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【溺れる君】再開記念にラストスパートをまとめて公開

 "二度とは帰らない 今日だっていいよ"

僕の拙い歌声にコーラスを入れてくれる3人。

真昼は上のハモり
夜彦は下のハモり
ようちゃんは主戦律。

3人だけで歌ったら、絶対綺麗なのに。

でも、僕の歌だからメインは夕馬だと言って聞かないんだ。

 あっという間にまた半月が経ち、今日はオーロラが観られる。

だから、カカの言う通りにデートをして、僕の服を買ってから観に行くんだ。

 最初に歌っていた歌は僕がもらったもので、:無限(むげん)さんという人から頂いた。

その人は文潟のミュージシャンで1人に1曲あたえてくれる。

曲は日本でいう戸籍みたいなもので、それをもらうことで正式に文潟の住人として認められるんだ。

「この街の未来を担う兄弟だから、朝日兄弟で1曲あげるよ」

黒いミディアムの髪に黒縁のメガネを掛け、白いTシャツに藍色のジーンズを履いた無限さんにニッと笑った。

30歳なのに、ようちゃんと真昼と夜彦のやりたい放題の言動に慌てふためいていたのとは打って変わって、歌う姿は情熱的でカッコ良かった。

"人生って最高だろ?"

この歌詞がとても心に刺さったんだ。

 カランカランと鈴の音が響いたので、またここに来れたと嬉しくなった。

「いっあっはい」

「おお……今日は勢揃いやな」

紫髪のイチさんは手を振り、赤髪のトワさんはシッシッと笑って出迎えてくれた。

「いっちゃん、こんにちはぁ」

手を振り返してから、両手の人差し指を立てて曲げる。

「おんにちは、まー♪」

ふふっと笑うイチさんも同じように返す。

2人を見ていると、ほのぼのするんだ。

「トワく~ん、お慕い申し上げます!」

フガフガと鼻息を荒くして、トワさんに抱きついていく夜彦。

「ゴラッ! つかずくあ、ホゲっ!」

さっきとは違い、鬼のような声を上げて、夜彦を睨むイチさん。

「イチちゃん、お許しくださいませ……あまりの愛おしさが溢れ出たのでございます」

夜彦は眉をハの字に曲げ、両手を合わせてイチさんに乞う。

でも、イチさんはふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。

険悪な雰囲気に僕はどうにかしなきゃと思ってオドオドしていたら、手をギュッと握られた。

「大丈夫、すぐに楽しくなるよ」

ようちゃんはいつもと変わらない笑顔を浮かべた後、奥へと入っていってソファに座る。

 トワさんと夜彦が向き合っているうちに、ニヤニヤと笑い始めた。

変わった空気を察した真昼とイチさんも2人の方を見る。

「ぺロン、ぺぺロロ、ペペロンチーノ 」

舌をペロペロしながら言うトワさん。

「カル、カルボン、カルボナーラ」

アウアウしながら夜彦も返す。

「ボルン」

「ベルボ」

「ネルネル」

「ゼーゼ」

トワさんから夜彦への順に言っていく。

「「ボロネーゼ!」」

2人で揃って叫んだ後、変顔をする。

トワさんは鬼の面の口に、夜彦はひょっとこの顔をして僕とようちゃんの方と真昼とイチさんの方と交互に顔を向けた。

4人とも、ドッと大笑いをしたんだ。

「牛丼」

今度は夜彦から先に言う。

「カツ丼」

トワさんもニヤニヤしながら返す。

「「けーいはん!」」

楽しそうに叫んで、熱い抱擁を交わしていた。

「た、ただ……アッハッハッハ!」

甲高い声を上げ、腹を抱えて笑うようちゃん。

「食べ物言うてるだけやん!」

そう突っ込みながらも低い声で笑う真昼。

「あっあっあっあっ!」

拙い発音ながらも笑うイチさん。

そして、あまりの面白さに声が出ない僕がいた。

ギャグをしたトワさんと夜彦もたまらず笑い、美容院『瞳耳』は笑いに包まれたんだ。
   夜彦は緑のニットにオレンジ色のパンツ、ようちゃんは紺色のワイシャツにワイン色のパンツ、真昼は黄緑のつなぎといういつもの服装なんだけど。

