青春小説「STAR LIGHT DASH!!」8-10
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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」
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第8レース 第9組 世界(青空)の共有
第8レース 第10組 孤独を編んで
父は指揮者。母はヴァイオリニスト。
音楽夫婦の元に生まれた拓海は、恵まれた才能と環境を武器に、中学では国内コンクールの賞を独占するほどのピアニストになった。
国際コンクールでも受賞歴があり、彼女の名前はクラシック音楽通の中で瞬く間に知れ渡った。
彼女の見た目の美しさも拍車を掛けた一因だったろう。
そこに目を付けた聖へレスの理事たちは、彼女を広告塔にしようと躍起になったが、音楽に没頭したかった拓海は、彼らの要望を無視し、高校は東京の音楽学校に進学を決めた。
彼女に言わせれば、”貧困な想像力でしか指導をできない教員たち”とのやり取りは苦痛以外の何物でもなかった。
彼らが余計なことを言い始めたことで、両親に学校を変えたいと言いやすい空気にもなった。それだけは感謝している。
『寮生活には慣れたかい?』
父から時折そんな連絡もあったが、縛りつける存在がいなくなった拓海は、高校で更に才能を花開かせ、高校2年に上がる頃には、音楽留学の切符を手に入れ、活動の拠点をフランスへと移した。
かねてから敬愛していた音楽家であるエドワード・クロムウェルに師事し、拓海は更に才能の翼を羽ばたかせていった。
拓海の見ている光の世界。
それがエドワードに見えていたかは今でもわからない。
それでも、彼は拓海の見ている世界を想像して読み取ってくれる稀有な存在だった。
いつでも、彼となら同じ視点で話ができた。
拓海が描き出したい世界。それを形作るために、いつだって、彼は適切な指導を拓海に施した。
『君の弾きたい世界を見せてくれ。それが僕の望みだ』
彼はよくそう言ってくれた。
その歯車が徐々に狂って行ったのは、大学1年の終わり頃だったように記憶している。
拓海を突き動かし続ける光の粒子。彼らの要求はどんどんエスカレートしていった。
光の粒子たちの見せようとしている世界は確かに美しかった。
再現できれば、見たこともない景色を拓海も見ることができただろう。
だが、そのためには拓海のスキルをもっと伸ばさなければ難しかった。
今の自分にはこれは弾けない。能力があるからこそ、そこの見極めはできていた。
それでも、光の粒子たちは拓海を急かし続ける。
どうにか、出場するコンクールとの折り合いをつけて取り組み続けたが、拓海の欲求は、見せられた世界を弾いてみたい、に傾き始めた。
これじゃない。こうじゃない。もっと高く。もっと繊細に。もっと雄弁に。もっともっともっと。
『きみになら弾けるはずだよ』
光の粒子たちの声。
『今はまだ無理だよ。君の卓越したスキルは世界の宝だ。焦らずにゆっくり行こう』
拓海の様子がおかしいことに気が付いたエドワードの言葉。
あの時、少なくとも、2人が自分の身を案じて、焦るなと言葉を掛けてくれていた。
それなのに、自分はあの時、止まることを選べなかった。
目の前には美しい世界が広がっているのだ。
その光をなぞれば、その世界を作り出せる。
すべて見えているのに、自分の体はその正解を導き出せない。
その悔しさは、ピアニストとしての恥だったのだ。
力で押さえつけるように、拓海は光の粒子たちの要求を無理やり飲み込もうとした。
その結果は、大学2年のとある国際コンクールで出た。
審査員を務めていたエドワード・クロムウェルからの最低評価。
『ひどく独善的な演奏だ。君はこの曲を、誰に向けて弾いている?』
彼のガッカリした眼差しを、拓海は今でも忘れることができない。
ただひとり、拓海の描き出す世界の理解者であった師を、自らの演奏で失望させたのだ。
自分の技量が伴わないから伝わらないのだ。
見えている世界を表現できれば、理解してもらえる。
自分の音楽が誰にも届かないということは、世界と断絶されたのと同等だった。
孤独は音楽を深める。けれど、音楽を深めた先に待ち受ける孤独など、拓海は望んでいなかった。
絶望の中、ピアノを弾き続けた。弾き続ければ、高みに行ける。そう信じて。
