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青春小説「STAR LIGHT DASH!!」9-6

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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

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第9レース 第5組 答えはきっと……

第9レース 第6組 かわいいワガママ

「なぁ、俊平……これ、おかしくないか?」
 欠伸を噛み殺しながら、鳥居前で雪晴と並んで待っている間、彼は落ち着かないように何度も尋ねてきた。
 俊平は時間が惜しいので、適当に受け流して、その間、単語帳に視線を落としていた。
 ついてくるのはいいけれど、雪晴は瑚花とデートがしたいのだろうから、自分はどう動けばいいのだろう。
 2年前、和斗がしたように途中で姿をくらますとか……?
 でも、それで、瑚花に何かあったら……?
 瑚花にも邑香にも申し訳が立たない。
 雪晴がそういうことをする人には見えないけど、人間というのは、見てきたものがすべてじゃないことがある。
 それは、高橋の件で痛いほど分からされていることだ。
「なぁ、俊平」
「だぁーー! ぶちょー、あのね! オレ、受験生なの! 今日時間作れない分、昨日めちゃくちゃ詰め込んで動いてたんだよ。今眠いし、でも、色々隙間時間でやらないとって思ってんだから、静かにしててよ!」
「……す、すまん」
 眠くて少し声を荒げると、普段そんな風に言われたことがなかったのもあってか、雪晴がおどおどと謝って、静かになった。
 カランコロンと下駄の音がして、瑚花が2人の前にやってきた。
 白地に黄色と青の柄模様が綺麗な浴衣姿。
 雪晴が頭からつま先まで見たけれど、言葉が出てこないのか、静かなままだった。
「どしたのー? シュンくんが怒ってるのなんて、初めて見たかも」
 瑚花が不思議そうに俊平を見上げてそう言ってきた。
「今日の予定分、昨日勉強して寝不足なのに、ぶちょーがうるさいから」
「ありゃりゃ。無理言ったのはあたしだし、志筑くんが怒られるのはなんか違うでしょ。ごめんね」
 すんなり笑顔でそう言って、2人を交互に見上げてくる。
「なんかないわけー? お祭りデートへのお誘いだっていうから、少し気を利かせたんですけどー」
 瑚花が涼しい顔でそう言って、クルリと回った。
 ようやくそこで雪晴が口を開いた。
「その、来てくれてありがとう。……浴衣も、すっげー似合ってる……」
 カァッと顔を赤らめてそう言う彼に、俊平のほうが気恥ずかしくなってきて、ポリポリと腕を掻いた。
「浴衣、今年は着る機会もないかなって思ってたから、せっかくだしね」
 満足げに笑って瑚花はそう言うと、すぐに歩き始めた。
「椎名?」
「いつまでもここにいても仕方ないでしょー。ほら、どこ見るの?」
「あ、えっと、奥のほうで奉納ステージやるらしくて。気になるのあったら、見ようかなって思ってんだけど」
 雪晴がすぐスマートフォンにタイムスケジュールを表示して、瑚花に見せた。
 ゆっくり追いついて話し始める2人を、距離を少しだけ置いた状態で見守る俊平。
「へー。色々やるんだね。去年、こんなのあったっけ?」
「今年、試しにやることになったって」
「そうなんだ。あ、"ぽおらるとーん"って邑香が最近よく見てる動画のアーティストさんだ」
「ふーん。じゃ、それ見てみる?」
「そだね。18時30分からか。割と時間あるし、ぼんやり屋台冷やかそうか」
 割とナチュラルな調子に会話が弾んでいるのを見て、"自分居なくてもいいのでは?"という疑問が心に過ぎったけれど、瑚花が振り返って、ちょいちょいと手招きをしてきた。
「なーに、離れてんの。ここから人多いんだから傍にいてね、シュンくん」
「へ? あ、うす」
 言われるまま傍まで歩いてゆくと、優しく瑚花が笑った。
「無理言っちゃったし、大学生のお姉さんがおごってあげるよ」
「……お姉さん……?」
 小柄で童顔ゆえに、ただ優しく笑ってくれていると、年上オーラが全然ないのだった。
「んー? 何か言いたげ?」
 すぐに凄みを利かせてくる瑚花。
「いえ、なんでもないっす」
 タジタジになり、俊平は首を横に振った。
「ははっ」
 雪晴が2人のやり取りを見て、肩の力が抜けたように笑った。
 瑚花が不思議そうに雪晴を見上げる。
「や。なんか、姉弟みたいだなって思って」
 その言葉に、瑚花が目を細めてゆっくりと息を吐いた。
「……うん。そうなることを、あたしは期待してたけどね」
 いつも、嫌悪の情をチクチク伝えるようなオーラにおののいていたので、意外な言葉に俊平は息を吸い込んだ。
 瑚花がすっと落ちた横髪を耳に掛けて、気を取り直したように歩き始めた。
 雪晴が人波から守るように、小走りで瑚花に追いつき、少しだけ前を歩いてやっている。
 俊平がその背中を見送っていると、また瑚花が気にするようにこちらを見て、白い手で、そっと手招きをしてきた。

