マンデラ効果
昼休憩。会社の非常口、階段で先輩がなにかをしていた。何しているんだろうと覗き込んだら、先輩の手の中には1枚の絵があった。ピカチュウの絵だ。黄色くてほっぺは赤くて、しっぽの根元が茶色くて……あれ?
「先輩、ピカチュウのしっぽの先は黒じゃありませんよ」
「堂島、おまえもこの世界の住人なんだな」
先輩はこちらを振り返ることも無く訳の分からないことを言った。
「しっぽが黒いのはピチューですよ。この絵、先輩が書いたんですか?」
「ピチューが産まれる前からピカチュウのしっぽは先っちょが黒だったんだよ!」
「記憶違いでしょ。検索しましょうか?どっちが正しいか」
「検索なんかしなくてもわかる。ピカチュウのしっぽは先っちょまで黄色だ……この世界ではな!」
「はあ、そうですか」
他になんと言えばいいのかわからない。
「おかしいんだよ、堂島。俺が子どもの頃にはピカチュウのしっぽの先は黒だった。茶色、黄色、黒の3色でピカチュウのしっぽを塗ったんだよ」
「観察力の無い子どもだったんじゃないですか?」
「違うんだよォ!あのな!俺は昨日実家に帰ったんだ!」
またいきなり話が飛んだな。
「実家に帰ってどうしたんです?」
先輩の実家って新幹線の距離では?
「母さんの飯食って風呂はいって帰ってきた。都会のお菓子持っていったら喜んでた。おまえも食う?シュガーバターの木」
「何故東京土産を?ここ東京じゃないのに」
「美味しいからAmazonで買った。後でやるわ、机にいっぱい入れてあるから。敷き詰めてるから」
敷き詰めんなよと思ったが流石に口に出すのははばかられる。
「俺どこまで話した?実家に帰って……」
「ご飯食べて風呂はいって寝たんでしょ」
「寝てねえわ、こっちに戻れないだろ。そうそう、飯食って風呂入って、押し入れから自由帳引っ張り出したんだよ、子どもの頃の」
それがこれだ、と先輩は懐から、スーツの懐から一体どうやったのか懐かしい学習帳を取りだした。表紙が動物の写真のやつ。アザラシだった。先輩はノートを開いて中を見せてくる。ピカチュウの絵が書かれている。そのしっぽの先は黄色だった。
「……記憶違いじゃないですか、やっぱり」
「いや!そんなわけないんだよ。だから俺はこの世界の人間じゃないんだ。いつかはわからんが、なにかの弾みでピカチュウのしっぽが黄色い世界に来てしまったんだ!」
何がだからなんだよ。一体何を言ってるんだ。
「この世界の俺は、あっちの世界でピカチュウのしっぽを黄色く塗って笑われてるんだろうなあ」
本当に何を言ってるんだ。
「あっ、飯食ってねえ!」
「もう昼休憩終わりですよ」