見出し画像

雑記、心の整理

暑いと寒いを行き来しているような日々ですね。わたし個人は着るものに困っていますが、街ゆく人々は秋めいた格好をしていて素敵だなと思いました。もっと寒くなるとみんなモコモコになりますね、カワイイ。

名前忘れちゃったんだけどナッツ系統のケーキ


なんだか無性にケーキが食べたい欲が出てきます。お気に入りのケーキ屋さんがいくつかあるのですが、どこも遠くなかなか行きづらい場所にあります。車で行くしかないのですが、道を覚えてなんとか一人で行けるようになりたい…!もしくは人と横に乗せて送り届けられるくらいになってそのお店を布教したい。

車の量が多い道は狭くても広くてもまだまだ怖いです。中央線が時間帯で変わる道はまだ走れません。

xの投稿か何かで見たのですが、ご夫婦で仕事を辞めて一ヶ月車中泊の旅をしたいといっている人がいて、とても良いなと思った。まあ本当に実行するとなれば相当準備は大変だと思うけれど、一生に一度くらいはそういう遊びをしてみたい。体の動くうちに。

職場の人の年齢層は40代から上の世代が多いのですが、みんななにかしら体の不調を訴えています。私も腰をいつかやるだろうな〜と思いながら働いています。職場にいる嫌いな人ほどピンピンしてて元気そうで面白い。

好きなことで生計を立てる、というのは難しいなと感じています。わたしは自分で言うのもなんですが、多分倫理に反するような仕事以外だったら何でも基本的に楽しんでできる質だと思っています。業務でイライラよりは、いつもいつも人に対して苛立ったり嫌な思いをしています。悩みの根本を辿るとほとんどが人間関係ともいうよね。

トラブルを起こさず、起こされず、そこにいるだけで愛されるような人が羨ましい。

まあただ、そういった人たちも別に何もしていないわけじゃなくて、いろいろと我慢していたり、気遣いが群を抜いて上手かったり、芯が強かったりして本当に感心する。

人生で二人ほど、ものすごく周りから可愛がられる人と関わったことがある。

一人は同い年の女性。仕事の同期だったんだけど、あの人はすごかったな。笑顔が可愛くていつもどんな時も明るかった。相手との共通点みたいなのをどんなにどんなに小さくても見つけてそこから話を広げて、常に相手優先で振る舞ってくれた。

嫌いな人もいたみたいでたまに愚痴も聴いていたけど、その嫌いな人がその場にいればやっぱりその人を立てるから、嫌いという相手にも好かれてた。悲しいことや辛いことがあっても、だいたいトラブルを解決した後に全部事後報告するから周りを驚かせていた。

もう一人は一回りくらい年下の女の子だったんだけど、人を不快にさせない無邪気さを持っている、これまた笑顔がとびきり可愛い女の子だった。

ひとつひとつの動作や喋り方が非常にゆっくりしている子で、初めて会った時はこの子がいじめられたらどうしよう…と密かに心配していたが、そんなものは杞憂に終わり、常にみんなの中心にいた。

賢く優しく、ちょっと個性的で、嫌なものは嫌とはっきり言う性格の子だった。嫌いな相手と衝突してしまうこともあったが、基本愛されているので味方がとにかく多くて羨ましかったな。

何でか縁があって二人で映画を観たり食事に行ったこともあったのだけど、店員への態度が非常に良くて、隣にいて恥ずかしいと感じることもあった。
いつもお店をリサーチしたり予約を入れてくれたりで、年下なのにお世話になったな…。ゆったりでのほほんとしているのは雰囲気だけで本当はすごく積極的でアクティブで体力のある人だった。(自他ともに認めるメンヘラホイホイでもあった笑)

その人達が愛されるのは、人と関わることを面倒事に感じていないからだと思った。常に相手のことを考えられる心の余裕が優しさを生んでいて、それが当たり前だから打算的じゃないし、表情も澄んでいる。目なんかキラキラだったよ。

こういうのを書いていて、改めて愛される人には理由があると思ったし、自分とは違うなとも思う。嫌な人、嫌いな人を引き寄せているのはやっぱり自分自身なんだろうな。

じゃあだからといって愛される人並みに常に周りに気を遣えるかと言ったら…。わたしには無理だなあ〜!!

