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プロポーズされてないけど婚約者になった話
一緒に住む家が決まった。
ちょうど3年前、彼と初めてデートした街だ。
この数日間の幸せな思い出を忘れたくないなあ。
そう思って、今の気持ちを書いておくことにした。
いつも通り、のろけ9割。
脳内花畑女が書いてるので、気をつけてほしい。
初めて出会った日のこと
年末からマッチングアプリでやり取りをし始めたメガネの彼と、年明けに美術館の特別展に一緒に行く約束をした。
3年前の1月はとても寒くて、駅に降り立ってから吹き抜ける突風に、ふたりして体を縮こめながら歩いたことを鮮明に覚えている。
まだ手探りながらも、途切れないちょうどいい距離感で会話をしながら、彼と一緒に特別展を楽しんだ。
楽しみすぎて、同じフロアを3周して、結局美術館の中で3時間も過ごしたのだ。
正直、初対面の顔合わせの時は、「アプリとちょっと印象が違うな」とか思ったりしていたのだけれど。(彼からも思われていたけれど)(以心伝心)
美術館で過ごしながら隣にいるのが心地よくて、無意識のうちにひっつきに行っていたらしい。(これが原因でサクラを疑われていた)
警戒心が強すぎる処女だったので、一瞬で恋に落ちました!ということはなかったものの、この美術館で過ごした3時間が、私たちの関係をぐっと縮めたのだと思う。
展示を鑑賞する彼の後姿が今でも脳裏に焼き付いている。
まだ好きとかわからなかったけれど。
なんとなく、この人なのかな?と思ったのを覚えている。
おうち探し
2人で住む部屋を探すことになり、町の不動産に行ったものの、ILDKとは名ばかりの「狭くて高いが立地がいい部屋」か「広くて安いが立地が悪い部屋」の2択を選ぶ雰囲気で、全然ぴんと来ないまま首をかしげていた。
こんなので家決まるのだろうか。
そう思っていた時に、彼が知人から「URはどう?」と紹介されたそうだ。
URはもともと市営住宅の団地だったところを、リノベーションなどして賃貸している、どちらかというと公的な管理会社だ。
民間の賃貸不動産といえば、家賃や退去費用のぼったくりなどが横行していて不安がある。
特に都会になると、輩みたいな不動産屋さんも多い。
それに対して、URは公的な雰囲気なので、無茶苦茶なことは起きない。
きちんとルールにのっとって営業されているので、安心感がある。
部屋探しをしているとき、私の今住んでいる賃貸の管理会社の名前を出すと、不動産屋さんからも「けっこう容赦ない」と言われ、戦々恐々としている身だ。
「ちゃんとした管理会社」というのはものすごく魅力的だった。
ということで、URで探すことになった。
彼と目星をつけた場所は2か所。
どちらも駅から近めの団地だ。
1件目の見学の時に、店頭で思わぬトラブル。
店員さんが笑顔でまさかの一言をぶん投げてきた。
「息子さんのお部屋探しですか?」
と。
悪意は全くなさそう!
それが逆にクリティカルヒットだ。
親子に見えるのか…母と息子に…
一旦固まっちゃった私を察して、
「いえ、同棲で考えています」
とすぐに彼氏が伝えていた。
店員さんも気まずそうにすぐ謝罪されていたし、まぁいいかと水に流して話を聞いた。
そのあとさらに衝撃的な一言。
「同棲ですか…URは基本的に親族の方でないと同居はできないので、
『半年以内に結婚します』という旨を『婚約届』で書いていただかないといけません」
婚約届け?
婚姻届けはおなじみだけど、婚約届は耳なじみがなさすぎる。
見せてもらった紙には、「●月×日までに結婚します」という文言と、2人の署名欄があった。
彼も少し面食らっている様子。
それもそうだ。
私はまだプロポーズされていないのだ。
付き合って3年、結婚の話はこの半年でずいぶん進んだし、私は彼と結婚する気満々でいて、彼もうちの実家に挨拶もしに来てくれたけれど。
確定演出はずっと出ている状態で、こだわりの日にちがあるのか、ずっとプロポーズを待ち続けているのだ。
それがうっかり先に、「婚約届」ときた!