「やっぱ、まあにぃのせんすはてんさいやわ」

ようにあっとると満足そうに笑う真昼が今日は隣にいる。

そして、僕の服を眺めるんだ。

もらった時点では黒地にいちごのイラストに囲まれていた上着が後ろは白地にバナナのイラストへと変わり、前開きのファスナーを付けてくれた。

そして、黄緑のズボンにはダメージが入り、黄色のニコニコマークが散らばっていた。

「ありがとう、まあにぃ」

僕は心を込めてお礼を言うと、真昼は照れたように鼻を掻いてから僕の頭をぐしゃぐしゃと撫でたんだ。

「あたりまえやろ、ゆうちょはぼくぅのたいせつなおとうとやからな」

たいせつ……真昼はあの後から優しくなったし、少し素直になった気がする。

もっと好きになったんだ

 そんな話をしているうちに、古い町家の前に来た僕ら。

木の看板には墨の字で『一』とだけ。

今の僕ならすらりと読めるよ……にのまえでしょ?

  ガラガラと引き戸を開けて見回すと着物から洋服まで色々と並んでいた。

でも、店員さんが見当たらない。

「すいませ……うぷっ!」

大声で叫ぼうとしたら口を押さえられる。

上を見ると、ようちゃんがイーの口に人差し指を当てていた。

そして、小上がりになっている畳の上にあるカゴを指さす。

何故か笑いが止まらない夜彦とようちゃんがそこに
近づいていき、カゴの上の方で空気を撫で始めた。

「真昼は行かなくていいの?」

隣を見れば、真昼は真顔で2人を見ていた。

「別に……ぼくぅ、犬派やし」

フッと鼻を鳴らす真昼は僕を見て舌舐めずりをする。

「一番はやっぱりゆうちょやから」

僕は純粋な瞳に吸い込まれそうになった。

  「にゃっ、またたびにゃ!」

「またたびにゃ……うにゃ!」

白い猫はようちゃんにデコピンをされ、灰色の猫は夜彦に頬ずりされていた。

「仕事をしろ、七夢(ななめ)」

「なっ、お昼寝タイムだったんにゃ!」

白い猫は瞬時に白髪の黄色い着物を着た男性になった。

「むっちゃん、かわひひ〜」

「汚いにょはやめるにゃ!」

灰色の猫も灰色の髪の藍色の着物を着た男性に早変わりした。
 
 
 獣?人?

