まどろみのはてに
下唇が痛くておどろいた。無意識のうちに噛みしめていたのだ。鏡を見たら、下唇に前歯の跡が赤黒くくっきりと残っていた。
わたしには何かを我慢しなければいけないときに、噛み締めてしまうくせがある。昨年は、奥歯を噛み締めすぎて右奥の歯をなくしてしまった。
生活をしなければ、と思う。生活。布団を干す、洗濯機をまわす、料理をする、食べる、お皿を洗う、洗濯物をほす、掃除機をかける、部屋じゅうを拭いてまわる。
お金がなければ、生活ができないから仕事をする。仕事を取りにいくための仕事をして、お金をもらうための仕事をする。
さえざえとしている。換気扇になびいた前髪がかさかさとうるさい。服と肌がこすれる感覚がわずらわしい。口のなかがからからと乾いていて、歯科治療を受けたときのような嫌な味がする。
うまく人を責めることができない。理不尽に頬をはられても、嫌なことをされても、責めることができない。責めるにも気力が必要で、そういうものが足りていないのかもしれない。あるいは、改善を相手に求めていないのかもしれない。改善しないのなら責めたって仕方がないのだ。
飲み込んだ気持ちはどこにいくのだろう。そういったものがすべて固形物であればいいのに。燻った気持ちは、こんぺいとうのようなかたちをしているんじゃないかと思う。けれど、こんぺいとうのように規則的な粒ではきっとないから、どちらかというと結石のほうが近いのかもしれない。
来年のいまごろはなにをしているんだろう。体に必要な薬を飲むのをやめたら、ものすごく体がかるい。最初から馬鹿みたいに抗うことをせずに、こうしていればよかったのかもしれない。ふわふわしている。生活をしなければ。
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