青春小説「STAR LIGHT DASH!!」5-8
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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」
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第5レース 第7組 いつか変わるのかもしれない気持ち
第5レース 第8組 きみを守るゆびきり
「3人はこの後お祭り行くの?」
練習が終わってひと心地ついていると、チェロ担当の才藤薫(さいとうかおる)が中学生組に尋ねるのが聞こえてきた。
薫はボーイッシュで眠そうな目つきをした藤波高校の2年生だ。元々、聖へレス大学付属中等部に通っていたそうで、奈緒子たち3人が聖へレスだと知り、気に掛けているようだった。ドラム担当の野々原桜月(ののはらさつき)は目つききつめの可愛い子。人見知りをするタイプらしく、中学生組と話をしているのは専ら薫だ。薫と桜月は幼馴染だそうで、演奏の息もぴったりだった。
「行きます」
メグミが軽やかに返答し、ヴァイオリンケースを閉めた。ホルンケースを背負い、千宙が笑顔で2人を見る。
「お2人も行くんですか?」
「桜月はカレシと行くんだよねー」
薫がニコニコ笑って言うと、桜月が少々眉根を寄せた。
「……そういう話をどこでもしないで」
「えー、いいじゃん、別に。もう1人、幼馴染がいてさ。この子、そいつと付き合ってんの」
桜月を指差して明け透けに話しながら、チェロケースを閉じる薫。
「薫もおいでよ」
「やだよー、邪魔になるじゃん」
桜月が気にするように誘うが、薫はケラケラ笑いながら流した。
楽譜をバッグにしまい終えた奈緒子が、スタジオの奥でタブレットをいじっていた拓海に声を掛けてきた。
「月代さん、片付きました」
「あ、うん。ありがとう。ちょっと待ってね。たぶん、そろそろ来るから」
拓海は首から提げていたヘッドホンを外してバッグにしまった。
「どなたが?」
「ナオちゃんが巻き込まれるきっかけになった遅刻のピアニスト」
「はぁ……」
拓海の言葉に奈緒子が戸惑うように首をかしげた。その瞬間、ガチャリとスタジオのドアが開いて、軽薄な挨拶とともに、サングラスを掛けた長身の男が入ってきた。
「ちーす」
二ノ宮賢吾だ。すらりと長い手足。オールバックにした黒髪。半袖のスタンドカラーシャツとダメージジーンズが似合っている。
「二ノ宮は時間を守れないの?」
拓海は冷たい声で迎える。奈緒子が拓海の声のギャップにびっくりしたように可愛らしい目を更にまん丸にした。
「車で来たんだが、渋滞に巻き込まれたんだよ。仕方ねーだろ」
「この子たちの演奏、見てほしかったのに」
「……動画撮ってるんだろ。あとで見せろよ」
刺々しい拓海の言い様をやれやれといった調子でかわし、賢吾は奈緒子を見下ろす。奈緒子が怯えるように視線を逸らした。他のメンバーにも視線を向けてから、賢吾が拓海に訊いてくる。
「ピアノはどいつ?」
「この子」
拓海は立ち上がり、奈緒子の傍まで歩いて行って、彼女の肩に手を置いた。
「あー、お前さんが犠牲者か」
「ちょっと。犠牲者って何」
言い様にむっとする拓海。賢吾がこちらまで歩いてきて、サングラスを外した。その瞬間、メグミと薫が同時に「あっ!」と声を上げた。
「はじめの犠牲者はオレだからさ」
「二ノ宮賢吾さん……ですよね?」
薫がすぐに尋ねる。
「……あー、明るいやつがいるか」
参ったなと言わんばかりにため息を吐く賢吾。奈緒子はあまり詳しくないのか、名前が出ても分からないようにキョロキョロとメンバーと賢吾の顔を見比べている。メグミがこちらまで歩いてきて、小声で奈緒子に説明してくれる。
プロのピアニスト。数々の国際コンクールで受賞歴がある。拓海にも聞こえてきた。
「犠牲者って言い方が気に入らないんだけど」
「犠牲者以外の何だってんだよー。数々の無茶ぶりにこれまでお応えしてきたんだぞ?」
「……それはあなたの演奏がつまらないから悪いんでしょ」
「こーいーつーはー」
拓海の失礼な言葉を受けても笑いながらそれだけ言い、賢吾は首筋を撫でる。そして、奈緒子に視線を移した。
「大丈夫? こいつ、意地悪な注文してこない?」
「あ、今のところは特に」
「ナオちゃんは、二ノ宮と違って、曲の解釈が個性的だから。それに、何も言わないほうが面白いの」
