青春小説「STAR LIGHT DASH!!」6-7
インデックスページ
連載小説「STAR LIGHT DASH!!」
PREV STORY
第6レース 第6組 私のステキな王子様
第6レース 第7組 トロイメライに揺られて
「急に倒れちゃったの? 貧血かな……。車、エアコンつけるから寝かせていいよ」
「あざっす」
遠くでそんなやり取りが聞こえた。
ザザザッと思考にノイズが走る。混濁した意識が徐々に元に戻ってきた。呼吸は元通り。脈も元に戻った気がする。
ゆっくりと座らされ、横たえられた後、奈緒子はそっと目を開けた。
自動でドアが閉まり、ゴォォォォと音を立て、急速に冷やされていく車内。
熱気がまだこもっていて、不快な感覚がする。
自分の状態がよくわからなくて、確認するために視線を動かすと、運転席に拓海の背中があった。
「……ここは?」
「ナオちゃん、起きたの?」
耳聡く気が付いて、拓海が振り向いた。俊平が、助手席のドアを開けて、心配そうに覗き込んでくる。
「ナオコちゃん、大丈夫?」
「暑いから、谷川くんも乗っていいよ」
「あ、は、はい」
助手席に乗り込んで、こちらに視線を寄越す。
「ドリンク買ってきたけど、飲む? 具合悪い? 大丈夫?」
慌てた様子で俊平は言葉を繋ぎながら話しかけてくる。
そこでようやく、先程のことを思い出し、奈緒子は軽く笑った。喉が渇いているからか、とても乾いた笑いになってしまった。
「大丈夫です。ドリンク、いただいてもいいですか?」
手を差し出すと、ひんやりしたペットボトルがすぐに渡されてきた。キャップが緩めてあったので、ゆっくり起き上がって、それを取り外し、口に含む。スポーツドリンク特有の甘みが口に広がった。
「谷川くん、手際良いね」
「……友達が、体弱くて。それで」
「なるほど」
冷たいものを取って思考がはっきりしたので、奈緒子はふーと息を吐き出した。どう取り繕おう。
「もう少ししたら、楽器の回収もできるし、家の近くまで送ろうか?」
「大丈夫です。少し休ませてもらえれば」
拓海の言葉に、首を横に振って奈緒子は笑顔を作る。
拓海が気遣うようにこちらに手を伸ばしてくる。額にひんやりとした彼女の手が触れた。
「熱はない、かな。調子悪かったのに、無理して来てくれたのかな? ごめんね」
「いえ、たまたま……急に立ちくらみがしちゃって」
きちんと笑えているのかわからなかった。
拓海の手が離れると、俊平の心配そうな表情が視界に入ってきた。
倒れた時、自分は何か余計なことを彼に言っていないだろうか。自信がなかった。どこまでが心の声で、どこまでが言葉になっていたのか、全然わからない。
「あの、大丈夫ですから、そんなに心配しないでください」
心苦しくなって、奈緒子は絞り出すように言葉を吐き出す。
拓海が気になるものでもあるのか、ずっとこちらを見つめてくる。また拓海の手が伸びてきて、今度は頬に触れた。
「ナオちゃんの綺麗な音が乱れてるね」
「……え?」
「いつもの軽やかさがない。何があったの?」
真っ直ぐな視線。居たたまれずに、奈緒子は目を泳がせ、俊平を見る。俊平は遠くを見るように目を細めていた。
「トラックのクラクションと急ブレーキの音がして。その音に気を取られてる間に、ナオコちゃんが座り込んじゃってたんすよね」
「そう……」
「それまでは全然元気だったのに……」
そこまで言葉を口にして、俊平が何かを察したようにこちらを見た。
「もしかして」
「大丈夫ですからっ!」
言葉にされることを嫌って俊平の声を遮り、奈緒子は頬に触れている拓海の手をそっと外し、そのままにっこりと笑った。
「立ちくらみがしただけです」
けれど、もう俊平は確信した顔でこちらを見ている。言葉を遮ったところで、意味なんてない。
拓海が2人の様子を窺い、そっと考えるように首元に触れ、ダッシュボードを開けた。
突然のことにびっくりしたように、仰け反る俊平。
拓海はそれを気にすることなく、ゴソゴソと中を漁り、ワイヤレスのイヤホンが入ったケースと充電用のケーブルを取り出してきた。
「これ、あげる」
なんともなしにそう言って笑い、奈緒子の手にそっと乗せてきた。
意図が分からずに奈緒子は拓海を見上げる。
「スペアで持ち歩いてたものだから未使用だよ」
気にしているのはそこではないのだけれど、彼女は全く気にしないように笑った。
「わたしも、一時期聴覚過敏になったことがあって。ノイズキャンセリングイヤホン、よく使ってたの。これなら目立たないし、あんまり気にならないから」
優しい声でそう言い、そっと奈緒子の片耳を塞ぐように触れてくる。
額に触れた時はひんやりしていると感じたが、耳は温度も低いからか、彼女の手が暖かく感じた。
もう片方の手の人差し指を口元に当て、お茶目に笑う拓海。
「無理なものはそっと避けていいんだよ。取り繕わなくていいから」
彼女は奈緒子のことをよく知らない。だから、すべてを見透かして言っているわけではないだろう。でも、今はその優しさが嬉しかった。
渡されたケースをきゅっと握り締める。
「ありがとうございます」
「ピアニストは繊細な音を拾わないといけないから、耳は大切にしないとね」
よしよしと満足げに、奈緒子の頭を撫で、拓海が運転席に身を預けるように座り直す。
