脳裏整頓 小説 vol,07
大きな電波塔の下には
俺は近所の公園の机とベンチがある場所で俺を呼び出した本人を待っている。
今日は日曜日。
とても雨が降っている。
この机とベンチの上に簡易的な屋根がついていて助かったと思いながら、かれこれ10分は待っている。
「ごめん、お待たせ。」
俺を呼び出した張本人 佐藤満が2冊のノートを抱え走ってきた。
「遅いじゃないか。」
満は軽く謝ると、俺の隣に腰掛けた。
「実は普に見てもらいたいものがあってさ。」
そういうと2冊のノートをこちらに渡してきた。
「なにこれ?」
「漫才の台本」
「台本?」
「そ、台本だよ。 読んでみてくれないかな。」
「いいけど、てか何で俺なんだ?」
「だって普が一番僕の友達の中でセンスがあるし面白いじゃん。」
「そんなことないと思うけどな。」
あまり乗り気ではない俺に満はいいからと一番の自信作のページを見せてきた。
「普には率直な感想が欲しいんだよね。」
「多分、満が求めているようなことは言えないと思うけど。」
「それでもいい。 何なら面白いか面白くないかだけでもありがたい。」
そう頼む満の目が真剣だったので俺も仕方なく読み始めた。
「どうも、 です。よろしくお願いします。」
『お願いします。』
「でさ、いきなりなんだけど日本一高い電波塔て知ってる?」
『もちろん。 我らが東京タワーでしょ。』
「そう。 でももう少しで新しくできるタワーに取られちゃうんだって。」
『みたいだね。』
「だからさ。そのタワーの名前俺らで考えない?」
『僕らで?』
「そう。 でこの先正式な名前が決まっても俺らは今日の名前で呼び続ける。」
『なんか面白そうやん。』
「何か思いついた?」
『何だろ。 東京タワー2かな。』
「そんなわけあるか! 何でナンバリングした。」
『ごめん、じゃあ東京のツノはどうかな?』
「シンプルにダサい」
『じゃあ天空の塔』
「それドラクエじゃん。 しかもちょっと古い5のやつ。」
『スカイタワーは?』
「ちょっとありそう。」
『俺も思った。』
「じゃあスカイタワーかな?」
『なんか当たってそうな気がしてきたから、少しひねろうよ。』
「どう言うこと?」
『ラピュタとスカイタワーとか。』
「それはラピュタだ。 何ならラピュタ2だ。」
『そっちもナンバリングしてるじゃん。』
「これは例えツッコミ!!!」
『なんかめんどくさくなってきた。 じゃあもうラピュタ2で。』
「いいわけあるか。 どうもありがとうございました。」
「どうかな?」
不安そうな顔で満がこちらを見ている。 俺は正直に感想を伝えた。
「うん、面白いよ。 さすが自信作!」
「本当? いじってない?」
「いじるか!! こんな消しゴムがいっぱいかかったノート。 すげえ考えたんだろ。」
「うん。」
満の前髪は湿気と汗で額に張り付き目にはうっすらと涙を浮かべていた。
「ところでなんで俺に見せたんだよ急に。」
「もうすぐ梅雨が明けて、高三の夏休みが始まるでしょ。」
「そだな。」
「だから、僕の夢の努力がしたくて。 最近ネタ帳作りを習慣化してて、そしたらいつからか感想が欲しくて、でも親にはなんか恥ずいし友達もわかってくれなそうでさ。 そんな中普はわかってくれそうな気がしたんだよね。直感でさ。」
満は少し照れた顔で笑った。
俺には自信に満ちた顔に見えて、すごく眩しかった。
「名は体を表すよな。」
「どう言うこと?」
「満はすげえよなってこと。」
「そんなことはないよ。」
満は指を絡ませて俯いている。
でも耳まで真っ赤なので表情を見なくても、喜んでいるのが分かる。
「でさ、実はもう一つお願いがあってさ。」
「何だよ。 もう1つ作品を読んで欲しいのか?」
「それもあるけど・・・。」
「どうしたんだよ。」
先ほどの自信に満ちた表情とは打って変わってモジモジと何か言い淀んでいる。
「その・・・・・。」
「ほんとどうした?」
満は深呼吸をして、一息でこう言った。
「普の人生、僕に賭けてくれないか。 僕と組んで欲しい。絶対人気コンビにするから。お願いします。」
満は立ち上がり俺に向かって、思いっきり頭を下げた。
緊張で呼吸が乱れて肩で息をしている。
「ごめん、一回落ち着いて。」
そう言うと俺は満をベンチに座らせた。
「いきなりでちょっと混乱してる。 一回家に帰って考えてもいいか?」
自分が強引だったことに気がついた満は謝った。
「そうだよね、いきなりこんな事お願いされても困るよね。」
「困るというか驚いた。明日学校でどうするか返事をしてもいいか?」
「うん。ありがとう。」
そう言うと各々傘をさした。
満が走って帰る姿を見送り、その後普も家に帰った。
この時の傘に当たる雨の音を俺は今でも忘れない。
次の日、俺と満はクラスが三年になって別れたので休み時間に満の教室を覗いた。
しかしそこに満は居なかった。
