【それだけ】ただいま(ただ編)
お風呂も入って後は寝るだけの僕……佐々田詩(ささだうた)。
でも、ここの主を待たなきゃいけないんだ。
僕は彼の家政夫だからね。
「やっぱかっけー! 安浦(やすうら)さん」
もう10年くらい前のやってた時代劇を観て興奮する。
じいちゃんの影響で見ていた刑事ドラマの主役の役者さんが今でも好き。
だから、ついその役名で呼んでしまう。
「この昼行灯(ひるあんどん)がたまらん♡」
擦りきれるくらい観てるのに、いつも初見のように感動しているんだ。
「また観てんの、これ」
癖なのか後ろから抱きしめて、耳元で囁くのが待ち人……ただ。
ボーカルグループで一番のイケメンで一番のイケボ。
女の子のファンならキュン死するほどの重低音が鼓膜を震わせる。
「おかえりなさい」
安浦さんをガン見したまま、淡々と言う。
「ただいま、う~たん」
柔らかい声の後にふふっと笑う声が響く。
ああ、女の子ならたまらないだろうな。
「これ、好きなんだもん」
「安浦さん観たいんなら、昔の借りてきなよ。いっぱい観れるで?」
皮肉のように言ういつものやり取り。
何が気にくわないんだろう。
「それとも、俺が初めて出た時代劇の作品やから?」
ただ……小倉忠久(おぐらただひさ)は俳優もしている。
確か、悔しさが残る作品だって話してくれたもんね。
「安浦さんが元気だった時の最後の作品だからだよ」
僕の好きだった安浦さんはもう天国に行ってしまったんだ。
「メシは?」
切り替えるように話題を変えるただ。
「カツ丼とサラダだよ」
「風呂は?」
「熱めのたぷたぷ」
「……メシ用意して?」
「飲むヨーグルトも?」
「当たり前でしょ?」
なんか、甘い雰囲気が漂う。
画面上では若いイケメンが悪者を成敗したけどね。
「じゃあ、先にサラダ食べてて」
僕はやっと画面を止めて、立ち上がった。
「めっちゃ、腹減った……」
赤いマッシュ、つり目の一重、鼻筋が通った細い顔で長身な男性が気の抜けた声を出す。
「お疲れ様」
少し笑って、キッチンへ向かった。
テレビの前ではカッコつけてばかりだからね。
家にいる時ぐらいはこれでいいんだよ。
「今日は絆創膏おじさん来たん?」
コンロに火を付けた時に軽く聞いてきたただ。
「うん、今日も元気そうだった。ねこおじさんも来たし」
こびりつかないように、箸で少し卵でとじたカツを動かしながら答える。
「ほんまにお客さんに愛されとるもんな」
ただはピーマンとしらすを塩昆布とごま油で和えたサラダを混ぜながら優しく言う。
これはただから教わったレシピ。
「いやぁ、おぐっちの人気には勝てないっす」
グループで一番人気らしいからね。
まぁ、僕もファンだから気持ちはわからなくはないな。
「まぁね」
誇らしげに口角を上げる。
「ーーでええねん」
ちょうどグツグツ煮えた音でかき消されて聞こえなかった。
「えっ、ごめん! なんだった?」
慌ててコンロの火を消して聞いてみる。
「ううん、なんもない」
ピーマンとしらすを小皿にバランスよく取って食べていた。
「いつも通りやね」
これ、美味しいって意味らしい。
「良かった……しらす足りなかったら、足してよ」
僕は安心して白ごはんが盛ってあるどんぶりにカツを乗せ、最後に三つ葉を飾る。
「はい、どうぞ」
黙々と食べているただの前にどんぶりを置く。
「いただきます」
クンクンと鼻をどんぶりに近づけて、匂いを嗅ぐ姿はまさに犬。
「……うん、いつも通りや」
冷蔵庫から飲むヨーグルトを出してコップに注いでる間に3口くらい食べたようで満足そうな顔をしていた。
声も穏やかさを感じる低さになってるし。
「飲むヨーグルトもどうぞ」
今日はブルーベリー味にした。
「ゆっくり食べてね」
僕が微笑むと、静かに頷いてくれた。
「なぁ……カレー食いたい」
フライパンを洗ってる時にとんちんかんな物言いが。
いや、あなた……今、カツ丼食ってるよ。
「じゃあ、レトルト買ってくる」
僕は甘口、ただは辛口派。
「ちゃうやん、なんでそうなるん?」
顔を見ると、ただは口を尖らせていた。
あざといな。
「僕、りんごとはちみつの甘口のカレーしか作れないよ?」
「それでもええよ、俺カレー好きやし」
顔がみるみる赤くなり、顔を掻き始めるただ。
「まぁ、なんてゆうか……お前の料理ならなんでも食べたいから」
わぁ、女の子は喜ぶ口説き文句出た。
まぁ、いっか。