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青春小説「STAR LIGHT DASH!!」6-1

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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

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第5レース 第12組 委員長の小さなナイトくん

第6レース 第1組 幼馴染の本音

『1学年下に椎名邑香って女子がいるの知ってる?』
 男子連中と話していると、一度は名前が挙がる一学年下の美少女。
 中学2年の思春期男子たちは、軽い口調でそんな話題を口にして、ベットリとした自分自身の据わりの悪さを必死に水底に沈める。変わり始める体や思考の変化に、戸惑っているのは自分たちだ。それを素直に受け入れられる男子もいれば、どうにも噛み砕けずに気持ち悪さを感じる男子もいる。和斗は後者だった。
 興味のない素振りをして、いつもの涼しい笑顔でその話題をかわす。
 そんな和斗のことを女子たちは好ましく思うらしい。
 男女間の揉め事はたくさんなので、和斗はいつも当たり障りない距離感で話をするようにしていた。
 自分自身も野球のことで忙しいのに、女子のことに思考を割くなんて、無理だ。

 思いも寄らない相手の口からその名前が挙がったのは、中学2年の夏の終わり。
 その日は2人とも部活のない日だったので、一緒に帰った。その時に、俊平がその名前を口にしたのだ。
 ――ああ、お前は、他のやつとは違うと思ってたのに。
 俊平だって男なんだから意外なことではないのに、和斗はその時、彼に対して落胆の情を覚えた。
 それがなぜなのかは、今でもよくわからない。
『可愛いって話題の子だろ。それこそ、春頃はその話題で持ちきりだったよ。しゅんぺー、ワンシーズン遅れてるな』
 その落胆ぶりが伝わらないよう、努めていつもどおりに返すと、俊平も和斗がからかいモードに入っているのを察したのか、軽く身構える。
『バッ、そういうつもりで言ったんじゃねーよ』
『じゃ、どういうつもりだよ?』
『よくわかんねーけど、オレが居残り練習してるとふらっと現れるんだよ』
『おばけが?』
『お前、文脈読み取れてるか?!』
『はは、冗談だよ。何? その椎名って子が?』
『だから、はじめからそう言ってんじゃん』
『へぇ……物好きもいるなぁ』
 俊平は練習の虫だ。野球部やサッカー部が帰っても、1人で暗い校庭を走っている。あまりに帰らないので、何度か担任や顧問から注意を受けていたはずだ。
『……確か、椎名先輩の妹だろ?』
『椎名先輩?』
『去年まで生徒会だったんだよ。色々教えてもらった。できる先輩』
『へぇ』
『で? その子がどうしたのさ?』
『んー。どうって言われると答えにくいけど、心配なんだよな』
『心配?』
『あんまり体強くないみたいだし。見かけてもいつも1人だし』
『……ふーん』
 それで、その話をして、自分にどうしてほしいのか。和斗にはいまいちわからない。
『これは聞けばいいだけの話? おれに何か求めてる?』
『んー。できれば、助けてやりたいんだけど』
『助ける?』
『なんか、ずっと、息苦しそうだから』
『……おれに、その手助けは無理じゃないか?』
『無理かなぁ』
『女子の問題に、男子が割って入ったら拗れるよ。やめといたほうがいい』
『そういう、もんなのかなぁ』
『……んー。一応、気にして見とくようにはするよ』
 いつもの俊平と違って、少々アンニュイなその様子に、仕方なく和斗もため息をついてその時は折れたのだった。

:::::::::::::::::::