嫌なものは嫌だし嫌いなものは嫌いだし、他人なんかどうだっていい!何をやってもぐちぐち言ってくるやつはいるし、構ってたらキリないよ〜!

この年になるとどいうもこいつも病んでるなと思うよ。もちろん私自身もそうだけど。
発達とか定型とか健常とか障害とか。mbtiとか。この星座さんはこういう特徴があるとか。ゆとりとか。z世代とか。ラベルが多くて結局自分がなんなのか分からない。ずっと言ってる、自分がなんなのか分からない。

前の記事で、ハンデを持つ人との関わり方にどうしても壁を感じると愚痴ったけど、相手が健常者でも全然余裕で壁を感じている。

わたしより年上で、もうおばあちゃんになってもおかしくないような年齢の人が、ゴリゴリのルッキズム発動させた発言していると、この人病んでんじゃないの〜??とすぐ心のシャッター降りてしまう。ちっとも我慢ができなくて、思ったことすぐ口にしちゃう人もすごく幼稚に感じて、これまたシャッターが降りる。

こういうところで、職場に行く・人と働くということが難しいなと感じる。相手がどう…ということもあるし、自分がすぐその相手にアレルギー反応起こしてしまって。

地球ってそういう場所なのにね。いろんな人がいて当たり前なのにね。その理屈でいったらもちろん自分もそうなんだけど、周りに馴染む努力をしないとなーと改めて思いました。

自分も少しずつ変わっていって、受け入れてくれる人を大切にして、とやかくヤジを入れてくる人もいるだろうけど、道端の草のようなものだと思って日々を過ごしたいな。

現実問題、夫婦で車中泊の旅は無理かもしれないし、周りから超絶愛される人にもなれないけど、自分の過ごす環境を整える工夫は色々と試していきたい。
と、思いつつやっぱり人と関わらない静かな環境で仕事できないかも模索したいぜい。

あ、あと愛される人がどうとか書いたけど、それはあくまでわたしが個人的にいいなー好きだなーとか生きていく上で大切なスキルだなと思ったってだけです。
その女性二人は家族からめちゃくちゃ愛されてて自己肯定感がむちゃくちゃ高いっていうのもあったし、普通に羨ましい通り越して妬ましいまでいく時がある笑

愛されるから偉いとか、気遣いが正義とかそいうことじゃなく、毒親育ちのわたしが周りからの悪意や敵意に負けない方法はないかなと最近悩んでいたところでした。書けば書くほどぐちゃぐちゃだ。なんのこっちゃ。


肉…!?
うなきゅう巻き…ってコト!?
またケーキ


ケーキ!ケーキが食べたいの!

友人とこのまえ二次創作について喋ってて、何かいらんこと言ったかもなーと思い後悔。喋りすぎちゃう癖あるね、すまん。

例えば夢小説だったとして、『キャラクターが夢主を蔑ろにしていて、疲れた夢主が別れを切り出したら、そのキャラクターが慌てて関係修復に努める』みたいな内容を書いてたりすると、そのキャラってそんな軽薄な設定じゃないような…と思ってしまうし、キャラは違うのに一話一話の内容が似ていたりすると、好きなキャラに愛されたいとかじゃなく、作者さんの現実に抱えている心の問題が作品に表れてるなと感じて、どうしても重たくて倦厭してしまうのだ…。

その作品を使って、解消しようとしなくても良いのでは?と思ってしまう。

原作があっての二次創作なのに、フォロワーが増えたりすると、パクリが増えています!!と憤慨している人がいて、そのキャラはあなたが生み出したんじゃないよ…と感じブロ解をしたことが昔に一度ありました。

二次創作自体は描いていた身だし今もジャンル問わず大好き。別に上記のことがあってもその人たちは自由に表現していいし、友人と別れた後、なんか言葉足らずにやけに言いたい放題言ってしまったなと…。心に何か抱えていないと表現するって難しいと思うし、他人がとやかく言うことじゃなかったね。

暇な時ティックトックを見てるのですが、ツイステの動画がやけに回ってきます。それもラギーさんとカリムさん。やっぱりあの二人って異常に可愛いよな🤔ついつい見ちゃうから関連して出てくるのかな。

カリムさんの嫌いな人が『裏表のある人と嫌味な人』とあって、わたしじゃないか!!!!となった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?