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[ショートショート]軽い神輿
神輿を担いで練り歩いていた。初めのうちは気分もよかった。今年も無事に祭を迎えることができた。ありがたい。しかし、肩にかかる重量がだんだんと重く感じられるようになった。見ると、近所の仲間が、一人、また一人と、神輿から脱落して、地の底へと吸い込まれていく。人数が減ることに、肩にかかる負荷が増す。
「重い、重いな」
それでも担ぎ手の数は一人、また一人と減って行く。
「もう限界だ」
四人になり、三人になり、二人になった。もう一人が手を放すと、すべての重量が自分ひとりにかかってきた。倒れた。その背中に神輿が乗り、はねのけることも、立ち上がることもできない。
「助けてくれ」
そこで目が覚めた。寝汗をぐっしょりかいていた。
時計を見る。
また昼の3時だ。
「いよいよ神輿を変えなくてはだめかな」
彼はひとりごちた。
「お父さん、お電話ですよ」
「だれ?」
「財田さん」
「わかった、すぐ行く」
元骨塚小学校長で、骨塚自治会の副会長をしている峯氏は階段を下りて、妻から受話器を受け取った。財田さんというのは自治会長で、「財田」という名前だが、残念ながら今は財産家ではない。財田氏の父親は男前だったが放蕩癖があり、それなりにあった家産をあちらこちらの愛人に貢いでなくしてしまったのだ。財田氏は父親から雑貨屋と容姿を受け継いだが、雑貨屋は二年前に潰れた。その清算のために、自宅の土地も半分以上売った。それでも仲代達矢と財津一郎を足して二で割ったくらいの雰囲気は、お腹がでっぷりと出た今でも残っており、理知的で線の細い峯氏とは対照的である。
「はい、変わりました。何か相談かい」と峯氏が尋ねると。
「秋祭りの神輿のことだよ。去年は何人で担いだんだっけ?」と財田氏は答えた。
「ええと、二十人くらいだったかな」
「今年はもっと減るよ。市村さんも、根来さんも亡くなった。」
「まあ市村さんは病弱だったから仕方ない面もあるけど、根来さんはその日までピンピンしてたのに、ゴルフ場で急死してしまったね。」
「65歳だったっけ。ピンピンコロリは理想的とも言えるけど、ちょっと早すぎるよ」
「柿沢さんと住井さんは施設に入ったね」
「そうそうそれだけで4人減だ」
「祭りのために帰ってくることはできないのかな」
「二人ともだいぶ足腰が弱っているからムリだろう」
「真崎さんの息子は東京に出てしまった」
「何やってんだっけ」
「演劇だよ。魅力があるんだろう。真崎さんのところは弁護士でお金があるからいいんだろうけど、親父は跡を継いでもらいたいんだろう?」
「そりゃそうだろうが、子どもには子どもの人生があるから仕方ない。うちの息子だって高校を出たあとに出て行ったきりだから、人のことは言えないよ。連絡もしてこないしさ。峯さんとこは娘さんだからいいなあ。しょっちゅう孫を連れて帰って来るし」
「まあまあいいじゃないですか。それで神輿の話だよね」
「そう、これだけ担ぎ手が少なくなったら、もうあの神輿は無理だよ。重過ぎる。ガタも来ているし、軽い神輿に変えようと思って」
「軽い神輿か」
「ネットで探したらけっこうあるんだよ。で一番近い業者を呼んでみた。私一人で決めるのは荷が重いから峯さんにも立ち会って欲しいんだよ。明日の午後二時に公民館に来てくれないかな」
「いいですよ」峯氏は快諾した。
翌日、峯氏は一時五十分に家を出た。家から公民館までは歩いて五分くらいだが、一応余裕を持って出たのである。公民館に着くと、既に財田氏は会議室で待っていて、のど飴をなめながらネットの動画を見ていた。
「財田さん、早いね」
「家にいてもすることがないからさ。考えてみれば、俺たちの子供の頃の祭りは華やかだったよな。神輿舁きとなると、地域の人じゃない、どこかよそからも若者が沸いてきて、盛んに掛け声をかけたものだった。ああいう若者はどこに行ったんだろうね」
「不思議だよね。ただ、今はもうそんな若者はいないよ。もし連れてきたいのなら、アルバイト代を出して集めるしかなかろうね。ネットで求人をするとか?」
「神輿担ぎしませんかって?そんなの闇バイトの暗号と間違われるのがオチだな。アルバイト代も出せないし」
「それこそ昔は、町内の家々を回って、祭りに寄付を出せ、出さないなら家を壊すぞといって暴れた例も聞いてるよ。ハロウィンの『トリックオアトリート』と一緒さ」
「渋谷の騒ぎみたいなことは、日本でも昔からあったんだな」
その時、入口の方から、
「すみません、骨塚町内会はこちらでよろしいでしょうか?」と声がした。
「あ、ごくろうさま。どうぞ入ってください」と財田氏は答えながら、スマホの電源を切る。
入ってきた中年の男は、屋外での仕事が多いのか、よく灼けていた。エラの張った四角い顔に角刈り頭に黒縁眼鏡、服は作業着姿である。
「失礼いたします。戸坂商事の戸坂と申します。どうぞよろしくお願いいたします」男は腰を深々と曲げてお辞儀をし、名刺を取り出した。