賢吾の言葉に首を横に振って笑顔で奈緒子が答えてくれたので、満足して拓海は誇らしげにそう返した。
「ほー。お前がそこまで言うなんて珍しいな」
「だから、見てほしかったんでしょ」
賢吾に対しては一貫して冷たい声。
ギャップが可笑しかったのか、奈緒子がくすりと笑った。
「あ、そろそろ、時間ね。みんな、忘れ物はない?」
腕時計を見てそう言い、拓海は全員に目を配る。全員が頷いたので、奥の机に置いておいた荷物を取りに戻った。
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おどかしてくるお化けたちを涼しい顔でかわしながらお化け屋敷を抜け出た拓海は、後ろをついてきていた2人が出てくるのを待った。
あまりのノーリアクションに、お化け役の人たちが寂しそうな空気を漂わせていたけれど、拓海はそこまでサービス精神が旺盛ではないので、特に気にせずにすいすいと進んでしまった。後方では俊平のよく通る奇声混じりの悲鳴がしていたが、あまりの衝撃波なので、拓海は極力距離を取るようにしていた。あれを横で受けていたひよりは大丈夫だったろうか。
出た先に自販機があったので、3人分飲み物を買い、振り返る。ちょうど2人も出てきた。
ビビりすぎて萎れている俊平が可笑しくて、拓海はくすくす笑いながら2人に歩み寄る。体つきがしっかりしていて大きいイメージがある分、萎み方が極端にさえ見える。
「よく頑張ったね。好きなの取っていいよ」
拓海は笑いながらペットボトルを差し出した。
ここまで俊平のお守りをしてきたひよりも、さすがに疲れたのか、ふーと息をついて自分の髪に触れた。
おずおずと拓海の差し出したペットボトルから紅茶を取るひより。
「……すみません、髪崩れちゃったみたいなので、ちょっとお手洗い行ってきます」
触れた髪に違和感があったらしく、そう言って、下駄の音を鳴らしながら向こうに見えるスーパーに歩いて行ってしまった。
俊平はぐったりして、その場にしゃがみ込む。ペットボトルを俊平の頬に当ててあげ、目線を合わせるように拓海もしゃがむ。
「大丈夫?」
「じゃないです……」
「無理な時は無理って言ってもいいのよ」
「入る前に言えなかった時点でオレの負けというか」
「きみは何と戦っているの?」
「……何だろう? わかんないすけど、なんか、ダサいじゃないすか。いい年して、こんなの怖いって」
「そうかなぁ。誰だって苦手なものや嫌いなものはあるよ」
「月代さん、平然と進んでましたね」
「そうねー。興味ないから」
「え?」
「音楽以外のこと、わたし、興味ないからさ」
涼しい笑顔でそう言い、顔を上げた俊平に拓海はペットボトルを押し付けた。彼ならスポーツドリンクでいいだろう。
「はー、暑い」
その言葉と一緒にボトルの蓋を開けて、飲み物を口に含む。俊平はその様子を見つめていたようだったが、納得できないように首を傾げた。
「興味なくても、怖かったりとかびっくりしたりとか」
「ないんだよね」
「それも?」
「わたし、そういう感情、置いてきちゃったから」
拓海の言葉の意味が伝わっているのか分からないが、俊平は考えるように目を泳がせている。
「谷川くん」
「はい?」
「だいぶましになってたのに、また、声がひび割れて聴こえるよ」
「……前もそんなこと言ってましたよね。どういう意味なんすか?」
「意味はないよ」
返した言葉に不思議そうに俊平は目を丸くする。
「聴こえたままをわたしは伝えているだけ。苦しい時は苦しいって言わないと、谷川くんが壊れちゃうから。無理しないようにね」
「……無理なんてしてないです」
「今リハビリ中だって聞いたよ、舞から」
「あ、はい」
「……よく頑張れるね」
「子どもの頃から、夢のために頑張るって決めているので」
俊平は屈託なく笑い、迷うことなくそう言い切った。眼差しはどこまでも真っ直ぐで、心が能面であると舞に言われている拓海でさえ、その眼差しにはどきりとした。
拓海の頭の中で、ピアノの音が響く。怒りに任せて鍵盤を叩く過去の自分。グッと目を閉じて、そのフラッシュバックを振り払った。
「……そう。じゃ、誰も止められないね」
「やれるところまでやらないと、納得できないんで。オレ自身が」
「そうよね。……でも、谷川くん、時には自分のことも大事にしないと駄目よ?」
そっと小指を差し出して拓海は目を細めて笑う。
