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青春小説「STAR LIGHT DASH!!」6-6

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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

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第6レース 第5組 Minute Waltz

第6レース 第6組 私のステキな王子様

「すごかったです!!」
 演奏が終わり、客席に出てきた拓海たちに、奈緒子は両拳を握りしめて訴えた。
「ありがとう。ナオちゃんが来るって言うから張り切っちゃった♪」
「……その結果、さやかが死にそうになってたけどな」
 ビールを気持ちよさそうに飲みながら、隣で1人反省会中の遠野を慰めるようにポンポンと背中を叩く賢吾。
「……ほんと無理。この人、ほんと無理」
「さっちゃん、お疲れ様」
「くーちゃんがいなくてよかった」
「そんな変な演奏じゃなかったよ?」
「そりゃ、頼まれてるんだから、半端な演奏はしないよ。わたしにだってプライドがある」
 修吾のフォローに、軽い逆ギレをしながら、遠野はそう言い、疲弊した様子でゆっくりと立ち上がる。
「……くーちゃん、仕事終わったかな。連絡してくるね」
「あ、あの、遠野さんの演奏もよかったです!」
「あー、ありがとう」
 この機を逃すと、感想を伝えられない気がして、慌てて呼び止めて伝えると、遠野は社交辞令としてそれを受け取ったのか、なんとも言えない表情で笑い、スマートフォン片手に外へ出て行ってしまった。
「……わたしも外の空気吸ってこようかな。楽器運び出すのは、終わらないとできないし」
「おー、オレもタバコ吸いたいから出るわ」
「自由だな……」
 付き合わされた側であろう修吾が真面目に次の演奏も聴いていくか、という様子を見せていて、そのコントラストがなんだか面白かった。
「奈緒子ちゃんはどうする?」
 俊平がスマートフォンで時間を確認して、気に掛けるように声を掛けてきた。
 17時30分。リハビリ通院の時はもっと帰りが遅いので、母には何も言われないだろうが、お目当ては聴き終えてしまったので、出てしまっても問題なかった。
「帰りましょっか」
「ん。姫が満足したなら、了解です」
「もー。その呼び方やめてください~」
 まだ護衛ごっこが続いていたことが妙に気恥ずかしく、修吾の目もあるので、奈緒子はバスンと俊平の肩を叩いた。割と攻撃力があったのか、痛そうに肩をさする俊平。見守っていた修吾が楽しそうに笑った。
「仲いいね」
「戦友なんで」
「戦友?」
「リハビリ仲間なんすよ、2人とも。足の怪我の」
 俊平がプラプラ右足を揺らして、サーフパンツの裾を上げ、右膝のサポーターを見せる。
 そこでようやく修吾も気が付いたようで、心配そうに奈緒子の手元の杖を見てきた。その視線はあまり好きじゃない視線だ。
「治るので、気にしないでください」
 奈緒子はその視線に対して、きっぱりと返す。普段は見せないようにしていた心の壁がそこであっさりと表層化した。
「あ、ごめん。そんなつもりじゃなかったんだ。リハビリ、頑張ってね」
「あざっす」
 奈緒子が上手く言葉を返せずにいると、俊平が陽気な調子で代わりに返してくれた。
「できていたことをできるように戻すって、大変なことだよね。僕も経験あるから」
「そっすね」
「焦るといいことないから」
「そっすね」
「……舞と月代さんが、きみたちのことを気に掛けている理由はなんとなくわかったよ」
 1人で納得したように呟き、修吾はゆっくりと息を吐き出した。
 どういう意味だろう。
 気にはなったものの、奈緒子は修吾に問いかける言葉が見つけられなくて、ただ見上げるだけだった。
「僕たちは明日で帰っちゃうんだけど、舞と月代さんのことよろしくね」
 生真面目な口調でそう言い、修吾は笑顔で2人を送り出してくれた。

:::::::::::::::::::

 ライブハウスを出て階段を上がると、外はまだしっかりと明るく、蒸し暑くて、爽快さと不快さが同時に奈緒子を襲ってきた。
 ポケットにしまっていたキャップを取って、目深に被る俊平。
「あぢぃ」
「月代さんの曲のおかげで涼しくなってたのに、夏に戻されましたねぇ」
「はー、飲んでも飲んでも汗で出てくよね。どっかでドリンク買お」
 俊平が隣で大きく伸びをし、欠伸までおまけでついた。つられ欠伸をしそうになったので、奈緒子はふーと息を吸い込んで、その欠伸を噛み殺す。
 ゆっくりと俊平が歩き始めた。奈緒子もそれに続く。ペコリと頭を下げ、丁寧に言葉を発した。
「付き合ってくださってありがとうございました!」
「んーん。どーせ、今のコンディションじゃ、勉強も集中できなかったと思うし、来てよかったよ」
「……俊平さんは、弱音吐かないですよね」
「上手く言葉にできないから」
「そうなんですね」
「でも、それが良くなかったみたいで、親友とも喧嘩になっちまって」
 渇いた笑いとともにそう言って、困り眉になる俊平。奈緒子は唇を噛み締めて見上げることしかできない。
「……私、俊平さんの気持ち、わからなくはないです」
「え?」
「言葉にすると、そうなる気がするんです。だから、できるだけ、嫌なことは言葉にしたくない」