「おーい武、満いない?」
「おお普! 満なら風邪で休みだよ。」
「風邪?」
「そう。」
「わかったありがとう。」
その日の帰り道コンビニでゼリーとドリンクを買って満のお見舞いに向かった。
インターホンを押した後、しゃがれた声がチャイムから聞こえる。
「はーい。」
ドアからおでこに冷えシールを貼った満が出てきた。
「大丈夫か?」
「普!何で。」
「今日満のクラス行ったら武が風邪って教えてくれてさ。 はいこれお見舞い。」
「ありがとう。」
満は普からコンビニ袋を受け取るとマスク越しににっこり笑った。
「珍しいな満が風邪ひくの。」
「実はあの後、普に迷惑かけたんじゃないかと思って、頭を冷やそうと雨に打たれてたんだよね。」
「馬鹿か。」
そんなことをすれば風邪をひくのは当然なのに、雨に打たれそして風邪をひいた満を、普は本当に心配していたので軽く怒った。
「ごめんなさい。」
ちゃんと反省している満をみて、これ以上ここにいても満の体に良くないと考えた普は
「早く元気になれよ。」
そう言って帰ろうとした。
しかし普のシャツの後ろを満は優しく摘んで昨日の返事を求めた。
だが普はここでは答えずに
「俺は学校でって言ったろ、早く治してこいよ。」
その答えに満足できない満は
「普のイジワル。気になって眠れないよ。」
と怒ってますます満の体温が上がる。
「ごめんごめん、別にイジワルがしたいんじゃない。 ゆっくり話したいと思って言ったんだ。」
それを聞いた満はその場にしゃがんだ。
「大丈夫か?」
「・・・・・・ね。」
小声で満が何かを言う。
「ごめん、聞こえなかった。」
「話って断る事だよね。」
涙目になった満が上目遣いこちらを見る。
「違う。そうじゃなくて。」
「じゃあどう言う事なのさ。」
また怒り出した満にお手上げの普は満を部屋に引っ張った。
「そんなんじゃ、風邪治んないだろ。 部屋お邪魔するぞ。」
「待って。歩けるから引っ張んないで。」
満は普の手を振り解いて、自室のベットに入った。
「結局どう言う事なの?」
満は掛け布団を目の下まで上げて言う。
「昨日、親父とお袋に話したよ。満に漫才に誘われてるって。」
普は昨日のことを、心配そうに見つめる満に話した。
「実はさ、俺自身は嬉しかったんだよね。 昨日の満はすげーキラキラした顔で将来の夢語っててちゃんと努力もしててさ。そんな奴に誘われて嬉しかったよ、なんか俺も認められてる気がしてさ。 今まで将来の夢とか考えたことなかったし、大学に行ってから考えようと思ってたけど、満に誘われて俺も漫才がしてみたくなった。」
それを聞いた満はベットから体を起こした。
「本当に? 嘘じゃない?」
「ああ、本当だ。」
「やった!!」
ガッツポーズをして喜ぶ満に普が話を続ける。
「俺の親父もお袋も反対はしなかったよ。でも条件がある。」
「条件?」
「そう、このリストにある大学に行くこと。もちろん二人で。」
そう言い普は一枚の紙をカバンから取り出した。
「これすごく偏差値が高いところばっかじゃん。」
「そう。安心して暮らせていけるように保険としてこの大学に二人で行くことが俺の両親からの条件。」
「こんなの実質反対じゃん!」
「何言ってるんだよ。」
普は満の目をみて
「夢のために頑張るんだろ、確かに大学に行ったからといって将来安泰かと言われたら俺にもわからん。 でも頑張った証くらいにはなる。 親を説得させるくらいにはな。 俺も分かるところは教えてやるから、やるぞ。 もう俺をその気にさせたんだ今更なしは無しだ。」
満は嬉しかった、自分の夢を一緒に目指してくれる普に。 適当に流さない普の言葉に満は覚悟を決めた。
「そうだね、このくらい乗り越えてやるさ。 そのためにはまず風邪を治さないとね。」
「おう、そうだな。」
普は鞄を肩にかけ満の部屋のドアを開けた。
「早く治せよ。」
「うん、ありがとう。」
あれから日本一大きな電波塔が完成した。
東京スカイツリーと名付けられたその塔。
しかし俺たち2人は別のニックネームで呼んでいる。
「もしもし、今どこ?」
「俺はもうラピュタ2の下。」
スマホからは何年も聞いた相方の声が聞こえる。
「本当!ごめん今電車待ちで。僕もラピュタ2に着いたらまたLINEするよ。」
「おう、初事務所ライブだ。ガンバンぞ!!」
「うん、あの時の入試勉強に比べれは大丈夫だよね。」
「そんなこともあったな。」
「あれから5年、頑張ったよね僕たち。」
「おう。」
普のスマホから電車の音が聞こえる。
「じゃあ着いたら、また連絡くれよ。」
普がスマホを耳から離す直線、満の声が響く。
「普 ありがとう。」
普は笑って空を見上げた。
大きな電波塔の下には、大きな夢が集っている。
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