「……ユウと別れた」
 二ノ宮修吾の運転する車に送られてきて降ろされた、駅からの帰り道。
 甚平姿の俊平が、絞り出すようにポソリと言った。
 つい先程まで談笑をしていたのに、迷子のように寂しげな幼馴染の表情に、言い様のない悲しさが込み上げた。
 けれど、努めていつもどおりを保とうと、和斗は目を閉じて頷く。
「うん、聞いた」
「え?」
「ゆーかちゃん、屋台の手伝いしてたから。お前がお好み焼きとか買いに行ってる間に遭遇して」
 目を開けて空を見上げると、星がひとつこぼれ落ちていった。
「女子と一緒に祭りだもん。焦ったのなんの」
「……ああ」
「そしたら、先回りしてゆーかちゃんが教えてくれた」
 そっと横目で彼を見ると、茫洋とした表情でそれを聞いていた。知らないふりをしてやるべきだったろうか。胸がキュッと苦しくなる。
「オレ、何を間違えたんだろう」
 ぽつりとそれだけ。クシャリと前髪を掴むように触り、俊平が苦しそうに表情を歪める。
「自分に構わず、走ってほしいってさ」
「ゆーかちゃんが?」
 俊平は頷くだけ。和斗は目を細めるしかなかった。
 この2年間、俊平は中学までとは違い、大きな大会への出場機会も限られていた。
 出身県で活躍機会を逸した県外の選手たちが流入してきて、高校から俊平を取り巻く環境はガラリと変わってしまったからだ。
 それに急き立てられるように、俊平はただでさえ多い練習量を更に増やした。その結果が今だ。
 邑香がいなかったら、俊平の怪我をするタイミングはもっと早かったかもしれない。怪我をしても隠し通そうとして、最悪の結果を招いたかもしれない。傍から見ていた和斗はそう考えるが、彼女はそうは考えなかったのかもしれない。
 ”邑香は体が弱いからと気に掛けられることを嫌う”。
 それは、俊平が先週、彼女のことを気に掛けすぎる和斗に対して言ったことだ。
 最高の結果を俊平が得られなかったのは、自分のせいかもしれない。彼女がそう考えたと仮定してみれば、パチリとピースがハマる。
 俊平の夢のために身を引いた? でも、なんで今頃? そんなことなら、はじめから告白なんてしなければよかったじゃないか。
「オレ、どこで間違えたんだろう」
 苦しそうな幼馴染の声に、我に返る。大きな手で顔を覆い、俊平は言葉を絞り出した。
「やっぱり、オレじゃなくて、カズのほうがよかったんだ。そしたら、アイツを泣かせることも」
「どういう意味だよ」
 思いも寄らない方向に話が行って、思わず和斗は立ち止まり、鋭く話を切った。
 ビクリと肩を震わせて、俊平も立ち止まる。声を荒げたことなんて、これまでなかった。彼が意外そうにこちらを見ている。
 湧き出てくるやるせなさに身を任せて、俊平の襟元をグッと引き寄せるが、体格のいい俊平はそんな簡単には動かなかった。
 肩に力を入れてもう一度引っ張ったらようやく動いた。本当に腹の立つ体躯だ。
「今のどういう意味だ?」
「え……や……」
 揉め事や喧嘩の類をしたことのない俊平は戸惑いの表情で、こちらを見るだけ。
「お前いつも大事なこと言わないよな。言葉にするの下手くそなのはわかるけどさ」
 きっとそれはお互い様だ。それでも、今はこの言葉を言わざるをなかった。
「……お似合いだと思ってたから」
「は?」
「カズとユウが付き合ったらお似合いだと思ってたから」
 俊平はその言葉を口にする時、こちらを見なかった。
 珍しく本音を話してくれようとしたのだ。
 本当は全部肯定して聞いてやるべきだったのだろう。けれど、この話だけは冷静に受け止めることができない。
 和斗にとって、俊平と邑香は大事な存在だった。2人が揃っていないと意味なんてない。
 それなのに、どうして。
 2人が信頼関係を築くために必要だった道筋で、弊害となったのは自分だったのか。
 今頃、そんなことに気が付いて、頭の中でぐわんぐわんと変な音が鳴る。そんなこと、許されない。自分が許せない。
「ッカヤロ」
 和斗は眉間に皺を寄せ、喉から絞り出すようにくぐもった音を吐き出した。
「お前、ゆーかちゃんの何を見てたんだよ!」
 やりきれなくなって、和斗は襟から手を離し、彼の胸元をガツンと殴りつけた。
 その衝撃で俊平が後ろによろける。
 彼からは何も言葉が返ってこない。
 ――なんか言えよ。
 ギリッと奥歯を噛み締める。
 乗り気じゃなかった夏祭り。
 それでも、俊平が鬱屈としているよりましかと付き合い、それなりに楽しかった。
 それなのに、今この空気か。一緒に帰るテンションには戻せそうになかった。
「……先帰る」
 俊平の顔を見ずにそう言い、和斗は下駄を引きずるようにして、一歩を踏み出した。

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第6レース 第2組 それはカズくんの我儘だよ。


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