『治るので、気にしないでください』

 先程、修吾に言い放った言葉を思い返して、ため息を漏らす。
 本当ならもう杖は持たなくてもいい時期のはずだった。
 けれど、奈緒子の意気込みに反して、体はついてこない。
 杖がなくても歩けはするけれど、突然、すっと足に力が入らなくなる瞬間があり、それが怖くて、奈緒子は杖を手放すことができなかった。
「私たちがいちばん不安なんだから、放っておいてくれたらいいのに」
「……そうだね」
「乗り越えるのでいっぱいいっぱいだし。この状態で、周りのこと気遣えって言われても、無理じゃないですか」
「……うん」
「それなのに、こんな時に、俊平さんの手を離すなんて。カノジョさん酷いです」
 できるだけ、その話題には触れないように、と思っていたはずだったけれど、溢れ出してくる感情と一緒に、奈緒子はその言葉を口にしてしまった。
 俊平が困ったように目を細める。彼はずっと穏やかな表情をしている。なぜ、自分のほうが憤りを感じているのだろう。
「……ナオコちゃん、オレはね。言葉にするのが下手で。でも、アイツには、それでも、なんとかそういうの言えてたほうだと思うんだよ」
 ”アイツ”という距離の近い言い方に、奈緒子は心がざわつくのを感じる。
「……はい」
「でもさ、聞いてくれるからって、何を言ってもいいわけじゃないし。オレ、怪我した日、アイツに八つ当たりしたんだよ。……ずっと後悔してて」
 彼の表情を覗き込むように見つめていると、俊平が眉根を寄せ、額に手を当てた。
「それが原因だとは思ってないんだけど、たぶん、そういうことの積み重ねだったり、いろんなことが作用したりして、こうなったんじゃないかなって思うんだ」
「……でも」
「アイツ、何にも文句言わなかったよ。別れ話してきた時も、負担になりたくないって。笑顔でいてほしいから別れたいって言われたんだ」
「あ……」
「だから、何も知らないナオコちゃんが、アイツのこと、悪く言わないで」
 優しい声でそう言い、「でも、気持ちは嬉しい。ありがとう」と付け加えるように言って、俊平は笑った。
 奈緒子はそれに対して、首を横に振って答えることしかできなかった。
 メグミたちは「チャンスじゃん」と、夏祭りの帰りに、自分に言ってきた。
 奈緒子はチャンスとは思わなかったけれど、躊躇わなくてよくなったことにはほっとしていた。
 でも、今話してみて、まざまざと思い知らされた。俊平は、あの可愛らしいカノジョのこと、これまでもこれからも、たぶん、嫌いになることなんてないだろう。
 先週の演奏会中、俊平たちのやり取りを、遠目に見ていた。あの時の俊平の表情は、いつも奈緒子といる時のものとは全然違った。奈緒子はそれを見て、羨ましくて嫉妬したのに、あの女の人は、その大切なものをそんなに簡単に手放せるのだ。悔しくなってくる。
「……笑顔でいてほしいなら、隣にいてくれたらいいのに」
「ん?」
「なんでもないです。その、お別れはしちゃったけど、友達に戻るとか、そういうのは、難しいんでしょうか?」
「え……?」
「……人によっては、そういうの、あるって言うじゃないですか」
 俊平は奈緒子のその言葉に深い深い唸り声を上げる。
「考えたこともなかったな」
「すぐは無理でも……そう、なれたらいいですよね」
「そだね」
 奈緒子が必死に絞り出した言葉を、俊平は遠くを見るような目で受け止めて、やんわりと笑った。
 納得はしていないと感じたけれど、笑顔が返ってきてほっとした。
 しばらく、俊平の横顔を見上げて歩く。
 彼にとって、自分は恋愛面できっと眼中にない。
 それでも、自分の心を救ってくれた、爽やかな春風のようなこの人のことを、自分はきっと、ずっと好きだし、だからこそ、守ってあげたいと思う。
 そんなことを考えながら歩いていると、突然、パァアアアアアアンと激しく、トラックのクラクションが周囲に鳴り響いた。続いて、急ブレーキの音が耳に届く。
「うわ、なんだ?」
 俊平が気にするように道路に視線をやったようだった。
 奈緒子は弾んでいた心に入り込んできた悪夢のようなノイズに、足の力が抜けて、その場にへたり込む。
 呼吸が荒くなる。動悸が激しい。暑さで出てくる汗と違う汗が背中を伝う。体温が下がってゆくような嫌な感覚がした。
 不味い。ここでこの状態になるのは不味い。
「ナオコちゃん……?」
 ついてきていない奈緒子に気が付いて、俊平がこちらに駆け寄ってくる。見上げるが、視界がかすんで、彼の顔が見えなかった。
「ハッ……ハッ……」
 息が途切れそうになるのを必死につなぎとめる。
「立てる?」
 たぶん、そんなことを言ってくれたと思うけれど、その声は上手く耳に入ってこなかった。
 他にも何か問いかけてきてくれている。でも、何を言っているのか、全然わからない。
 ――どうしよう。世界が遠い。怖い。俊平さん、助けて。
 心の中でSOSを出して手を伸ばす。たぶん、声にはなっていない。
 息苦しさと、耳の中でボワンボワンと金属製のボウルを回しているような音がずっとまとわりついてくる。
 ふわりと、体が宙に浮きあがったことだけは感覚でわかった。右脇に体温を感じる。トクントクンと正常な鼓動のリズムが伝わってくる。そこまで感じ取って、俊平に横抱きで抱き上げられたのだと、ようやくわかった。
「ナオコちゃん、ここは危ないからちょっと移動するよ?」
 耳元で彼の優しい声がした。

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シュウ
もしよければ、俊平にスポドリ奢ってあげてください(^-^)