けれど、大学3年の冬。拓海の右手はピアノを奏でられなくなった。
弾くことはできる。
けれど、決まった運指のところで引っかかり、自分自身の思い描いた世界を紡ぎ出せない。
自分の望むままに、求めるままに、満足するピアノが弾けないのであれば、弾かないほうがマシだ。
ピアノにおいて、潔癖の完璧主義者であった拓海は、そう結論づけて、絶望したまま、音楽留学を終えた。
:::::::::::::::::::
「なるほどねー」
奈緒子の話を聞いて、チヒロが感心したように頷いた。
「ピアノが星空で、ヴァイオリンが三日月、ホルンは風、ドラムは波の音、チェロが小舟」
奈緒子が楽しそうに話して、みんなの顔色を窺うように見回した。
最後に拓海のことを不安そうに見つめてくる。
「合ってるよ」
穏やかな声で頷いて、拓海はアイスティーに口を付けた。
桜月がうーんとうなり声を発した後、納得したのか、ぎゅっと目をつむった。
「そんなの、ほぼほぼ素人の私には、わかんない」
「ただ楽譜を渡しただけだったからね」
「月代さん、やることが鬼畜……」
「どうなるかなぁって思って♪」
拓海が茶目っ気たっぷりに言うと、何がそんなに楽しいんだろうと思ったのか、全員が目をパチクリさせてこちらを見てきた。
「曲想って、作者の背景やその時代のことなんかも考えながら練るものだからね。みんなはわたしのことをほとんど知らない。その状態で、楽譜だけ見て、何を読み取ってどう弾いてくるのか。それが見てみたかったんだよ」
「奈緒子いなかったら、どうするつもりだったんですかー」
「ナオちゃんがいたからこうしたのよ」
「偏った信頼だ……」
拓海の言葉に、薫以外は呆れたように頭を抱えている。
薫が少しの間の後、ようやく口を開いた。
「……じゃ、私が桜月に合わせるのは間違いじゃないんですね」
「んー、そうだね。ただ、風景に置いてかれる主役の小舟は沈んじゃうからね」
「ですよねぇ……どうしたら上手く噛み合うのかな」
真面目な声でそう言って、薫があごに手を当てた。
「今回は5つの要素を、それぞれの楽器に割り振った比較的シンプルな曲だってことは、ここまででわかってもらえたと思う」
「はい」
「あとは、互いに、どう弾いたら、その風景が綺麗に描かれるかを考えてみてほしいかな」
「……難しいこと、求められてません?」
独学でドラムを覚えた桜月が不安そうにこちらを見てくる。
確かに、難しいことを求めている。それは分かっている。
「あなたたちにとって、この演奏が大事な思い出になってほしい。……音楽は楽しいんだって思い出すきっかけになってほしい」
拓海はゆったりとした口調で言い、薫から順に視線を動かしてゆく。
チェロを学びたくて入学した聖へレス中等部。結局実力不足で、別の高校に通うことになった薫。
中学が離れ離れになった幼馴染を気遣って、自分にできることを模索し、基礎もないのに無謀にもドラムを始めた桜月。
初等部から在籍していたものの、先はないと自身で見切りをつけて、来年は別の高校に通うチヒロ。
自分はこの道で食べてゆくんだと覚悟は見えるものの、聖へレスに反発心が見え隠れするメグミ。
力はあるのに、どこか楽しくなさそうにピアノを弾いていた奈緒子。
「実力がバラバラだからこそ、作れる音楽もある。わたしはそう思うので。楽しんだ先がじゃじゃ馬なら、それも仕方ない」
昔の自分だったら、こんな言葉言えただろうか。
でも、自分は、北欧の地で失意の中見た星空とオーロラに誓ったのだ。
――わたしは、わたしの音楽の力を持って、わたしをのけ者にした音楽の世界に復讐をする。
未だにその復讐の形は自分でもわからない。
けれど、自分が紡ぎ出す音でなくとも、自分の作り出した曲で、それを叶えることができるなら。
それだけを推進力にここまでやってきた。
そうしなければ、自分は生きられなかったから。
こうして生きるしかなかった。それ以外に道なんてなかった。
ただ、音のない灰色の世界で塞ぎこんで死んでゆくくらいなら、こうするほかなかった。
これ以外に正解なんて、ない、はずだ。
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第8レース 第11組 さがしものは青空です。
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