歌えや踊れ TikTokが選挙を動かすとき
いつのまに、世界のだれもかれもが、こんなにダンス好きになったんだろう。
TikTokの人気ぶりをみるとつくづくそう思う。
スマホを見る時間が世界で一番長いといわれるフィリピンでは、中高年もTikTokをよく見ている。
この国に暮らして、バスなどの交通機関やお店での待ち時間の長さを経験すると、ついスマホを見てしまう気持ちもわかる。
もちろん、若い人たちの間ではさらに人気で、短いダンスはまるで彼らのコミュニケーション言語になっているみたい。先日、マニラの知人のお宅にお邪魔したときもそう感じた。
小さな子どもがすっと覚える
遊びにきていた6歳の女の子がテレビ画面で見ていたのは、短いTikTokの流行曲をもうらした動画チャンネルだった。
女の子が音楽にあわせて上手に踊ってくれる。
まだ小さいのによく知ってるね~!
かかっていた音楽の中で、「あっ聞いたことある」と思った曲が2曲ほどあった。
それもそのはず。どちらも、この5月まで何度も耳にした、ボンボン・マルコス大統領とサラ・ドゥテルテ副大統領の、選挙キャンペーンソングだった。
お邪魔したお宅はマルコス支持者のファミリーだからなおさらかもしれないが、「はやりの曲」として聞き流してしまうほど、ノリのいい選挙キャンペーンソングが浸透していたのだ。
TikTok動画のなかにはマルコスとドゥテルテの写真をつかったものもある。
子どもがすっと覚えてしまうインパクト。
そういえば、5月にマルコスの対抗馬だったレニ・ロブレド氏の支持者の集まりに行ったときのことを思い出した。
「BBM!」「バーガー!」
ロブレド支持者が地域の子どもに勉強や歌を教えるための集まりなのに、小さい子どもたちが口にしたのは、スマホで親しんでいるボンボン・マルコス(BBM)のニックネームやかけ声だった。
「バーガー」は、選挙キャンペーン中に、サラ・ドゥテルテが「批判をする人にはバーガーを投げちゃおう。バーガー!」と手をCの形にしたのが始まりで、支持者の間ではやったポーズだ。
主戦場になったTikTok
選挙中、マルコスとサラの「ユニチーム」は、ウェブサイトでTikTokで使えるジングル(短い音楽)などのコンテンツを無料提供してきた。音楽にのせて踊る動画が拡散すれば、名前も覚えられ、親近感も増す。こうしたやり方がいかに成功したか、よくわかる。
5月にあったフィリピン大統領選では、SNSなどで拡散されるフェイクニュースがマルコス陣営に勝利をもたらした一因と見られている。
現地紙インクワイアラーは投票日前の4月下旬、そうした「うそ」のばらまきの主戦場もいまやTikTokになっていると報じていた。
記事が紹介したマルコス陣営のある動画は、大統領候補だったボンボン・マルコスと父親のフェルディナンド・マルコス元大統領との関係をドラマチックに描いたもので、4月下旬までに1400万回も見られた。
こうした動画には人の感情をゆさぶる効果があり、うそも本当っぽく見えてしまうという。
大統領になったマルコスのTikTokアカウントはいまや160万人がフォローしており、ほかにも大量のアカウントがマルコスの名前や写真を掲げている。
TikTokで繰り返されるのは、人が目と手を止めるような強烈なイメージやシンボルだ。だからこそ、「ファクトチェック(事実確認)のはんちゅうからすり抜けてしまっている」と、フィリピン大学第三世界研究所のジョエル・アリアテ氏がコメントしている。ライバルのレニ・ロブレドを批判するコンテンツもTikTokで広がった。
気がついたら心を動かされて…
例えば、新聞に事実とまったく違う記事が掲載されたら、信頼に傷をつけることになりかねないだろう。でもTikTokなどのコンテンツでは内容の事実確認がされないまま、誰かがつくった動画がどんどん拡散してしまう。ダンスだけでなく、政治的なコメントや解説ふうの内容もだ。
さて、日本はまもなく参院選の投票日を迎える。
国民の平均年齢が20代半ばで、ダンスや音楽が大好きな若い人が分厚い層をなすフィリピンよりも、日本は高齢化が進み、TikTokを受け入れにくい人も多いだろう。
でも、ちょっとスマホを見ているうちに、気がついたら心を動かされていた、ということが、今後増えていく可能性はある。
参院選では、アイドルグループのSPEEDやおニャン子クラブの元メンバーの出馬が話題になっているようだ。フィリピンの選挙だったら、2人は印象的な音楽にのせて歌って踊り、着実に票を集めていたかな……などと想像してみる。
政党や議員、そして支持者が選挙でSNSや新しいメディアを活用するとき、その内容のありかたを気をつけて見ていく必要がある。
最先端をいくフィリピンのてんまつは、とても参考になるはずだ。