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[ショートショート]闇に沈む魚

 漁師たちが網を引き揚げると、勢いよく跳ねる銀色の魚たちの中に、大きくてずん胴型の漆黒の魚が一匹だけ交じっていた。体長は1メートルくらい、ちょうど幼稚園児くらいある。
「おい、この魚知っているか」一人が声を上げる。
「俺は知らんな」一人が答える。
「食えるだろうか?」
「食えないだろうな。食っても不味そうだ。捨てよう」
 その魚は舟から放り出された。黒い魚は海の底へとゆっくりと沈んでいった。

 ゆっくりと沈んでいた黒い魚は、しかし、あるところまで落ちると反転して、高速で海面まで急上昇し、漁船の底に体当たりをした。
 ドスンというような音がして、乗っていた漁師たちにもその衝撃は伝わったが、船に穴が開くほどではなく、水が入って沈むことはなかった。
「なんだ今のは。何か底にぶつかったようだが」
「この辺りは深いからまさか岩に当たることはないだろう。おかしいな」
 しかし安心したのも束の間、もう一度大きな衝撃があった。魚が再び下から体当たりしてきたのである。
 漁師たちは、さきほどの黒い魚が、ぶつかった後に海の底へ潜って逃げて行くのを見た。
「怒っているのだろうか」
「怒っているのだろうな。俺たちは、変なものを釣り上げてしまったのかもしれない」
 漁師たちは顔を見合わせた。
「きっと奴は、魚雷の子供だ。爆発しないで沈んでいた魚雷が、魚との間に産ませた子に違いない」
「おいおい変なことを言うなよ。なんでそんなバカなことを言うんだ」
「もし本物の魚雷だったら爆発していただろう。ハーフだから爆発しなかったんだ」

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