「お姉さんと約束して。自分を大事にすること」
差し出された小指を躊躇うように見つめていたが、頑として手を引かない拓海の様子に、俊平も武骨な手を差し出し、小指を絡めてきた。
「信念があるのは素晴らしいこと。でも、その信念に、体と心がついてくるとは限らない」
拓海の言葉に耳を傾けながら、俊平は真面目な表情で目を細めた。
「何かあった時に、わたしの今の言葉が、きみを守ることを願ってるよ」
言葉を口にしながら、絡めた小指を軽く振って、2人はユラユラと体を揺らし、拓海の笑顔とともに指を切った。
「月代さん、音楽以外に興味ないなんて、嘘ですよね」
切った指を見つめて俊平がぼそりとこぼす。
「嘘ではないよ」
ふふっと笑い、目を閉じる。
「わたしには音楽しかなかったし、これからも音楽しかない。ただそれだけ」
ゆっくり立ち上がって、んーっと伸びをする。背筋がグッと伸びて気持ちがよかった。
「きみの声もまた、わたしにとっては音楽でしかないよ」
俊平もようやく立ち上がって、肩をぐりっと回し、はーと息を吐き出した。
「どうせなら、いい音が聴きたい。言語化してみると、たぶん、それだけのことな谷川んじゃないかな。わからないけど」
「わからないんすね」
拓海の言葉に俊平が失笑する。
奈緒子にしても、俊平にしても、拓海にとっては観察対象でしかない。いい楽器が壊れていたら放っておかないのと同じ。そんな好奇心。表現が悪いし、聞こえも悪いから決して口にはしない。
「そういえば、3人、出てくるの遅くないすか?」
「谷川くんは我を失っていたろうからわからないだろうけど、なかなか広いお化け屋敷だったから。そろそろ来るんじゃない? あ、ほら、来た」
3人の声を耳が拾ったので、聴こえたままに俊平に促す。
「月代さん、耳良すぎません?」
まだ何も聞こえてないらしい俊平が困った表情で笑った。
しばらくして、3人が出てきたので、俊平が明るい声で「おつかれー」と声を掛けた。ひよりもようやく戻ってきて、綾の隣に並ぶ。
その時、舞のスマートフォンが鳴った。
「あれ? さやかだ」
画面を確認してすぐに通話に切り替える舞。高校生組は特に気にもせずに雑談に花を咲かせている。
彼の悲鳴が聞こえていただろうに、綾も和斗も特に話題に出すような素振りは見せなかった。いい子たちだ。
「え? ちょっと待って。何? アサキくんとはぐれた?」
その声で、高校生組の表情が変わる。舞もすぐにスピーカーモードに切り替えた。スマートフォンの向こうから慌てたさやかの声。
「ごめんね。ちょっと目を離した隙にいなくなってて」
綾の顔が青ざめたのが視界に入る。
「どの辺ではぐれたの? あたしもすぐ探しに行く」
「慣れてないから地理がちょっと……えっと」
「落ち着いて。大丈夫だから」
「神社の近く」
さやかの回答を聞いて、綾がすぐに動こうとするのを俊平が腕を掴んで止めた。
「なに、谷川?」
「3人とも浴衣だし、オレがさっと行って探してきたほうが早いだろ。下駄じゃ走れねーし」
「でもっ!」
「変に急いで怪我したらどうすんだよ、バスケ馬鹿!」
俊平が真面目な表情で綾に言い聞かせる。
怪我をして1年を棒に振ることになった彼の言葉だからだろうか。綾はそう言われて、少し冷静になったようで、俊平に掴まれた手を剥がしながら、コクリと頷く。その様子に安堵して、俊平がいつものへらっとした笑顔に戻る。みんなを落ち着かせようとしているのだろう。
「アサキは言いつけを守らないようなやつじゃないだろうし、何かに気を取られてはぐれただけだろ。だいじょぶだいじょぶ。3人は後から来い」
「しゅんぺー、おれも行く」
「ああ、女子2人よりは急いで来い。舞先生、遠野さんと連絡取れるようにしてもらっていいすか? オレの連絡先はカズから聞いてください」
「あ、わかった。さやか、聴こえた? 俊平に連絡先教えるから」
「あ、うん。わかった」
俊平は手に持っていたペットボトルと保冷バッグをひよりに差し出した。
「ごめん、預かってたものだけど、ちょっと持っててもらえる?」
「う、うん」
爽やかに笑うと、俊平は膝をさすってから、颯爽と駆け出していった。
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第5レース 第9組 夏風に寄せて
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