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青春小説「STAR LIGHT DASH!!」8-8

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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

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第8レース 第7組 届かない夢の果て

第8レース 第8組 夏の香りが消える前に

 瀬能に話しかけられるまま話していたら、颯爽と手を振って拓海が行ってしまった。
 俊平はそれを見送ってから瀬能のほうを向く。
「そいや、瀬能、進路どうすんの?」
「谷川は変化球を知らんのか」
「あの後、どうなったのかなって思うじゃん」
 俊平はポリポリ首を掻いてあっけらかんとそれだけ言い、リュックを背負い直す。
 瀬能が少し考えるように目を細め、ゆったりと笑った。
「まだ揉めてるけど、諦めないことにしたから。アサのためにも」
 彼女のその表情は晴れやかで綺麗だった。
「そか」
「うん」
「……瀬能って、自分のことだと我慢しちゃうタイプ?」
「え?」
 俊平の言葉に瀬能が目をパチクリさせる。
 少し間を置いても、瀬能もさすがに、そうですよと認めるわけもなかったので、また俊平が口を開く。
「オレは自分の夢を優先する大馬鹿野郎だからさ」
 大切な人に、走り続けて笑顔でいてほしいと言われてしまうくらいには。
 自分がどうしようもないやつなことはわかる。
 でも、だからこそ、……ここで自分が踏ん張らなかったら、これまでのことが何だったのかわからなくなるから。
 頑張らなくちゃいけないんだ。
 瀬能が少し考えるように瞳を揺らして、うーんと唸った。
「……まぁ、正直、アンタと話してると、理想論でムカつくなぁっては思うけど」
「バッサリだな」
「そりゃ、中学の頃は高校からスカウトももらってます。それなりの実績を高校でも残してます。進路選択の重要な時期に膝を怪我しちゃったけど、些細なことなので、オレは諦めずにこの道を進みます。なんて言われたら、理想論で生きてんのかなって思うじゃん」
「うーん」
「でも、アンタはアンタなりに、過去の自分と向き合ったうえで今を選んでるわけだし」
 夜の公園で話したことを思い出すように瀬能が言う。
「真っ直ぐ走ってやるって思ってるならそれでいいんじゃないの。周りに何か言われて気にしてんのかもしれないけど」
「……そう見える?」
「違ったならごめんだけど。谷川って、色んな人に誤解されるタイプかなって思うから」
「誤解なのかな。たぶん、誤解なんかじゃなくて、オレの振る舞いがそう見えるんだろ」
 俊平の失笑混じりの言葉に、瀬能がすかさずこちらに手を伸ばしてきて、デコピンしてきた。
 拓海の加減したデコピンと違って、ちゃんと痛かった。俊平はおでこを押さえてしゃがみこむ。
「いってぇ……」
「あっはっはっは。痛いようにやったからね」
「魔王か」
「何をネガティブになってんのか知らないけどさ。もう夏も終わるんだから、シャキッとしなよ」
「季節関係あるかねぇ」
「あるでしょ。アタシらにとっては、これから起こることすべて、高校最後の想い出になるんだよ」
 しゃがみこんだまま見上げると、瀬能が夕日を見つめて、感傷的な表情でそう言った。
 俊平はゆっくり立ち上がって、瀬能を見下ろす。
 少しはまともな顔になっていたのか、瀬能が満足したように笑った。
「少なくともだよ、谷川」
「なに?」
「アタシはその理想論とお節介に背中を押された側の人間だから」
「え?」
「だから、アタシは感謝してる。それだけは覚えておいて」
 瀬能の声はどこまでもクールで落ち着いていて穏やかだった。
 言われた言葉の意味を飲み込むまでには少し時間がかかったけれど、俊平は少し間を置いてから、白い歯を見せて笑い返した。

:::::::::::::::::::

 昨夏の練習終わり。
 部室に戻ると、制服姿の邑香が部室のベンチでこっくりこっくりと舟を漕いでいた。
 この時間までいる部員なんて自分しかいないからいいものの、さすがに無防備すぎて心配になったのを覚えている。
 俊平は肩に掛けていた部活ジャージを脱いで、邑香に掛けてやる。
 着替え終わってから起こそう。
 いつも自分の練習に付き合って残っているから、その分の皺寄せが絶対何がしか生じているはずだ。
 少しでも休める時には休んでほしい。
 帰ってもいいって言っても聞かないのはわかっていることだし。
 汗でびちゃびちゃのTシャツと短パンを脱いで、ビニール袋にしまう。
 換えのTシャツがないことに気が付いて、少しだけ考え込む。仕方がないので、すぐに切り替える。
 自分の体を汗拭きシートで拭って、ふーとひと心地ついた。
『ん……』
 邑香の無防備な声がしたのでそちらを見ると、ゆっくりと頭が持ち上がった。
 俊平は特に気にせずに制服のズボンを履く。
『あ、練習終わった?』
 こちらに気付いて、邑香が澄んだ声でそう問いかけてくる。
『ん。着替えたら帰ろ。鍵はオレが返してくるから』
『帰り、コンビニ寄っていい? おなかすいちゃって』
『いいよ。あ、そうだ。これやる』
 俊平は思い出して、自分のリュックからシリアルバーを取り出して、邑香のほうに放ってやる。
 鈍い邑香はそれを手で受け取れず、頭に当たった。
『えー……ナイスコントロールだったっしょ、今のはー』
 さすがにおかしくてケラケラ笑うと、邑香が恥ずかしそうに唇を尖らせた。
『う、うるさいなぁ……これどうしたの?』
『昼飯足らないかもなって家から持ってきたんだけど、余った』
『そう。じゃ、これでいいかな。お小遣いももったいないし』
『うん。そうしようそうしよう♪』
『あれ?』
 俊平がYシャツに袖を通そうとしたところで、邑香が何かに気が付いて立ち上がった。
 こちらに近づいてきて、俊平の腕を取る。
 ――邑香さん、今、オレ、半裸ですが。
 思わず、心の中でそんな言葉が過ぎったけれど、彼女は何も気にしてないようなので、変に意識するのもおかしいと思い、必死に平静を保った。
『えー、すりむいてるじゃん。なにやったの。走ってただけじゃないの?』
『あー、ちょっと転んで』
『なんで?! 危ないからやめてよー。もう、ベンチ座って。まず手当てするから』
 邑香が怒りながら俊平の腕を引いて、無理やりベンチに座らせると、救急箱を取りにロッカーに歩いていく。
 今のうちと思い、Yシャツを着てボタンを留める。
『ユウ、いつも言ってるんだけど、お前、少し無防備すぎるから色々気を付けて』
 救急箱を持って戻ってきて、邑香が隣に腰かけてから、俊平は真面目な顔でそう言う。
 邑香は意図がわからないようにきょとんとした後、すぐに目を細めて笑って言った。
『シュンがあたしの嫌がることするわけないじゃん』