このままでは私に誓うより先に、URに愛を誓ってしまう!
ちょっとネタみたいな展開になっていて、笑いがこみあげてくるが、まじめに契約や内覧についての説明を受けているので、必死に押し殺した。
「契約にあたっては、家賃の4倍の収入があることが条件になるのですが、社会人1年以上されているでしょうか?」
と彼が聞かれていた。
「5年目です」と答える彼はちょっと若く見られすぎなことに、困惑しているよう。
もしかして、私が老けて見えるのではなく、彼が若く見えすぎなのだろうか。
どっちもどっちか。
そんな風に思いながら、一旦内覧へ。
選べるILDKはいい感じではあったものの、駅近すぎるあまり音が気になることと、9階で高層(高所恐怖症)、全体的な古い感じが、少しホラー感が強い。
家から出てすぐの場所で、老人が花壇の淵に腰を掛けて飲み会を開いていたり、騒音トラブルに関する張り紙も多く、町全体がよくも悪くも活気があって、私はそれが妙に落ち着かなかった。
URの団地の数には限りがある。
空きがでても、先着順のため、ドンピシャじゃなくてもある程度我慢して選ばないと、本当に住めなくなるかもしれない。
「ここに住むのかなぁ」とちょっとだけ、胸が苦しくなりながら、1件目の内覧を終えた。
2件目の駅まで電車で10分。
たどり着いたこの駅こそ、彼と初めてデートした美術館の最寄り駅だ。
思わず「懐かし~」と声が漏れる。
ちょうど、美術館がコロナ対策で予約制度だったころ。
予約時間に間に合うかわからなくて焦る私に、彼が「大丈夫大丈夫」と伝えてくれたのを鮮明に覚えている。
その後3年間、焦ったりトラブったり、被害妄想と心配症で震える私を、彼は「大丈夫大丈夫」となだめながら付き合ってきてくれたのだ。
感慨深い。
住宅街と美術館がある、静かな街は、ほっと落ち着く雰囲気があった。
ファミリー向けのお店も多い。
昼ご飯はサイゼリア。
必死に間違い探しをして、7個ぐらい見つけてタイムアップだった。
腹ごしらえも済んだところで、UR2件目見学に向かった。
そこは、URの中でも人気区域らしく、店員さんが
「1か月に1件ぐらいしかあかないんですよ」
「今回見ていただく物件は、今日から内覧可能なお部屋です」
と。
ちょっと運命感じちゃうレベルだ。
さっそく内覧に向かった。
もう、部屋を開けた瞬間から、「ここだ!」と思った。
日当たり良好。部屋も古臭くなく、きれいで広い。
URはたたみが多いのだけれど、どちらもフローリングの部屋で住みやすそうだ。
キッチンにはコンロが3つもついていてうれしい。
彼も目に見えてうれしそうな顔をしていた。
「ここにしよう!私ココがいい!」
というと、「俺も断トツいちばん、100点すぎる」と。
ちょうど晴れて、日当たり良好。
彼がふと
「おれら、本当に一緒に住むんだね、急に実感わいてきた」
と言いながら私の目を見た。
そうだ、一緒に住むのだ。
いつか一緒に住みたい、できたら結婚したい、一緒に住んだらこうしよう、とか、いろんな話をしてきたけれど。
彼がそういった時、私の中で急に夢が現実になる感覚がおそってきた。
耐えきれずに、「きゃー!」と叫んでちょっと距離をとってみた。
こみあげる嬉しい気持ちで、口元のニヤニヤがとまらない。
引越しも、退去費用も、やること多いし大変だけど、こんなにうれしいなら大丈夫かもしれない。
戻ってきて、彼に抱き着いて全身でうれしい気持ちを伝えた。
ひとり暮らし10年。
ひとりの時間大好きで、有言実行でずっと一人暮らしを貫いた。
今も一人の時間は必要と思うけれど、それ以上に、どこか断崖絶壁のような不安感を感じるようになっていた。
もう1人で全部を戦わなくてもいいのだ。
家に帰って、ただいまとか、おかえりとかできるのだ。
しかもその相手は、私が地球上で一番大好きな男の子で、しかも私のことを愛してくれる男の子なのだ。
最高すぎる。
ひとりでも生きていけることは10年かけて証明してきたけれど、もう正直飽き飽き!
