連載小説「STAR LIGHT DASH!!」5-2
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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」
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第5レース 第1組 なつなぎだより
第5レース 第2組 触れる夏影
『みずたに先輩』
登校日の朝、校門を通ったところに邑香が立っていた。
陸上部の朝練中なのか、制服姿ではあるけれど、手にはストップウォッチが握られている。使い古されたブルーのストップウォッチだった。
『……なんで、名前』
『シュンに教えてもらいました』
『ああ、そっか』
よかった。仲直りしたんだ。
『この前はありがとうございました。先輩がいなかったらあの場で倒れちゃってたかもしれないので』
聡明な話し方。華奢な体つき。可愛らしい顔立ち。大きな瞳が真っ直ぐにこちらを見つめてくる。吸い込まれそうな程に綺麗な目だ。
彼女への誤解はたくさん聞くが、こうやって対峙すると、人柄の良さとただただ不器用な何かを感じ取ってしまう。何より、俊平が慕う相手なのだから、悪い子である訳もない。
『今日は眼鏡じゃないんですね?』
『あの日はコンタクトが上手く入らなくて』
『そうなんですね』
俊平の姿を見て慌てて眼鏡は外したのだが、その様子を見ている余裕など、あの日の邑香にあるはずもない。
『椎名さん、どこか悪いの?』
『昔からなので気にしないでください』
ひよりからの問いが嫌だったのか、ぴしゃりとそう言い、自嘲気味に邑香が笑った。
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『え……明日の夏祭り、谷川くんたちも行くの?』
『なんとなく、ノリで誘ったらOKだっていうからさー』
何のことはなさそうに綾が笑って言った。
ノリで誘うなんて自分には絶対に無理だ。
駅前広場でぼんやりとまだまだ青い空を見上げ、綾たちを待つ。
ちょうど祖母が仕立てて送ってくれたものがあるから来て行きなさいと、母に着付けてもらった白地に赤と黄色の大振りの花が描かれた浴衣。浴衣に合わせて結わえた髪。柄じゃないけれど少しだけ乗せたファンデーションとチーク。おかしくないか気になって、自撮りモードにしたスマートフォンのカメラで確認をする。
どうしよう。また、この前みたいに俊平が1番に到着してきたら、自分の心臓はもたない気がする。
「早いね、ひより」
心配をよそに、綾が麻樹を連れて1番に到着した。
藍地に艶やかな蝶の柄の浴衣。髪もまとめて後ろでお団子にしている。普段は見られないスタイルだった。
綾はおばあちゃん子だったので、着付けも教えてもらったと言っていた。確かによく似合っている。
格子柄の甚平を着た麻樹がひよりを見上げてにこーっと笑う。
「ひよりお姉ちゃん、綺麗」
「あ、ありがとう、麻樹くん」
「どっちも残業になっちゃったから連れてきた」
「そっか。麻樹くん、回りたいお店とかあったら遠慮なく言ってね?」
「うん!」
元気いっぱいの麻樹に笑顔を返し、姿勢を戻す。
「綾ちゃん、浴衣姿も綺麗」
「おばあちゃんの浴衣借りた」
「似合ってるよ」
「ふふ。それはひよりもね。やっぱ、ひより、可愛い」
しれっとこちらを誉めて、眩しいものでも見るように目を細める綾。
こんなに綺麗な人に可愛いと言われても、いまいち自信が持てない。とはいえ、言ったところで彼女にはわからないことだから、ここは素直に受け取っておくしかない。
スマートフォンが震えたのか綾がバッグから取り出して確認する。
「谷川だ」
その場で受話ボタンをタップして話し始めた。
この前のプールの件もあるし、今回も夏祭りに誘ったのは綾だから、必然的に連絡も綾に来る。当たり前のことだ。
「ひよりお姉ちゃん、どうかした?」
「え? 何が?」
「……ちょっとしょんぼりしてる気がしただけ」
「そんなことないよ」
麻樹に笑顔を返し、通話中の綾の横顔を見つめる。綾は何かを探すように本屋などが建ち並んでいる通りのほうに視線を向けていた。
「祭りだからそりゃみんな浴衣だよね。えっと、アタシらはアイス屋の前あたりにいるよ」
ひよりも綾が見ている先に視線を向ける。
「えっと、ひよりが白地に花柄の浴衣着てて、アタシは藍地に蝶の柄。あと、弟と一緒にいる。8才」
「あー、いたいた」
俊平の声が聴こえて来て、心臓がドキリと跳ねた。
甚平姿にカラフルな合成樹脂製のサンダルを履いている俊平が視界に入った。体格がいい分、妙な色気があった。これは直視できそうにない。心の中でそんな悲鳴が上がる。
