によるものです。

ITが知性を加速する

今日のスマートフォンやインターネットの開発の歴史を紐解くと、その目指したところは「人間の知性を拡張する」ことでした。スティーブ・ジョブズはマッキントッシュを「人間の精神のための自転車(Bicycle for our minds)」と呼びました。マッキントッシュのようなパーソナルコンピューターによって、知的生産活動は劇的にアクセシブルになりました。インターネット/ウェブは誰でも世界中に情報を発信し、またその情報にアクセスする機会を開放しました。これらの技術は単に便利というだけにとどまらず、各種の技術やサービスをより多くの人にアクセシシブルにし、中でもIT自体の発展を加速させました。

象徴的なのが2024年のノーベル賞で、ノーベル物理学賞および化学賞が、ディープラーニングの生みの親のジェフリー・ヒントンや、グーグルのAI開発を指揮するデミス・ハサビスらに授与されました。特に後者は、AIを用いたタンパク質構造解析などの業績によるものです。

グーグルでAIの開発をリードし、AIが引き起こす「シンギュラリティ」の概念を広めたことで知られるレイ・カーツワイルは、新著「シンギュラリティはより近く」を含む著作の中で、たびたびこの「収穫加速の法則」について触れています。コンピューターやAIのような重要な発明は、他の発明を加速するため、全体としての進歩は直線的ではなく指数関数的に起こるというものです。近年のAIの発展スピードなどを見ていると、人類はこの発展の指数関数的なグラフが垂直に離陸する地点にいるというカーツワイルの主張には頷けるものがあります。

実際にIT技術の特徴というのは、新しいイノベーションがそれまでに作られた発明の上に構築されることです。ウェブはそれまでに存在したインターネットとコンピューターの上で構築されました。ウェブとパーソナルコンピューターの上にスマートフォン、および各種のクラウドサービスが構築されました。そして近年のAIは、クラウドサービスのために構築されたクラウドコンピューターとその中に蓄えられたビッグデータなしには実現できませんでした。

そして、冒頭で述べた格差の拡大や、富の集中に、この収穫加速の法則が影響してきます。

ITの格差は知性の格差に

前節で述べたように、ITのパラダイムはその前のパラダイムのイノベーションに依存しています。かつてはこのような進歩は世代をまたいで起こっていたのが、テクノロジーの進歩の加速により私たちの世代の中で複数のパラダイムシフトが起こるという状況になっています。ということは、一つのパラダイムに乗り遅れると、その後でキャッチアップするのは、直線的にではなく、積み重なって指数関数的に難しくなっていくということです。

日本においては、21世紀に入ってからも事業におけるコミュニケーション活動にファクスが用いられていたり、現金での支払いがマジョリティであったり、コミュニケーションのデジタル化が遅れました。すると、事業活動をデジタル化することが遅れます。その結果として事業におけるデータ活用が進まず、データインフラの構築も遅れました。シリコンバレーにいて、メーカーを中心とした日本企業が遅まきながらデータインフラの構築に取り組んでいるのを目にしてきました。データのインフラがなければ、AIを活用することもできません。このような事業インフラの遅れは一朝一夕にキャッチアップできるものではありません。

これは組織だけの問題ではなく、個人も同じです。インターネットを使って情報を収集したり発信したりするリテラシー。それらの情報を管理、分析、活用するリテラシー。そのようなリテラシーの差は、今や収入に直結し、さらにはAI活用をするための基盤の差にもなってきます。今後AIエージェントの活用が仕事でも個人でも必須になってきますが、その際に基盤となるデータの蓄積なしにはエージェントを有効に活用するこはできません。このような21世紀の「読み書きそろばん」を身につけることが個人にとっての急務です。

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