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 受験勉強をしていたら、志筑ぶちょ……この呼び方は面倒くさいので、ここからは雪晴と表記しよう。
 志筑雪晴(しづきゆきはる)。それが彼の名前だ。
 俊平が受験勉強をしていたら、雪晴から電話が掛かってきた。
 面倒くさかったが、俊平は受話ボタンをタップし、スピーカーモードにしたまま、勉強を続行する。
「はい」
「なぁ、俊平。来週何着てけばいいかなぁ?」
 雪晴の情けない声での問いかけに、文字を書くのをいったん止める。
 来週というのは、来週末に開催される藤波市の秋祭りのことだ。俊平が邑香に告白されたイベントでもある。
「ぶちょーさぁ……オレ、受験生なんすよ。変なことに巻き込むのやめてもらえます?」
「巻き込んだのは俺じゃないだろ。椎名だよ」
「……んーむ」
「お前、椎名の好みとかわかる? 服……」
「瑚花さんが好きなのは妹です」
 俊平はシャーペンのヘッドを顎に当て、少しだけ考えた後に、真面目な声でそう返した。
 これまで、瑚花に言われてきた言葉の数々、様々な空気圧力。それらすべてを総合すると、それしか答えられない。
「……妹のほうに訊いたほうが早いか……」
「あー、ユウは服に頓着ないからなぁ」
「え?! あんなに可愛いのに?!」
「何着てても可愛いからいいんすよ」
「まぁなぁ……って、別れたのに、のろけてくんなよ」
「のろけてはいないです」
 本当のことを言ったまでだ。
「この前は別れたってことしか聞いてなかったけどさ、何があったわけ? あの子に限って、お前を見限るとか絶対ないぞ。これは、俺が自信を持って太鼓判捺すところだからな」
「オレにもわかんないです。いや、わかるけど……というか、そりゃ、そうだよなって思うし」
 俊平がごにょごにょ言うのを、雪晴はスマホの向こう側で黙って聞いていたが、結局説明になっていなかったので、はーとため息を吐いた。
「とりあえず、めっちゃ引きずってんじゃん」
「……そっすね」
「吐き出しといたほうがいいことなら俺でよければ聞くぞ?」
「大丈夫です。間に合ってます」
 俊平の返しに、向こう側で舌打ちをしたのが聞こえてきて、さすがに笑った。
「まぁ、お前が弱音吐けるようなやわな男だったら、俺も部長時代苦労しなかったんだわ」
 あっけらかんと雪晴が言う。
「苦労かけましたか」
「ああ! お前は知らないだろうけど、たくさんな」
「はは。オレ、嫌われてたでしょうからね……」
 高橋たちのことを思い返しながら、俊平は目を細める。
「……俊平」
「大丈夫です。わかってるんで。というか、それで当然だと思うんで」
「当然か。まぁ、誰かがやりたいようにやったら、どっかで軋轢は生まれるよ」
「はい」
「そのバランスを取ってかないといけないところが集団行動の難しさだよな」
 俊平は静かにその言葉を受け止めて、グッと息を飲みこむ。
「でもさ。俺も椎名も知ってるから」
「何を?」
「お前が誰よりも頑張ってたこと。それは嫌うべきことじゃなくて、尊敬すべきことだよ」
 雪晴の真面目な声。照れくさくなって、俊平はポリポリと頭を掻く。
 雪晴は何も言ってこない。
 俊平は閉め忘れたカーテンから覗いている星空を見つめてこう返した。
「瑚花さんの好みはわかんないすけど、あんま、浮かれた恰好しないほうがいいかもしれないすね。ただでさえ、ぶちょー、髪色派手になってイメージ変わったし」
「あー……親父が”なんでそんな似合わない色にしたんだよ。お前はそのへんの色似合わないって昔から言ってきたろ”って怒ってて怖いのなんの」
 大学進学で上京して、少しやんちゃしたくなったのか、雪晴は髪を派手めな茶色に染めていたのだった。
 瑚花はそういうのはあまり好きじゃなさそうだ。それだけはなんとなく肌で分かる。
 飾らずに自分を真っ直ぐに。邑香をそういう風に育てたのは、間違いなくあの人だろうから。

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