:::::::::::::::::::

「シュンくん、遠慮がないなぁ」
 おごってあげる、という言葉は本当だったので、色々買ってもらってモグモグ食べていたら、さすがに5品目くらいで瑚花がそうぼやいた。
「ユウよりは食べてないっすよ」
「あはは♪ あの子も、どこに収めてんのってくらい食べるからね」
 柔らかく笑って、袖から取り出したティッシュで、俊平の口元を拭ってくれた。
 あまりに優しくて逆に怖い。そんなことを考えてしまう。
 雪晴が3人分のかき氷を器用に持って戻ってきた。
「あー、志筑くん、ありがと!」
「えっと、椎名がみぞれで、俊平がブル―ハワイ……」
「うん。いくらだった?」
「あー、いいよ。このくらい!」
「でも……」
「無理に誘ったんだから、このくらいさせてよ」
 雪晴は悟ったようにそう言って、そっと瑚花の手元にかき氷のカップを収めた。
「人がおつかいしてる間に、めっちゃ食ってんじゃん、俊平」
「……だって、腹が鳴るんすもん」
 しかも、食べたいって言ったら、全部買ってくれるし。
 イカ焼きを食べる俊平にカップを手渡して、雪晴は空いたベンチに腰掛けた。
「人が多いから少し疲れるなぁ」
 そう言いながら、かき氷をスプーン付きストローで掻き混ぜて食べ始める。
 瑚花も合わせるように、しゃくしゃくと掻き混ぜてから、空を見上げた。
「いい感じの空の色になってきたね」
「あー、確かに。いっつも、俊平、そろそろ、帰ろうぜって言ってた時間だわ」
「明るいのに、うるせーなーって思ってたなぁ」
「これだよ……」
 呆れたように雪晴がこぼして、すぐにかき氷を口に含んだ。
 瑚花が2人の様子を窺うようにしながら、かき氷を食べている。
 俊平と話している時はノビノビしているのだけれど、雪晴が戻ってくると、ほんの少しだけ、固さを感じる。そんな気がした。器用な人なので、できるだけわからないようにしてるつもりだろうけど、たぶん、雪晴も察している。彼は人のことをよく見ているから。
「髪」
「ん? あー、遊べるうちに遊ぼうかなって染めたら大失敗」
「ふふっ。志筑くん、元々風変わりな髪型してたし」
「あれは親父のせい。いっつも実験台にされてたからなぁ」
 やれやれと言いたげな表情でそう言って、シロップを吸う。黄色い液体がストローを上ってゆくのが見えた。
「椎名はなんにも変わってなくて、安心した」
 穏やかに雪晴が言い、瑚花がその言葉に戸惑うように首を動かした。
「変わってないかな?」
「うん。東京行ったんだし、何か変わってるかなって思ったけど、高校の時と全然変わってない気がする。勿論良い意味でだぜ?」
 雪晴の言葉に、瑚花が落ち着かないように視線を動かした。
 俊平も少し空気を察して、イカ焼きを食べるのをやめる。
「ちょっと……オレ、少し離れたところにいようか?」
 静かに言ってみたが、雪晴がこちらを見て、フルフルと首を横に振った。
 瑚花が少し緊張した面持ちで、雪晴を見つめている。
 これから演奏を見に行くことにしているのだし、タイミングとしては最悪なのでは、と、そういうことに疎い俊平でも感じたものの、雪晴は雪晴で、たぶん、かき氷を買いに行っている間に何か思うところがあったのかもしれない。
「きっと交わることなんてなく終わるんだって、高校卒業の時思って。俺、それで終わりでいいかって。決めたはずだったんだ」
 すーっと息を吸い、雪晴が食べ終わったかき氷のカップを置いて立ち上がった。
「だから、俺は自分の自己満足のためだけに、今日、椎名のことを誘った。それすら、自分の力じゃなくて、後輩の力を借りて。親父にもよく言われるけど、ほんと情けない男で。陸部のことだって、俺がもっと上手く立ち回っていれば、俊平ひとり孤立させるような状況にしたまま、引退なんてことにもならなかった気がしてるし」