俊平の後ろには気乗りしないような表情で、黒地に縦縞の浴衣を着た和斗がついてきていた。俊平とは異質の色気があり、学校の和斗派の女子が見たら卒倒するのではないかと思ってしまう。
「谷川、甚平かー」
「膝のこともあるから下駄が無理」
「んーん。善処してくれてありがとう」
「瀬能さんの弟?」
和斗が麻樹を見てすぐに尋ねる。
「そう。親が仕事で」
「なるほど。よろしくな。えーと……オレは俊平。お前さんは?」
膝を折って視線の高さを合わせて笑いかける俊平。麻樹はひよりの後ろに隠れるようにして、俊平のことを見つめる。
「麻樹」
「アサキ。オッケー」
白い歯を見せて笑うと、すぐに体勢を戻し、和斗の肩に腕を回し、指差す。
「アサキ、こいつはカズ」
「俊平お兄ちゃんとカズお兄ちゃん」
「そうそう」
彼の朗らかな空気に安心したのか、麻樹もひよりの影から出てきた。
俊平も和斗から体を離し、持っていたスマートフォンを甚平のポケットに突っ込む。
「お兄ちゃんたちは、お姉ちゃんたちと付き合っている人なの?」
「アサ!?」
「瀬能さんの弟くん、ませてるね」
唐突な問いに慌てる綾を見て、和斗が苦笑交じりに苦言を呈する。
「オレたちは仲間です」
「仲間」
「そう。文化祭までは力を合わせてえっちらおっちら」
「あっ。おかしの!」
俊平の言葉に納得したように麻樹が笑った。
「お姉ちゃんと付き合ってる人だったらけろうかと思ってた」
「……瀬能さんの弟くん、過激だね」
「あはは」
綾も麻樹のコメントは意外だったのか、困ったように笑うだけ。
「そろそろ、電車の時間じゃない?」
和斗が腕時計を見てそう言い、歩き始める。綾も麻樹の手を引いてそれに続いた。
なかなか歩き出さないひよりを気にするように俊平が見下ろしてくる。
「行かないの?」
「あ、ぼーっとしてた」
「ハハッ。もう疲れちゃった?」
「浴衣慣れてないから」
「ああ。まぁ、ゆっくり行こうよ」
ひよりの言葉に、俊平は優しくそう言うと、ひよりが歩き出すのを待ってから1歩を踏み出した。
「あ、そうだ」
「 ? 」
「この前はありがとう」
「あの時もお礼言われたよ?」
「あれ? そうだっけ……?」
「ふふ。あと、昨日、椎名さんからもお礼言われた」
「……そう」
ひよりが笑顔で言うと、俊平は複雑そうに目を泳がせた後、いつもの笑顔を浮かべた。
「そういえば、瀬能から試作品がどうこう言われたんだけど、何作ったの?」
「あ、グループチャットに何も送ってなかったよね。マフィンとスコーンを作ってみたの。帰りに渡すね?」
「わかった。荷物持とうか? 浴衣だと邪魔じゃない?」
お菓子を入れてきた保冷バッグを示して俊平がそれとなくそう言い、手を差し出してくる。
「最終的に、オレたちが受け取るものみたいだし」
「あ、それじゃ……どうぞ」
「うん。お菓子以外に何か入ってたら帰りに言ってね」
「ありがとう」
先に行って切符を買っていたらしい和斗が俊平に切符を手渡す。
「水谷さんはカード持ってるって瀬能さんが」
「あ、うん。雨の日はバスだから」
「水谷さん、家どの辺?」
「笹井」
駅から見て左側を指差して俊平の問いに答える。
「じゃ、普段はチャリ通?」
「そう」
「へぇ」
「……俊平とゆーかちゃんくらいだって。あの距離でチャリ使わないの」
「オレはトレーニングがてらだし、ユウはチャリ乗れないからな」
「おれたちの地区からだと、高校までのバスもないし、不便だよな」
「ほんとな」
2人の会話を微笑ましく俯いたまま聴いていると、既に改札を通った綾が3人を呼んだ。
「電車来るよ」
「あ、わりぃ。今行く」
綾が麻樹の手を引いて階段を上がっていき、3人が改札を通って追いかける。
ホームに上がると、陸上部のTシャツを来た男子たちが数人ベンチに腰掛けて駄弁っているのが視界に入った。
綾は気にせずにその前を通るが、俊平が足を止めたので、ひよりも立ち止まる。和斗が察したように眼鏡の位置を直した。
「あっち行こうぜ。瀬能さんにはメッセージ送っとく」
和斗が2人を追い抜いて、綾とは別方向に歩いていくので、俊平もそれに従うように歩いていく。
陸上部男子たちは、綾に見惚れているのか、こちらにはまだ気づいていない。
綾が立ち止まってスマートフォンを確認し、こちらを見た。ひよりと目が合う。「何?」と言いたげな視線。麻樹も不思議そうに綾を見上げていた。
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第5レース 第3組 Taste of Candy Apple
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