そういえばこの国に原発あるんだっけ フィリピン・イロコスの旅その1
フィリピンのルソン島北部にあるイロコス・ノルテ州を旅してきた。
マニラから飛行機なら1時間弱、バスや車だと6時間から9時間ほどかかる北端の州、日本の本州でいうと青森県という感じだろうか。
何度か来ているのだが、今回はぜひ見てみたい景色があった。
それはかざぐるま。風力発電用の風車だ。
海岸沿いに立つかざぐるま
州内にはブルゴスとバンギという2カ所の風力発電所がある。宿泊地から1時間ほど車を走らせると、おおきな風車がみえてきた。
海岸沿いにずらりと並んで立つバンギの風車は、丘の上にある展望台から一望すると、なんともゆったりしていて美しい。風車の置物がおみやげに売られ、町の看板には風車の飾りがつけられ、町の観光の売りになっている。
もう一方のブルゴスは2013年に着工し、150MWの発電出力がある国内最大の風力発電所だという。
風車ができて電気代は安くなりましたか?
そう聞くと、別の町から運転してくれたビルニウスさん(49)は言った。「風車の近くに住む人の電気代は安くなっているのかなあ。うちのあたりじゃ安くなるどころか、電気代が高くて大変だけどね」
フィリピンの電気料金は3月時点で1キロワット時(kWh)あたり9.6ペソ(約24円)。日本のわが家の電気代は1kWh35.2円で、もっと高い。でも一家の平均年収がおよそ75万円(2015年)というフィリピンでは、かなりの負担感だろう。
このほどの大統領選の集会でも、「コリエンテ(電気)!コリエンテ!」と、集まった人が電気代をさげろと候補者に訴える場面をなんどか見た。
統計によるとフィリピンの電力需要は、2020年にピーク時で15,282メガワット(MW)。供給源は石炭火力発電が41.6%を占め、地熱、太陽光、風力などの再生可能エネルギー(29.1%)、石油(16.1%)、天然ガス(13.1%)と続く。風力は全体のわずか1.7%だ。
風力発電は「映える」観光の呼び水になるが、爆発的な電力の供給源とまではなっていないようだ。
眠れる原発は目覚めるか
マニラでは昔に比べて停電はだいぶなくなった。でも島々にも電気を行き渡らせ、さらに経済成長するためにも電力のニーズは高い。
そこで検討されているのが、原子力発電の導入だ。
「石油はいつかなくなる。石油、化石燃料から原子力への移行の可能性を準備することはいいことだ。次の政権は少なくとも可能性をさぐってみるといい」。
ロシアとウクライナの戦争の影響で原油価格が高くなるなか、ドゥテルテ大統領は5月、危険性があることにふれつつも、こう発言した。
じつは、フィリピンにはすでに原発がひとつある。
マニラから約100キロ離れたバタアン州にある「バタアン原子力発電所」は、フェルディナンド・マルコス元大統領が、石油ショックが起きた1973年に戒厳令下で建設を決めた。形としてはできあがったまま、動くことなく放置されてきた。
マルコスは先見の明があったと、電力不足のいま評価する人もいる。だがこの原発はさまざまな問題をはらんでいた。
場所や建設のあり方にずさんな点が多く、米ウェスチングハウスによる施工のコストはどんどん膨らんで過剰な借金につながった。さらに、マルコスや仲介をしたその取り巻きが多額のコミッション料を得ていたことが判明するなど、汚職の温床にもなった。
1986年2月の「ピープルパワー革命」でマルコスが国外に追放され、その2カ月後にはウクライナのチェルノブイリ原子力発電所事故が起きた。マルコスの後任となったコラソン・アキノ大統領は、安全性や経済性を理由に、この原発を稼働しないことを決定した。(下はインクワイアラー紙の関連記事)
その「眠れる」原発計画が、息を吹き返そうとしている。次期大統領につくマルコス元大統領の長男ボンボン・マルコス氏が、稼働の可能性を検討しているからだ。
協力にうごいた韓国政府
駐フィリピン韓国大使とマルコス氏との面会では、韓国側がバタアン原発の稼働可能性を調査し、新規建設が望ましいのかどうかの検討に協力すると述べた。すでに韓国の専門家が現地を訪問したといい、再生には4、5年かかり、10億ドルの費用がかかるとの見通しを示したという。
いずれにしても、次期マルコス政権では原発もふくめたエネルギー政策が大きなトピックになりそうだ。マルコス本人も動画をつかったVログで、地元イロコスの風力発電やバタアン原発をふくめた話題を口にしている。
原子力発電については、日本でも、その「安全性」に不安を感じる人もいれば、「クリーンエネルギーとしての可能性」を感じる人もおり、さまざまな意見がある。でもフィリピンではまだ、十分な議論はなされていないようだ。
バタアン原発の話題が出た5月ごろ、フィリピンのツイッターで「チェルノブイリ」がトレンド入りし、こんなコメントがあるのを見た。「なんかあのドラマが全然違ってみえるんですけど」。原発事故を題材に、アメリカのHBOで放送された人気ドラマ「チェルノブイリ (Chernobyl)」のことだった。
フィリピンの人は、ひとごとだったテーマの意外な身近さに、やっと気づいたところのようだ。「そういえば、この国に原発あるんだっけ」と。