とにかく初めて見た。 

ましてや、猫なんてと思ったら嬉しかった。

百聞は一見に如かず……ものまねの1000倍はかわいかったんだ。

 3人で似合うやつ探してくるから、と言われた僕は畳に座って待っていた。

「ヘイ、新入りくん! この街には慣れたかい?」

振り向くと、白髪の彼……七夢さんがニヤニヤしながら僕に話しかけてくる。

さっき、聞いてもいないのに自己紹介されたから。

「ななちゃん、その呼び方やめなよ」

灰色の彼が優しく宥める。

「慣れましたよ、いい街ですね」

僕は七夢さんにきちんと身体を向けて、そう返した。

「そうだろう、この街はパラダイスだからねぇ〜ん!」

ラウンドサイドショートの七夢さんはふふんと鼻を鳴らして、口角を上げた。

  「六実(むつみ)、アレ持ってきて」

指図するように言う七夢さんに、はいはいと不満そうに返事をして奥へと消えていくショートボブな灰色の彼……六実さん。

僕は見つめたまま微笑んでいる七夢さんをボーッと見る。

ピコピコと動いている白くて三角の耳

大きい瞳

黄色の甚兵衛

そして長くてくねくねしている尻尾。

触ったらどうなるのかなという好奇心に勝てず、握ってみた。

「ふにゃん!」

甲高い叫び声と同時にパンチを食らう僕。

「ごめんなさい、つい触りたくなったんです」

荒い呼吸をしている七夢に素直に謝ると、目を見開いた七夢はすぐにまた微笑んだ。

   「人生ってサイコーだろ?」

いきなりの言葉に今度は僕が目を見開く。

「今までどう生きてきたか知らねぇけど、これから楽しいぜ……」

好奇心が湧くのはその証拠さ、と隣に座り、僕の胸を人差し指でトンと突いた七夢さん。

「そのうち、死ぬのが怖くなるぞ……ヒャッハー!」

いきなり叫ぶすごいテンションの高さに驚いたけど、はいって明るく言ったんだ。

 「はい、これだから着て」

六実さんはしゃがんでぶっきらぼうに言い、長袖で白のTシャツを渡してきた。

七夢さんは六実さんの肩を2回叩いた後、ひょいと小上がりを降りて、3人のもとへ消えていった。

僕は早速パーカーと灰色の半袖シャツを脱いでそれを着てみると、厚手の毛でモコモコしていて気持ち良かった。

「温かいでしょ……それ、おれとななちゃんの毛だから」

茶色の着物を着た六実さんは静かに口角を上げていた。
「温かいでしょ……それ、おれとななちゃんの毛だから」

茶色の着物を着た六実さんは静かに口角を上げていた。

「これ、手作り。前の薔薇はぼくがキルトでやってみたんだ」

落ち着いているけど響く声で言う六実さんの言葉を聞いて前を見てみる。

右回りでピンク、緑、茶色、黒、オレンジ、その真ん中は金色で輝いていたんだ。

 「ひるちゃんから聞いたよ。君は御前家の人だったって。すごく悩んでた」

真昼の姿が見えて、七夢さんとアクセサリーを持ちながら楽しそうに笑っていた。

「ひるちゃんは自分では平凡だって言うけど賢いから考え過ぎてしまうんだと思う。どうしたらいいか、色んなパターンを並べるから」

あの子は人一倍優しいしねというから僕は驚く。
「夜彦は出来ないことが多くて馬鹿にされるから守らなきゃいけないし、陽太は何でも出来るから周りと喧嘩ばかりして止めなきゃならないって苦しかったんだって」

