探って
わからない、自分と他人の境界線が。声を忘れる暇がないくらい電話をかけたり会ったりしてくれたのはすごく嬉しかったけどその分連絡がなくなってひどいと思った。でもそんなに構ってくれることはサービスで、彼にもプライベートがある。はたして今お熱になっている女の子を放っておいてやるべきことなんてあるの、とむくれてしまいそうになるが別にお熱になっている女の子が私だけじゃない可能性も、はたまたお熱になっていない可能性もあるのだ。女の子と飲みに行くのが、結婚観について話し合うのが、好きな女の子にする態度じゃない人だっている。そんな思わせぶりするな、という気持ちにはなるが。少なくとも私は、結婚観の話をするのも飲めないお酒を飲むのもわざわざメイクして会うのもかわいい服を着るのもお熱になっている人にしかしない、というだけである。もうどんどん話の規模を広げてしまうとなぜ同じ国で育っているのにこんなにも情操に違いがあるのだ、異性だから、とかのレベルではなく感じるが?まあそんなことは家庭環境だとか通ってきた人間関係によって構築されるゆえの違いだろう。わかってはいるのだが。23年の歳月の末出来上がった私は人より重い愛を、私への探究心を、こどもに向けるような慈しみを、うんと持ってほしい我儘で淋しがりな女の子なのだ。嘆かわしいことである。そのわりに卑屈で自己肯定感が底をついているので人を信じることを悪としてしまう。生きづらい。この言葉に尽きる。あなたは一人の人間だし、私も一人の人間、ディテールの違いがある。でも私は人より干渉されたいし、君の細かいディテールを探りたい。難しいお年頃だ。そろそろ布団から出ようと思う。今日もなんとか一介の人間ぽくやり過ごそう。