終わらない ドゥテルテのキス
有権者をばかにしている。
そう政治家の姿にうんざりすることは日本でもたびたびある。フィリピンで私に選挙権はないけれど、先日行ったレイテ島タクロバン市での選挙集会の内容に、「うへえ」と思うことがあった。
集会には、大統領候補だけでなく、おなじ日に投開票される上院議員選挙の候補者が参加していた。条約の批准や戒厳令の取り消しなどの強い権限をもつフィリピンの上院議員は、定員わずか24人の狭き門で、ボクサーのマニー・パッキャオら、超有名人ばかりだ。半数が今年改選期となる。
コンサートのあいまに、上院候補がステージの上に次々と現れた。さすがみな堂々たる声量。参加者を笑わせて注目をあつめる。そのうちの一人は、「テディーベアのことを忘れないでね」と、おなかが出た丸い体形を強調しておどけ、「踊るよ~」と音楽に合わせてコミカルに体をうごかした。上院議員になったらこういう政策を推し進めます、といった話もせずに。
彼はハリー・ロケ氏。もともと人権問題にかかわる弁護士として活躍したロケは、ダバオ市長当時から犯罪者らに強硬な姿勢をとっていたドゥテルテ氏の批判者だった。それが、ドゥテルテが大統領に就いてしばらくすると、その報道官にすんなり就任し、多くの人をがっかりさせた。
まだ私が日本にいた今年1月、ロケにオンラインでインタビューする機会があった。日本にいるリベラル派のフィリピンの人にそのことを伝えると、口々に「(寝返るのにお金を)いくらもらったのって質問しといて」と言われた。実際ロケに「いくらもらったの」と聞いたら、「ご質問ありがとう。下院議員をやめなきゃいけなかったから、実際はマイナスなんですよ」と話した。
だがロケのダンス以上に、心からうんざりすることが起きたのは、マニラ首都圏ケソン市の元市長ハーバート・バウティスタ氏が舞台に進んだときだ。俳優でもあるというだけに、コメディアンのような弾丸トークで見ている人を笑わせたかと思うと、マイクを手に「歌います」という。
まあそこまではフィリピンらしい展開。ところが、こんどは大雨にぬれた聴衆のなかから、一人の女性をステージに引っ張り上げた。ラブソングをデュエットし、しばらくすると、彼は女性にひざまずいて言った。
「キスしてもいいですか」
は?
見ている人たちはキャーッと歓声をあげた。そしてバウティスタは女性のたぶんほおにキスをし、着ていた赤いシャツを脱いで女性の肩にかけた。
……おえっ。
失礼。でも、気持ち悪い。気持ち悪かった。ステージ上で似たようなことをした候補がこの日は数人いた。
いま思えば、相手役をつとめた女性らは事前に仕込まれた「サクラ」だったのかもしれない。そうだとしても、なぜ政治家が集会で、聴衆にキスする姿を見せる必要があるのだろう。
この一連の出来事を見て思い出したことがあった。
ドゥテルテ大統領が2018年に韓国を訪問した際、現地ではたらくOFW(海外フィリピン人労働者)の一人に「キスしてもいいですか」と聞き、カメラの前で口づけをしたのだ。
このことはフィリピンのみならず世界中でおどろきをもって報じられた。イギリスのBBCは「ミソジニスト(女性嫌い・女性差別者)大統領の、芝居がかったうんざりする振る舞いだ」との、フィリピンの女性人権団体ガブリエラのコメントを紹介した。(以下はBBC記事リンク)
https://www.bbc.com/news/world-asia-44352569
世界を仰天させたことが、フィリピン国内の選挙戦で繰り返されている。
ドゥテルテが韓国でやったことが悪しきお手本となり、上院選候補のおじさんの中で「わしらもやろう。みんなキャーキャー喜ぶぞ」となったのか。
それとも、もともとフィリピンの集会で、ラブシチュエーションをみせて観衆を喜ばせようとする(私はちっとも喜ばなかったけど)慣習があったからドゥテルテが韓国でもやったのか。よくわからない。
はっきりみえるのは、こういうことをすれば「票がとれる」と、候補者が考えているらしいということだ。上院議員候補、あるいは大統領という、とても有力な立場にいる男性が、女性に愛を告げて口づけをする。それが一種のマッチョなヒーロー像の体現だと勘違いしているのだろうか。
5月の選挙を前に、フィリピンでは大統領候補としてボンボン・マルコス氏を猛追しているレニ・ロブレド氏の長女の「セックスビデオ」とされるリンクがSNSで拡散し、問題になっている。ロブレド陣営は悪意あるねつぞうだと批判し、法的措置も検討。これも女性の体を利用したひどい喧伝という意味で、根っこは同じという気がする。
有権者をばかにすること
女性をばかにすること
それを政治家に許しつづけると、こんなことまで起きうる。
そういうことではないだろうか。
ああフィリピンの有権者のみなさん。
5月9日の投票日に、こいつら全部落っことしちまえよ。
キスや踊りしかないステージをにらみ、私はそう願った。