子どもたちに残すなら 大人の真実
悩みを抱える若者が、絶対に知っておくべき大人の真実がある
『立派な大人』
父に連れられて、よく父の会社へ行った。
その地方では有名な会社だったから、
従業員も何百人と抱えていて、
遊びに行くと、
ほとんど全員があなたに声をかけてくれた。
たまに、ひそひそと、あの子は誰?と
ささやく声も聞こえたが、
誰かが、あの子は、社長の子どもだよ。
と、ささやき返すのが聞こえて、
なんだか、気まずかった。
その会社には、
とても偉そうにしている人がいて、
皆がその人にぺこぺこしていた。
彼はよく話しかけてきては、
あなたの知らない仕事の話や、
海外での経験を面白く話してくれて、
最後には、人間としてどうあるべきか
説いてくれた。
立派な大人になるんだよ。
と、残して、専務室へ帰っていった。
子どもながらに、
とても立派な人なんだなと思っていた。
それは、突然だった。
両親が青い顔をして帰ったかと思うと、
その日から長い間、
あなたが寝る時間になっても帰ってこなくなった。
いや、母は帰ってきたが、
夕飯を作ると、
また会社へ出かけていった。
ある日、学校から帰ると
2人がひさびさに揃っていた。
見るからに痩せてしまった2人に、
話があるんだ。と、切り出され、
ただごとではないなと思ったけど、
なんともないフリをした。
実は、一緒に働いていたやつが、
会社の金を横領していた。
そのせいで、会社が大変な事になっている。
あなたは、特に驚かなかった。
僕が一人で夜過ごすことになったのは、
そういう事だったかと、納得すらした。
もしかしたら、
会社も諦めなければならない事もありえる。
引っ越しとか、学校が変わるとか、
何か生活に影響はあるかもしれんが、
家族は一つだ。
家族は何も変わらない。
それに、いざとなれば行政だって助けてくれる。
困るのは、
父さん達を信じて
一緒に働いてくれている何百人とその家族だ。
父さんと母さんは、
もう少しだけ、会社を維持できるよう
彼らのために必死に頑張る。
思っていたよりちょっと早いが、
お前にもちょっとした試練が来たんだろう。
しかし、どんな風に生きたいか、
じっくり考えるチャンスでもある。
どんな風に生きてみたいか考えたら、
父さんや母さんに、ぜひ教えてくれ。
ところで、
父さん、いいアプリを教えてもらったんだ。
写真や文章を共有できるアプリなんだぞ。
父さんも母さんもここに書き込むから、
お前もログインしてくれ。
距離はあるがインターネットを活用しよう。
先日まで、ガラケーだった両親は、
いつのまにか、スマホと、古いiPadを
手に入れていた。
あなたはとっくにそのアプリを入れていたが、
何も言わずに、両親のIDを登録した。
結局、
その横領した人物が誰だったのか、
両親は話さなかった。
大学に進学したあと、父の会社に行った。
前とほとんど変わらない顔ぶれが、
にこやかに、久しぶり!
と、あなたを迎え入れてくれた。
ふと、専務室のあの人に会いに行ったが、
専務室はなくなっていた。
社長室さえ無くなっていたから、
当たり前のような気がしたが、
皆が一丸となって危機を一緒に切り抜け、
残ってくれた時に、いなかったということは、
そういうことなんだろう。
会社からの帰り道、
あなたは、
もう何枚もの写真で埋め尽くされている
アプリを開くと、
まぶしい晴れやかな空の写真と一緒に、
大切な人との絆を守り抜く人になりたい。
と、書き込んだ。
大抵の大人は、
子どもたちが思っているより完璧ではない。
悩み、傷つき、何度も壁にぶち当たる。
自分の未熟さに驚きながら、
一歩ずつより良い自分を目指している。
そこから道を踏み外してしまう大人もいる。
というわけで、
自動運転が完成するまでは、
信号が青でも、必ず車を確認して歩道を歩こう。
その暴走車は、
あの専務が運転してるかもしれない。