「社長さんですか。こりゃまた直々に」
「社長と言っても実質的に私一人の会社です。軽いお神輿をご検討いただけるとこのことで、こちらにチラシがございます」
「ありがとうございます。私が電話した財田、こちらが副会長の峯さんです」
「よろしくお願いいたします。こちらのパンジレットをご覧ください」
男は黒のビニール鞄から書類を出して、二人に手渡した。
「まず、通常のお神輿をより軽い材料で作ったのがこちらです。神輿にはケヤキ材が使われることが多く、五百キロぐらいありますが、これはバルサ材を使っているので大体二百キロです」
「全部をバルサ材にするのですか?」
「それもいろいろと、選択することができますよ。担ぎ棒の部分だけバルサ材に変える。これだけでも全体の重量はかなり減ります」
「なるほど」
「とは言っても、上が重くて下が軽いと潰れてしまうので、軽くするなら上の部分からです。神輿は下から、担ぎ棒、台輪、堂、屋根と分かれる構造になっています。だから、屋根だけ軽くするとか、屋根と、神が宿るとされる「堂」の部分を軽くするとか」
二人はパンフレットを覗き込んだ。神輿を担いでもう数十年だが、写真をしげしげと見るのは初めてである。立派なお堂の前に鳥居が鎮座し、鳥居の二本の柱には、龍が巻き付いている。
「お堂をケヤキにしておくと重量感が出ますが、まあ重くはなりますね。屋根の部分はバルサにしても大丈夫ですよ。上に鳳凰が乗っていますが、これも金属ではなく、プラスチックで作ることもできます」
「なるほどね」
「さらにこちらはもっと軽いです。担ぎ棒は同じバルサ材ですが、神輿本体は発砲スチロール製となっていて、、これならば百キロ以下、お値段も320万円とお安くなっております」
「いいじゃないですか。峯さん、どうです?」
「言っちゃ悪いけど、ちゃちですね。重厚さがない。これではお神輿という感じがしません」
「でもますます人は減るんですよ。」
「いきなり神輿が軽いものに変わってしまったら、みんなガッカリするんじゃないですか。財田さん、テセウスの船という話を知ってますか」
「ノアの方舟とは別ですよね。どんな話ですか」
「部品をちょっとずつ変えていっても、自己同一性は保たれるのか、というたとえ話ですよ。例えば船が老朽化して、壊れたところや汚れたところを補修して使っていく。そうして使っていくと、当初のからのパーツは一つも残っていないかもしれない。それでも同じ船と言えるのではないか、という話です」
「老舗のカレー店が、自慢のルーをつぎ足しつぎ足し使っているみたいな」
「それは一緒かな。船の部品と違ってルーは混ざっていくから、分子レベルで創業当初のものが残っているのかもしれない」
「じゃあアイドルグループが、一人抜け二人抜け、遂には最初からのメンバーがいなくなっても同じグループ名であるようなことかな」
「そうそう、何とか48とか、何とか46とか。
だからまあ神輿も、一気に軽くするんじゃなくて、部品ごとに少しずつ軽いものと取り換えていけば、ショックもなく、だんだん人が減ることにも対応できるのではないか、という話です」
「峯さん頭いいな。で、戸坂さん、そういうことはできますか?」
「そういうご要望はこれまで受けたことがないですが、まあできないころはないでしょうね」
「ところで、一番軽い神輿はどんなものですか」
「全体がビニール製で、中に空気を入れて使います。重さは全部で2キロしかありません」
「ほほう、軽いな」
「いま小型のものを持ってきています。しばらくお待ちください」
戸坂社長は車に戻って、ビニールの神輿とポンプを持ってきた。ポンプを使って手早く起用に空気を入れていく。
「さらに水素やヘリウムのような、空気より軽い気体を入れれば、重さはマイナスになります。」
「峯さんこっちはどう?すごく軽いって」
「確かにこれは軽いですね。」峯氏はふと、このバルーンのような神輿が財田氏を載せて、空へと飛び上がっていくさまが頭に浮かんだ。もともと自治会長に、一級上の友人である財田氏を選んだのは峯氏である。財田氏には知性も教養も見識も何もないが、担ぐにはなるべく「軽い神輿」がいいと思ったのだ。自治会予算も使途は実質的に峯氏が全部決めている。
その軽い神輿が本当に空へ飛んでいったら面白いかもしれない。
いや神輿よりはダッチワイフか。その方がさらに面白い。水素ガスを入れられたビニール製のダッチワイフが数体、空へと飛んで行く姿が思い浮かんだ。それも手足を広げて目をつぶり、口をポカンと空けた昭和のダッチワイフだ。そこに財田氏が縛り付けられて、空へとのぼってゆく。財田氏の父親にはたくさんの愛人がいたそうだが財田氏にはいない。最後くらい父親と同じようにたくさんの「愛人」に囲ませてやろう。詩的ではないか。
「峯さん笑ってますね。気に入りましたか」
ダッチワイフに結びつけられて空へとフワフワ上がって行く男が、何か言っている。それが峯氏にはたまらなくおかしかった。笑いを我慢しようとしたが到底抑えられない。ついに憚ることなく呵々大笑するのだった。