三角の耳をピコピコさせながら小さい瞳でじっと見つめてくる六実さん。

「日本ほど問題はないけど、悩みは尽きないみたいだよ」

僕は真昼のことをわかっていなかったんだと思い知らされた。

真昼は意地悪で一番自由だと思っていたんだ。

 「でも君が来てから、わがままな自分が出せるようになったって。憎いけど、かわいくてたまらないって楽しそうに語ってたよ」

六実さんはぷにぷにの肉球の手を僕の手に重ねる。

「だから、薔薇のイメージは朝日家。君はあの家の真ん中で朝日のように輝いているんだよ」

これからもよろしくねと静かに微笑まれたから、僕は大きく首を縦に振ったんだ。

 「むっちゃん、ナイスセンスでございますね」

んふふっとちょっと気持ち悪い声を上げる夜彦。

  ようちゃんが選んだ星型のイヤリング。
  真昼が選んだ深緑のメガネとブレスレット。
  夜彦が選んだ黒とオレンジのストライプのパンツ。
 
 そして、六実さん手作りのキルトで出来た薔薇がメインの長袖のTシャツが合う素敵なコーディネートなんだ。

もちろん、真昼の服も素敵だったけど。

まあひとつ、宝物が増えたんだ。

「これならぼくらが家族やってすぐわかっちゃうねぇ」

とても嬉しそうに笑う真昼。

「なんなら、身体にも刻んじゃおうか?」

妖しい笑みを浮かべるようちゃん。

似たような顔をしていても、やっぱり反応が違う。

でも、それが兄弟なんだ。

  小高い丘を登っていくと満天の星空が近づいてきた。

「おーい、こっちこっち!」

叫び声の先を見れば、薔薇色と紫色が映えていた。

「飛び込んでおいで、ゆーたん♪」

びっくりしているうちに3人に背中を押され、先へと走っていく。

「おお、決まってるわ……かっこええで」

下唇を噛みながら頭を撫でる薔薇色のワイシャツの人はトトだった。

「当たり前でしょ、私の自慢の息子だもの」

後ろからギュッと抱きしめて左右に揺れる紫色のトレーナーの人はカカ。

「そんなもん、おれやってわかってるし!」

拗ねたように言うトトを見て、楽しそうに笑うカカ。

これが僕の両親なんだ。

  「あれがオーロラよ」

カカが僕を抱きしめたまま座って、空を指差す。

カーテンの形をしたものが青と緑に煌めいていた。

まるで、神さまのマントだ。

「綺麗だね……初めて観た」

「これからたくさん観れるわよ」

おほほと笑って僕の後頭部にキスを落とすカカ。

「私ね……見た目は男だけど、心が女なの」

性同一性障害って教えてもらった? と聞くカカに
うんと答える。

「それに、血縁上はあなたの兄なのよ」

カカさ苦しそうに言って僕のお腹に回っている手を強く握った。

「でも、カカはカカだから」

僕は本当に思ったから口角を上げて言い、カカの手に優しく重ねた。

「僕の母は朝日千佳……カカなんだよ」

僕の言葉でカカは力を抜き、僕の手を柔らかく握ってくれた。

「千佳、夕馬はおれらの子どもや」

「そうね……ありがとう」

トトは僕の額にキスをし、カカはまた後頭部にキスをくれた。

まるで朝日家の印をつけるように。

「ええか? 夕馬。 これからは楽しいことしか待ってるへんから。おれらと兄たち、そして自分を信じて生きてくれな」

トトは僕の顔をじっと見る。

「あなたはダイヤモンドの原石。もっともっと輝けるわ」

カカは強く抱きしめる。

「うん、頑張るね」

僕は自信を持って告げる。

「無理はせんようにな」

トトは軽く2回頭をポンポンと撫でてくれた。

「もう、かわいい~」

カカはオーロラが消えるくらい、ぐらぐらと揺らす。

「ねぇ、目に入れていい?」

「アカン、痛いだけやから」

ああ、相変わらず面白いな。

  「じゃあ、オーロラを測ってくるわね」

僕を草原の上に置いたカカはトトと手を繋いで、離れていく。

また、オーロラを観たら緑はそのままなのに、青がピンクとオレンジ、黄色に変わっていた。

「朝日兄弟みたいだ」

世界、いや宇宙一仲が良い兄弟だから、幸せなんだ。

「今、わたくしのことを考えたでございましょう」

ぽよんと服の上からでもわかるくらいにお腹を僕の背中にくっつけ、抱きしめるのは夜彦。

「いや、ぼくぅのことやんなぁ?」

無理矢理左を向かせて、可愛らしい笑顔を視界全体に見せるのは真昼。

「もちろん俺のことを想っていたんだよね、ゆーたん♪」

首筋を長い舌で舐め、キラキラした笑顔を見せるのはようちゃん。

みんな大切なお兄ちゃんたち。

でも、兄弟愛には収まりきれない愛に溢れているんだ。

  「もう、我慢できへん……」

声を震わせた真昼はTシャツをめくり、お腹に噛み付く。

「ごめんあそばせ」

後ろからも首を大きく噛まれる。

「美味しくいただくから……吸わせて?」

控えめに聞くようちゃんにボーっとしてきた頭でうんと返事をする。

「じゃあ、遠慮なく」

色がある瞳で一瞬見つめてから、首筋に噛み付いた。

吸血される側って快楽を感じると万生くんから教えてもらったのを思い出す。

性行為と同じ気持ち良さを感じるって。

  頭が真っ白。
  口は熱い息を小刻みに吐くのみ。
  鼓動は血を巡らせるために早くなる。
  腰はゆっくりと揺れる。

 「もう抑えきれない」

夜彦はゴキュゴキュと喉を鳴らす。

「溢れ出しちゃうよ」

真昼はドクドクと出る血をペチャペチャと舐めていく。

「だってこの愛は」

ようちゃんはチュプチュプと吸い取る。

「本物なんだから」

僕は小さくつぶやいて、力を抜いたんだ。

ああ、なんて僕は幸せなんだろう。

僕の人生は最高だ。
                              
 発展した文潟は独立国家になって3年。

出来損ないだった僕も20歳になり、知識が豊かな大人になった。

そして、朝日家の一員として大事な役目を務めるのも慣れてきたんだ。

そんな時、因縁のあの人たちからSOSが送られてきた。

度重なる自然災害と殺人ウイルスの出現により、医療崩壊で医師生活に疲れ果てたらしい。

文潟の医療の発展に力を貸すから御前家を引き取ってくれないかだそうだ。

僕はもう恨んでないから、助けてあげようとようちゃんにお願いした。

『ゆーたんが言うなら、仕方ないか』

首筋に強く噛みついた後、あの綺麗な微笑みを浮かべて許してくれた。

念のため、さらさらヘアの真昼に予知をしてもらった。

『ばかにされたらどうするん?』

真昼ふ相変わらず意地悪に笑う。

『それでもケジメはつけたい』

僕が強く言うと、わかったと額にキスをしてくれたんだ。

 出発の前の日の夜、3人がまじないをかけてくれるというから、僕の部屋に集まった。

 チュプ……チュプ

鎖骨のようちゃん。

 ゴキュ、ゴキュ

首の後ろの夜彦。

 ペチャペチャ……ペチャ

お腹の真昼。

今も変わらない。

「ア……アアッ、ア……」

ただ喘ぐしかない僕。
 
相変わらず兄たちに愛され過ぎているけど、それが朝日夕馬なんだ。

「愛しの夕馬は迸る欲望のままに天へと願いを叫び続けるのでございます。朱の液を湧水のようにとうとうと溢れさせ、私たち愚者へ分け与えたもう心遣いは神よりも崇めるに値する大切な人でございますよ」

