連載小説「STAR LIGHT DASH!!」3-10
インデックスページ
連載小説「STAR LIGHT DASH!!」
PREV STORY
第3レース 第9組 ESCORT FRIEND
第3レース 第10組 遠い夏の日
高校1年晩夏。
『好き、なので、付き合って……くださぃ……』
秋祭りの最中、突然いなくなった和斗を探したが見つからず、具合の悪くなった彼女をベンチに休ませて、電話を掛けようとした。
その時、彼女が俊平の服の裾を掴んで消え入りそうな声でそう言った。服の裾を掴んでいる彼女の手は震えていた。
いつも堂々としているくせに、その時だけは異様に縮こまっていて、居心地の悪そうな素振りが印象深かった。
その日の邑香は、藍地に花柄の浴衣がとてもよく似合っていた。
普段はラフな服装がほとんどなのに、今日はどうしたんだろうと思っていたら、そういうことか。
『……カズもグル……?』
優しく邑香の手を握ってどかし、彼女の隣に腰を下ろした。持っていたスマートフォンもポケットに突っ込む。
『そんな言い方』
ベンチの背もたれに背を預け、夜空を見上げる俊平に、邑香がさすがに少々不機嫌そうに言った。
『悪ぃ。なんか、様子がおかしいなって思ってたから』
『それは、ごめん』
『……てっきり、カズに告白でもするのかと』
『それは、絶対にない』
あまりにバッサリした言い方だったので、笑いで息が漏れた。
『絶対ないのか』
『ないよ』
『変な奴』
『どういう意味?』
『……普通、女子はああいうカッコいいやつが好きじゃん。背も高いし、イケメンだし、勉強もできるし、運動もできるし』
『シュンくんの言ってることがわかんないんだけど』
『……そう』
勇気を振り絞って告白したのに、うやむやにするような返しに、邑香がいらつくように俊平の言葉をバッサリ切った。
おかしな揉め事に巻き込まれやすい邑香が心配で、2人の輪の中に入れてからもう少しで2年経とうとしていた。
文武両道、容姿端麗の和斗とミステリアスな美少女の邑香はお似合いだと、周囲が言っていることは俊平も知っていたし、それで露払いになるならいいかと割り切っていたところがある。なので、この告白は完全に想定外だったわけで。
『オレ、陸上中心でしか生活できないけど、いいの?』
告白なんて初めてされたから、どう返せばいいのかもよくわからない。
ようやく体が理解したらしく、脈が速くなり、体温が上がったのか熱くなってきた。
『別に、それはこれまでと変わらないじゃん』
両手を合わせて、親指のところにおでこを当てた状態で、邑香が恥ずかしそうに視線だけこちらに寄越す。
『んー。言い方変える。これまでと何も変わらないかもしれないけど、それでもいいの?』
『さすがに距離感が変わらないのは嫌だなぁ』
『オレは付き合うとかわかんないよ?』
『それは、あたしもわかんないからだいじょうぶ』
『だいじょうぶなのか』
『……なんかねー』
目を細めて地面に視線を落とす邑香。俊平は彼女の綺麗な横顔を見つめる。
『高校入ってから、シュンくん、急に髪型変な感じにするようになったじゃん』
『変……?!』
こだわりがあったのでちょっと傷ついた。
『あ、えっと、そういう意味じゃなくてさ。ずっと一緒にいたから、急に洒落こむようになって、気が気じゃなかったというか』
俊平の反応に彼女もすぐに言葉を取り消すように姿勢を正して言った。
『よくよく考えてみたら、あたしみたいな足手まといがずっと傍にいたから』
『そういうこと言ったら怒るよ』
『……足手まといじゃん』
『邑香さー。自信満々なのかと思ったら、すっげー卑下? してくる時あるけど、なんなの?』
『シュンくんにはわかんないよ』
『わかんないかもしれないけど、わかりたいとは思ってるよ』
告白の流れでする話じゃなかったとガシガシ頭を掻いて切り替えるように笑う。
『告白の返事だけど、オレでいいなら』
『シュンくん”が”いいから告白したんだよ』
照れ隠しで少し薄めたのに、そこにド直球の言葉をぶち込んでくる彼女。
――そういうところだよ。
顔が熱くなるのを感じて、俊平は大きく深呼吸をする。
『何かあれば、都度話し合いで。恥ずかしすぎるからもう勘弁して』
『勘弁してってどういう意味』
『向いてないんだって、こういうの』
『……あたしが傷つくからOKするとかはやめてほしいんだけど』
『んなことするかよ。オレ、そんなやつじゃないじゃん』
『うん』
コクリと頷いてみせるものの、唇を突っ尖らせた顔をしているので、うーと唸り声を上げてから、両手で顔を覆い、絞り出すように俊平は答えた。
『好きでもない女子に、2年も優しくするかよ』
:::::::::::::::::::
――ほら、そうやってさ、気が付くのはいつもオレじゃなくて、お前なんだよな。
人波を避けて歩み寄っていく和斗の背中を見つめながら、そんな言葉が内心過ぎった。すぐに振り払って、水谷が慌ただしく去っていこうとするのを呼び止める。
「水谷さん!」
その声で振り向く彼女。こちらを見ているようでいてやや焦点が合っていないように感じたが、気にせずに白い歯を見せて笑う。
「サンキュ。気を付けて帰ってね!」
「ありがとう。谷川くんたちもね」
ほわりと柔らかい笑顔と一緒にそんな言葉。そっと心に過ぎった黒い靄がその笑顔に浄化されるように消えた。
背中を見送ってから、俊平も2人のところに歩いてゆく。
「大丈夫だからほっといて」