シンプルに、とっても、最高に、うれしい。
ということで、運命のお部屋で即決し、「仮申し込み」を行うことになった。
URは仮申し込みから本申し込みの流れで進む。
仮申込の書類の記入欄に、彼が自分の身分などを書く。
その下に、同居人の項目があって、続柄の欄があった。
彼がそこに「婚約者」と書いてくれた。
私は書類上これで「婚約者」なのだ。
本申し込みの時には、「婚約届」も提出することになる。
プロポーズ、まだされていないけれど。
私はじんわりずっと、うれしい気持ちに浸っている。
内々定ゲット
仮申込から本申込の間に、出会った日がやってきた。
出会った日は記念日ではないけれど、毎年ちょっとお祝いしている。
彼曰く、付き合った日よりもインパクトがあったとか。
彼は仕事が休みで旅行に行っていた帰り道、私は仕事終わり、出会ってから2回目のデートをしたショッピングモールで晩御飯を一緒に食べた。
あの時は、アイススケートをした後、オムライスを食べておなか一杯にいなったのだ。
2人とも、オムライスを食べたことは覚えていたけれど、肝心の店の名前が出てこず、10分ぐらいさまよってお店を探した。
肉が上に載っていた、というぼんやりした記憶と一致したお店に入ると、びっくりするぐらい懐かしい気持ちがやってきた。
オムライスを食べながら、将来の話と出会ったころの話をした。
彼とここまで打ち解けたんだなと、関係性の変化を感じるのがエモい。
食後は、近くのゲームセンターでマリオカートをした。
普段は「早く帰るよ」と言われるのに、ノってくれるとは珍しいな、とちょっと思いつつ。
なぜか2人ともドンキーコングで、難易度は「むずかしい」。
思った以上に接戦で、どちらが勝つか最後の最後まで分からない名勝負の末、私がギリギリ勝利した。
本気でやって勝つのは楽しすぎる。
大喜びの私と、本気で悔しがってる彼でわいわい言いながら、モールを歩いた。
彼の提案で、夜景見て帰ろうということになり、きれいな景色を眺めながら、どうでもいい話をした。
不意に彼がごそごそしてるな~と気づいた。
来る前「記念日じゃないから何も用意してない」「私も用意してないよ」という話をしていたから、もしかして旅行のお土産かな?と思った。
名前を呼ばれて渡されたのは、青い3本のカーネーションの花束。
「え?!」
花?!
ということはもしかして?!
「今?!」
「あ、プロポーズはまだだからね」
ちゃうんかい!
「それは記念日にちゃんとしたいと思ってるから」
「でも、もう本申込で書いちゃうし」
「だから、」
ほわほわしながら聞く私。
「おれと、結婚前提に同棲してください」
おわ~~~~~!!!
「やった~~!」
と喜びながら、私は彼に抱き着いた。
う、うれしい!!!
「と、いうことは?内定出たって感じ?!」
焦って私はよくわからない質問をした。
結婚のことを就職に例えて、よく婚約を内定と呼んでいたのだ。
こんなに素敵な景色の中で、色気のない返事をして申し訳ない。
すると彼は、
「その前だから、内々定かな?」
と。
もう一歩手前だった。
「3月の記念日にぱかってしたいと思ってる」
そう言ってもらえてもはやそれは婚約では?と思ったりもした。
でも、なんにせようれしい。
とっても嬉しい。
あーーこんなに幸せだったら罰が当たりそうだ!
と思ったら、その翌日に給湯器が壊れて、家の風呂が2週間使えなくなるという、斬新な罰をうけることになるのであった。
なんでやねん!