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気持ちのいいノスタルジーが歴史をかえる ②「あの頃」って戻れるの

フィリピンの大統領選で、優勢とつたわる候補者ボンボン・マルコス氏の支持者は、ボンボンの写真に「Tiger of the North(北の虎)」という文字をあしらったシャツをよく着ている。マルコス家は北部イロコス・ノルテの出身だけど、タイガー?

虎の威を借りたシャツ?

選挙集会などで見る限り、ボンボン・マルコスは穏やかそうな人で、虎の強さはうかがえない。過去のインタビュー映像を見ると、マルコス家の不正蓄財などにかかわる厳しい質問をされても、ちょっと困ったような顔で受け流している。今選挙でメディアの取材もほとんど受けず、討論会にも参加しないのは、イメージが悪くなると損だからだと思う。

支持者は「どんなに悪口を言われても言い返さないで耐えている」姿をみいだし、好ましく思っているようだ。本来のキャラなのかわからないが、「不当な批判に耐える」イメージは、マルコス家が長年かけて意図的に広めてきたものだともいわれる。

ミンドロ島の集会で話すボンボン・マルコス(左)

さて、虎のシャツは、背中のほうにこう書かれていた。
Let’s Be Great Again(もう一度すごい国になろう)

どこかで聞いたことのあるフレーズ。そう、アメリカのトランプ大統領がよく口にした「アメリカを再び偉大な国に(Make America Great Again)」に似ている。過去の「栄光」を取り戻そうという主張だ。

アメリカの場合、舞台はかつて製造業などで栄え、いまはラストベルト(さびついた工業地帯)と呼ばれる中西部だ。貧しさ、格差への不満、置いてきぼりの感覚をもつ人たちを鼓舞し、ある意味あおり、支持を得ようとしたトランプのノスタルジー戦略がこの言葉だった。

マルコス支持者の間では、フィリピンの栄光は、ボンボンの父フェルディナンド・マルコスが大統領だった時代ということになっている。

「隠された事実、陰謀だ」

YouTubeには「豊かですばらしかったマルコス時代のフィリピン」をアピールする動画がたくさんある。たとえば41万5千人が見たという「フィリピンはアジアの虎だった」という動画は、「マルコスの時代は2ペソで2キロの米と魚が買えたのに、今はあめ玉3個だけ」とか、「マルコスが去って、フィリピン経済は低迷し続けた」と主張する。

1980年代といまの物価の違いや世界環境にはふれず。また、マルコス政権の発足時には上向いたフィリピン経済が、独裁政権の後半にはすでに下降していたことにもふれていない。当時のことが美化されているといえる。

動画の案内人はこんなふうに話す。「これって、ぼくも知らなかった事実なんだ。だって本には書かれていないからね。自分でリサーチをしないとだめだよ」。見ている人は、そうか!と、またYouTube やフェイスブックで「リサーチ」したくなるだろう。

私が話をうかがったマルコス支持者の中には、1986年のピープルパワー革命(エドサ革命)は「黄色の連中(アキノ派の政治家ら)が豊かになるため、人を動員してマルコスを追い出した」と理解している人がいる。マルコスがかかわった汚職や、国の財産を私物化するおこないについて聞くと、「それはフェイク」「もともとマルコスはお金持ちだった」と返ってくる。話していると、頭が混乱してくる。

レニ・ロブレドの集会に参加したジョセルさん

「かつてマルコス支持者だった」というジョセルさん(26)に、マルコスを支持するようになった経緯を聞いた。フェイスブックを使い始めた12歳のとき、たまたまマルコスの動画にであった。「インフラを整備し、シンガポールや日本みたいに国をよくしようとしたリーダーがフィリピンにいたんだ、と感動しました。そして、これは隠されていた事実、陰謀だと思って興奮したんです。マルコスゆかりの地も訪ね、16年の選挙では副大統領はボンボン、上院議員は(姉の)アイミー・マルコスに投票したほどです」

考えをあらためたきっかけはコロナ禍だった。人々を置き去りにしている現政権のありかたに疑問をもち、マルコスについても調べてみた。大学の先生に「マルコスは本当に偉大だったの?」と聞き、フィリピン国内ではネットで無料公開されているマルコス家のドキュメンタリー映画「The Kingmaker」(下は予告編)を紹介されて見た。「汚職や人権侵害があったと知り、マルコス家は歴史を書き換えようとしていたんだと気がついた。本当に、とても傷つきました」。

日本でも、昭和の一時期などをふりかえって、「あの頃はよかった」といったりする。過ぎ去った昔は、感傷的な思いもあって、なんとなくいいものに思える。でも、後になって語られる「あの頃」とは、はたして本当にあったことなのだろうか。ましてや戻ることなどできる?

フィリピンで「ボンボンが大統領になったら、マルコスの頃のように食べ物や電気代、水道代が安くなる」と期待する人に会うと、そうなれば本当にいいよねと思いつつ、うーんと考えてしまう。ほかにも、「ボンボンが大統領になったら凍結されたマルコスの資産が国庫にもどされる」とか、「ボンボンが大統領になったらマルコスが見つけた山下財宝が私たちのものになる」とか、いろいろな期待がふくらんでいる。実現されなければ、頭にくる人も多いだろう。ボンボンはもし大統領になったら大変だ。

ノスタルジーは懐かしく気持ちがいいけれど、ふくらんだ妄想は、現在・未来まで変えてしまいうる。

リーダーの理想を投影したマルコス像

今回の選挙でマルコス支持者がぐっと増えたのは、うその情報の影響だけではない。何より、これまでの政治への怒りと不信感。そして、「マルコスの時代はよかった」「その息子が大統領になればまたすごい時代がくる」ことを「信じたい」人がたくさんいる、ということでもあると思う。

マルコス支持者のメルさん(43)は、「私の家族はマルコス政権から土地をもらい、貧しさから抜け出した。なのに追放されるなんて……」と涙ながらに話した。メルさんの母がマルコスの専属パイロットの家族と知り合い、父がその家の運転手をすることになったという。こうした恩恵を受ける人と受けない人はどう線引きされていたのか、公平ではなかったといわれる。でも少なくとも彼にとっては、マルコスはよきリーダーだったのだろう。

涙ながらに話したメルさん

メルさんは本や過去の新聞記事も読み、マルコスについての豊富な知識を誇りにしている。その情報源じたいが誤っていることもありうるため、どこからどこまでが本当なのか、正直よくわからない。

ただ、彼のような熱心なマルコス支持者に会って感じるのは、その話しに出てくるような「弱い人のために働き、人々が必要とするインフラをつくり、国を前進させる青写真とビジョンをもったリーダー」が欲しかったんだな、いなかったんだろうなということだ。

2021年12月には、「日本のJICAとフィリピン政府が、マルコス大統領がもともと手がけた『青写真』に沿って高速道路計画をたてている」というフェイクニュースがフェイスブックで拡散した。だがフィリピン大学の研究者は、マルコス元大統領がみずから描いた、または計画になんらかの形でかかわった高速道路やインフラの「青写真」は、一切見つけることができなかったとしている。


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