俊平も拓海がいる場で踏み込むことは避けたのか、助手席にきちんと座ると、拓海に話しかけた。
「陸上も耳大事なんすよ」
「そうなの?」
「スタートの音をきっちり拾えないと、フライングになるし、待ちすぎても出遅れるので」
「ああ、そっか」
「オレは、割とスタートは得意で。フライングとかしたことないんすけど」
「へぇ、すごいね」
「まじで、あんなんチキンレースっすよ。耳良すぎると鳴り切る前の音で出ちまうし」
「そっか」
「拓海さん、この話、興味ないっすよね?」
「え? うん」
「ははっ、正直だなー」
あまりにクールな返しだったのがおかしかったのか、俊平が豪快に笑う。ちらっとこちらを見、白い歯を見せてまた笑った。
「ナオコちゃんならちゃんと聞いてくれますよー」
「15才より気遣いできないって言いたいのかな?」
「……そうとも言いますねぇ」
ほんやりした言い方で返す俊平がおかしくて、奈緒子はくすりと笑いをこぼした。
:::::::::::::::::::
水分も取って落ち着いてから、奈緒子たちは拓海と別れて、駅に向かった。
大通りは通らずに、裏通りを俊平が案内してくれるので、それに奈緒子はついていくだけ。
「月代さん、オレとナオコちゃんで対応全然違くてウケた~」
ほのぼのした口調でそう言って笑っている。ウケたで終わるあたり、俊平はやはり大物だ。
「この前は酔っぱらってたのかなー、やっぱ」
「この前?」
「祭りで、ちょっとだけ一緒だったんだよ」
「……あ、そ、そうなんですね……」
奈緒子はすれ違って少し話せただけでルンルンだったのに。
拓海は俊平と一緒にお祭りを回ったのか。
あんな美人と一緒だったのに、全くなんとも思ってないように話してくるあたり、谷川俊平という人がよくわからなくなる。
「俊平さんってすごい可愛い人が好きとか、あるんですか?」
「え?」
「あの、月代さんって、私的には”すごい美人のお姉さん”って感じなので……なんとも思わないのかなぁって」
「美人だなぁとは思うけど……月代さんって、オレに興味ないし?」
「興味……」
「よくわからない人を、顔だけで”めっちゃ綺麗! 好み!”って言えるほど、ミーハーじゃないっつーか」
顎を撫でながら、うーんと唸り、俊平が答えてくる。
奈緒子は杖をついて歩きながら、その言葉の意味を考える。
カノジョのことは中身が好きだった、と言っていることになる。
「……けど、月代さんの作った曲はとってもいいよね。まぁ、歌詞は二ノ宮さんだってわかったんだけど」
「そうですね。私は月代さんの曲は、歌詞より、音をメインに視ているので。音が計算し尽くされているから、ああいう歌詞になるんだと思うんです」
「へぇ……」
「月代さん、自分のこと、全然話さないけど、音は、ずっと”私を見ろ”って言ってるような気がして。だから、惹かれるのかもしれません」
「難しいことはわかんないけど、ナオコちゃんが楽しそうでよかったよ」
「楽しいですよ。ここのところずっと、”お前の弾き方はダメだ”って言われてきたようなものだったので」
奈緒子は昨年の定期演奏会のことを思い出し、眉根を寄せて苦笑した。
俊平が意外そうにこちらを見下ろしてくる。
『藤さん、弾きたいように弾いて。わたし、あなたの作り出す世界が見たいの』
バンドに参加した初日、どう解釈して弾いたほうがいいか質問しに行ったら、拓海がそう言って穏やかに笑ってくれた。
好きに弾いていいなんて言われたのは久しぶりのことだった。
あの時、心の深奥にずっとあった嫌な澱が消えてゆくような心地がしたのだ。
「踏み込んでこないけど、欲しい言葉をくれる。優しい人だと思います」
奈緒子は穏やかにそう言い、俊平を見上げる。バチリと視線が合い、ドキリとして、すぐに視線を遠くの山に向けた。
「夕焼け、綺麗ですね」
「ん、ああ。そだね」
「俊平さんも」
「え?」
「俊平さんも、私から見ると、そういう人ですよ」
目を閉じて優しく声を発する。目を開けると、俊平が気恥ずかしそうに手の甲で鼻をこすっていた。
「たまに、照れること言うよね、ナオコちゃんは」
「本当のことですから♪」
にゃっぱり笑ってそう言い、力強く杖でコンクリートを叩き、俊平の傍に寄る。
「俊平さん」
「なに?」
「まだ、できるところまでやってないなら、諦めちゃだめですよ♪」
彼がそう言ったのは、ほんの数週間前のことだった。
人間関係が唐突に上手く行かなくなって落ち込む彼は、”修復不可能”という5文字ですべてを終わらせようとしている気がした。
だから、それに気が付いた自分が、言わなきゃいけないんだと思った。
奈緒子の隠している傷に気が付いても、彼はあれ以降察して何も言ってこない。
そんな優しい人だからこそ、彼の背中を押すのは、自分でありたかった。
「今を楽しまなくっちゃもったいないじゃないですか!」
その言葉に俊平が困ったように目を細める。
「私のナイト、お願いです」
小首をかしげて、努めてお茶目に奈緒子は言った。
「まずは、親友さんと仲直りして来てください☆」
NEXT STORY
第6レース 第8組 隣の温度
感想等お聞かせいただけたら嬉しいです。
↓ 読んだよの足跡残しにもご活用ください。 ↓
WEB拍手
感想用メールフォーム
※感想用メールフォームはMAIL、お名前未入力でも送れます。