ハッピーバレンタイン
「ピッ、ピッ、ピッ」
オーブンが鳴いた。私はミトンをつけながら向かう。開けると、円の形をして茶色の物が顔を出した。とても熱いけど、大切にゆっくりと取り出す。
「よく焼けた」
嬉しくて声が上ずった。綺麗なひび割れが出来ていた。これはよく出来た証拠だ。
上機嫌に鼻歌をさえずり、料理番組のアシスタントさんのノリをかます。
「仕上げはお楽しみの……ジャジャーン! あまいあまいあま〜いお砂糖を愛情たっぷりぷりぷり、かけちゃうよ〜!!」
ふと、我に返り、咳払いをする。
角砂糖をふるいにかけ、さきほどの生地にまぶしていく。サイコロのような角砂糖が転がり、削られていくことで、サラサラな初雪のようになり、ふわりふわりと舞い落ちる……外の景色と同じようで違う。それが面白くて、私はこの瞬間が一番好き。
だんだん胸がドキドキしてきた。楽しいとか苦しいとかとは違う気持ち。どうしたらいいかわからなくなる……これが恋なのかな。
慎重に袋に入れて、メッセージカードやリボンのラッピングを終えると、足早に外に出た。雪が降る中、転ばないように気をつけながら走る。待ち合わせ時間には間に合うけど、早く届けたいから。
いつもの場所に、見慣れた姿があることに安堵する。
「直(なお)〜〜〜!!」
私に気がついた彼はきょとんとした顔をしていた。
「めっちゃ走ってきてどうした?」
「良かった、いて」
「いや、呼んだの恵美(えみ)じゃん」
「そうだけどさ、他の人からもらう予定あったら悪いなって」
「もらうってなにを?」
「あの、これ……」
私は恐る恐る彼に渡した。胸の高鳴りが全然収まらなくて、今にも心臓が飛び出そう。いつもなら、義理だけどってサラッと渡せるはずなのに。
「もし、もしもね、直が良かったらさ。今年だけじゃなく、来年も再来年も、ずっと、ずうっと、私と一緒にいてくれませんか?」
恥ずかしいし、断られるのが怖くて、彼の顔をまともに見れない。
沈黙が辛くて、目をぎゅっと瞑ると、眉間に痛みが走った。
びっくりして顔を上げると、にやけ顔で指を弾いている彼が見えた。
「悲しい顔すんな。もちろん、ずっと一緒に決まってるだろ」
渡したケーキを眺め、今回も美味そうとつぶやく彼を見て、涙が溢れた。
「だから、泣くなって。これからもよろしくな、恵美」
「……ありがとう」
「よし、一緒に食おうか」
私の手を握り、ベンチに向かう彼。並んで座り、メッセージカードに描かれた言葉を見て笑い合う。
ハッピーバレンタインと。