 いろ、と視線で制してきたのは、それを伝えたかったからだろうか。
「椎名からの答えなんて、わかりきってるって感じていても、好きな女とのデートだって思ったら、妙に浮き足立っちまって」
 はーと息を吐き出した後、雪晴はできるだけ瑚花に視線の高さを合わせるように体を動かして、意を決したように唇を噛んだ。
「高1の時から好きだった」
「……うん」
 瑚花が少しの間の後にコクリと頷いた。どうしたい、という言葉は、雪晴の口からは出てこなかった。
「ありがとう。気持ちは嬉しいよ」
 彼女はそう言って、すぐに視線を彷徨わせ、また、真っ直ぐ雪晴を見つめた。
「3年間クラスメイトだったけど、あたしは、志筑くんのこと、たぶん、半分も知らない」
「……うん。きっと、俺もそうだろうな」
 雪晴は悟ったように目を細めて笑う。瑚花は少し考えるように目を細め、すぐにまた口を開く。
「気を持たせるようなことはしたくないから、あたしは、キミの気持ちには応えられない。これは、先に伝えておく」
 ハッキリとした彼女の答えに、雪晴が一瞬グッと顔をしかめたけれど、コクリと頷いた。
「やっぱ……」
 雪晴が髪の毛に触れて、ため息を漏らした瞬間、瑚花がすぐに言葉をかぶせた。
「だけど」
「え?」
「知らないまま終わるのも、なんかあれだし」
 瑚花の言葉を理解できないように、雪晴が瞬きを数回繰り返す。
「連絡くらいなら、してきていいから。今回、バレちゃってるわけだし」
「……ん? お、おう?」
 戸惑ったような雪晴のリアクションに、瑚花がプッと吹き出した。
 俊平もまさかの答えだったので、ついきょときょとと2人の表情を交互に見てしまった。雪晴は感情が分かりにくい表情で固まっていた。
「なに、今の声。もーう。これは、邑香からのアドバイスを基に、あたしなりに善処した結果だから、思いあがるのはなしだよ?」
「え、椎名が?!」
「志筑部長にはお世話になったから。悪い人じゃないから。すごく努力家で。あたしなんかにも優しくしてくれて……ってここのところ、思い出したように言ってくるんだもん。断りづらい!」
 早口でまくしたてて、ぬがーっと言いたげな声で叫ぶ瑚花に、俊平は、邑香の様子がありありと浮かぶような心地がして、ぶふっと吹き出してしまった。
「これで、冷たくあしらってきた、なんて言ったら、東京戻るまでずっと口利いてもらえないまである」
「ぶははは、ぶちょー、命拾いしたじゃーん!」
 あまりにおかしくて、緊張して聴いていた反動もあり、俊平は少し馬鹿笑いをしながら、雪晴に声を掛けた。
「え? や、でも、振られたのは変わらないよな?」
「そこ、理解してくれる人で良かった」
 雪晴の上手く状況を飲み込めない表情を見て、瑚花がほっと安心したように言う。
「振られるの前提で、付き合ってって言う気もなかったんでしょ? このくらいが、妥協点じゃないですか? 志筑くん」
「お、おう。それは、そう、か」
「シュンくんについてきてって言うくらいには、あたしの中での、キミの信用、そんなになかったわけだしね」
「……ッ……。やっぱそうかぁ」
「それとも、ハッキリ振ったほうが、次に行ける?」
「いや、振ってくれてるし。大丈夫。そんなに俺未練がましいほうじゃないから」
 清々しい表情で雪晴は言い、かき氷のカップを傍のゴミ箱に投げ入れた。
 スマートフォンを見て時間を確認すると、雪晴が爽やかに笑った。
「そろそろ、ステージのほう、行ってみっか」
「あ、ちょっと待って、カップ捨ててから行きたいから」
 瑚花が慌てたように残りのかき氷を食べ始めて、キーンとしたのか、すぐに顔をしかめた。

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