心配そうな和斗に対して、いつもの強情っぱりな様子でツンと返す邑香。
慣れっこなのか、和斗も特に気にする様子もない。
視線の高さを合わせるためにしゃがんで、邑香の顔を覗き込むように俊平は顔を傾ける。
「ユウ、立てないならおぶってくけど」
「……もう少し休めば大丈夫」
膝を抱えるようにして姿勢を正すと、邑香は唇を突っ尖らせて返してくる。
「もう晩御飯の時間になるだろ。オヤジさんたち心配すんじゃん」
こちらとあまり目を合わせないようにしてだんまりを決め込む邑香。
リュックを下ろし、ファスナーを開けて、俊平はブドウ糖タブレットを取り出す。
「手出して」
優しい声で言うと、それには素直に従ってくれた。
華奢な細い手にタブレットを2、3個乗せてやる。
「エネルギー切れもあるだろ、たぶん」
渡されたタブレットの包装紙を破り、口に含んだのを見届けてから、そっと彼女のおでこに手を当てる。
不意をついたから肩をすぼめられたが、振り払われはしなかった。
「あっついじゃん。帰るぞ」
「熱中症ではないと思うんだけど」
「はーい、つべこべ言わずに俊平号に乗ること」
呆れつつも明朗にそう言い、彼女に背を向けてやる。和斗が補助するように地面に膝をついた。
乗ってくるのを待つ間にリュックを前に掛ける。
拒否されたらどうしようかと思ったが、数秒してズシリと背中に人肌(よりやや熱い)の塊が乗ってきた。
きちんと首に手が回ったのを確認してから、太ももに手を添えて軽々立ち上がる。
「ごめん」
「ちょうど通りがかってよかったよ。無理しないで寝てろ」
首を捻って邑香の様子を見ると、彼女は素直に目を閉じた。
――やっぱり、だるかったんじゃん。
寝たかは分からないが、一度背負い直してから歩き始める。
「お前の言うことは素直に聞くんだよなぁ。カズ兄さん、ショックだわー」
茶化すように隣で和斗がそんなことを言う。
「カズ、すぐからかうから警戒されてんだろ」
「心配してるだけで、からかってるつもりはないんだけどな」
「……そういうの、ユウ、嫌いだから」
「そっか」
俊平の言葉に納得したように頷くと、邑香を気遣ってか和斗はスマートフォンを見る素振りをして静かになった。
:::::::::::::::::::
「あれ? シュンくんじゃん。久しぶりー」
商店街の入口で和斗と別れて、椎名青果店の前まで行くと、邑香の姉・瑚花(こはな)が店の前に立っていた。
ふんわりシフォンのチュニックに、しゅっとした印象の黒スキニーがよく似合っている。
背があまり高くないので、邑香と並ぶと、大体、姉は邑香のほうだと思われると話してくれたことがあった。
「あーらら、また、邑香、どっかで倒れた?」
眠っているのがわかったのか、小声でそう言い、俊平の肩越しに邑香の様子を伺うように見上げてくる。
「知り合いが介抱してくれてたんで拾ってきました」
「……うん、ありがと」
優しい眼差しで邑香の頭を撫でてやる瑚花。
「瑚花さん、帰ってきてたんすね」
「うん。昨日ね。やっぱ、実家が一番落ち着くわ」
こちらを見上げて笑みを浮かべる瑚花。
瑚花は今年の春に大学進学をして、今は東京の大学に通っている。
子どもの頃から妹の面倒をよく見ていたからか、非常に姉妹仲が良い。
「中まで運びましょうか?」
起きる様子がないので、俊平は少し考えてからそう尋ねるが、瑚花はニコニコ笑顔で、邑香の顔に手を伸ばした。
背負っているので彼女が何をされているのかは分からないが、邑香が背中でもぞもぞと動き始めた。
もぞもぞ動かれてさすがにドギマギと心臓が変な跳ね方をする。理性を保とうと静かに息を吐き出した。
「……ん」
「邑香ー、おはよー。家だよー」
「おねえちゃん」
「シュンくんがここまで送ってくれたよ。お礼言って、お家入ろうねぇ」
朗らかな声で瑚花が言うと、邑香もどういう状況か思い出したようで、また背中で落ち着かない動きを始めた。
「ちょ……」
理性。
「待て。しゃがむから、ちょっとおとなしくして」
目をぎゅっと瞑って堪えるようにそう言い、ゆっくりしゃがみこむ。
足がつく高さになって、背中から邑香の重さが消える。
「……ありがと……」
最後にそっと背中に添えられた右手の感触だけが妙に残った。
「ひとまず、熱もあるみたいだし、早く寝たほうがいいよ」
ゆっくり立ち上がって、邑香を見下ろし、優しい声で告げるが、彼女は気まずそうに地面を見つめているだけ。
女子の平均身長より少しだけ高い邑香と、150センチないであろう瑚花の並びは、凸凹でアンバランスだ。
「シュンくん、ありがとーね」
不器用な妹の分も朗らかな笑顔でもう一度お礼を言ってくる瑚花。
「いえいえ」
「シュンくんも受験あるから忙しいと思うけど、あたしがこっちいる間に遊ぼうね」
「……あ、そうすね」
てっきり、2人の仲の良さなら、姉に相談しているかと思ったのに、瑚花の様子からそれは微塵も感じ取れなかった。
どうするのがいいんだろう。
「じゃ、今日はここで」
極力いつもどおりの陽気さを保って2人に手を振る。
瑚花も同じように振り返してくれたが、邑香は具合が悪いのもあってか、視線で見送ってくれるだけだった。
NEXT STORY
第4レース 第1組 はじまりのストップウォッチ
感想等お聞かせいただけたら嬉しいです。
↓ 読んだよの足跡残しにもご活用ください。 ↓
WEB拍手
感想用メールフォーム
※感想用メールフォームはMAIL、お名前未入力でも送れます。