夜彦の文章の構成力は上がっている。

「かなしみにけり……つけんとな」

真昼の優しさもちゃんと感じる。

「覚悟をさらけ出そうね」

ようちゃんのことは心から愛してるよ。

 
 「溺れるくらい愛しましょう」

夜彦は深みのある低い声。

「ぐちゃぐちゃにしちゃうよ」

真昼はかわいい高い声。

「だって君は」

ようちゃんは甘くて低い声。

「あなたたちの弟だから」

僕は掠れた声。

あなたたちの弟で良かった。

僕の呪縛は完全に解き放たれたんだ。

 「お待ちしておりました」

門を開けて待っていたシツジ……金で雇われているだけの顧問弁護士は年をとったものの、僕を投げ捨てた人だとすぐにわかった。

ピンクのスーツのようちゃん
緑のロングコートの真昼
オレンジ色の作務衣の夜彦と入っていく。

だから黄色のスーツの僕も入ろうとしたんだけど、止められたんだ。

「申し訳ございません、私どもは朝日家の三兄弟に頼みましたので……従者はここでお待ちいただけますか?」

僕は怒らず、ニコリと微笑む。

 「よくのこのこと生きていたな、お前」

僕にしか聞こえないような小さな声で言うシツジ。

「土下座して謝れば、御前家へ迎え入れてやるが……どうする?」

執事は蔑むように笑い、僕のつま先に踏み潰す。

でも、僕は微笑んだまま、黄色のケースから名刺を取り出した。

「どなたと間違われているかはわかりませんが、私はこのようなものです」

その名刺を僕から剥ぎ取って見た執事は目を見開き、わなわなと震え始めた。

 「この話はなかったことに、帰るよ……お三方」

僕は手を上げた後、背を向けてゆっくりと歩いていく。

「首相がそう言っているので、この話はなかったということにしますね」

きっとようちゃんの目は真っ赤だ。

「首相!? 朝日家は三兄弟では……?」

「ぼくらはよにんやで?」

真昼、当たり前のように言われたらくすぐったいよ。

「そんな、だってあいつは」

「残念でございましたね、チャンスをお与えいたしましたのに」

穏やかな口調の夜彦の言葉の後に執事の叫び声が響いた。

まるであの日僕が心の中で叫んでいたように声が裂けていた。

きっと記憶を消す力が発動したんだ。

思わず振り返ったんだけど、だれかの手に目を覆われて、前へ戻される。

「めがよごれるわ……きたないもん、ゆうちょはみんでええの!」

手の正体は真昼だった。

「あさひゆうま、あさひけのよんなん……それだけでええから」

イッヒッヒといつもの意地悪な感じで笑ったけど、僕の心は熱くなった。

「以後、朝日家の名を口にせぬように……ゴミが」

そう口にしたけど、スッキリはしなかった。

僕はやっぱり御前家には向いてないや。

 「ゆーたん……殲滅してきても良かったよ?」

追いついてきた変わらずカッコいいようちゃんが僕の横にきて微笑んだ。

赤かった目は一瞬で鳶色に戻る。

「そんなことしなくてもいいよ、大統領」

僕が口角を上げると、優しく僕の頭を撫でてくれた。

「さぁ、帰りましょう。我々には待っているたくさんの民がおりますので」

夜彦の言葉を聞いて、ようちゃんが僕の手を握り、走り出したから僕もつられて走っていく。

後ろには真昼も夜彦もいるから、怖くないんだ。

 23歳になったようちゃんは文潟の大統領。

外交など文潟の顔になった。

僕は文潟の首相。

文潟の内政を担当する。

だから、本当は僕を頼らねばならなかった。

25歳になった夜彦は文書を作る官僚。

言葉が好きな夜彦は声明など僕らが公式に出す文書の原文から校正までやってくれている。

24歳になった真昼はデザイナー。

メインは無限さんのところで新たに生まれた子や文潟に移住してきた人に交付する命名状のデザインをすること。

でも、たまに呉服屋『一』で服のアレンジもしているんだ。

兄弟全員が文潟を支える人になった。

本当に差別もハードルもないんだ。


 1人で悩んでいる君、楽園に来ないか?

大丈夫、すぐに気に入ると思うよ。


        〈完〉

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