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【100円】抑えきれない、溢れ出しちゃうよ、だってこの愛は

 お久しぶりです。

詩音でございます。

題材の『抑えきれない、溢れ出しちゃうよ、だってこの愛は』は約13000字でございます。

それを丸々有料記事として公開いたします。


《あらすじ》
15歳で受ける三種の性の血液検査の結果、Ωだった青年は捨てられた。

α一家で人間らしい扱いをされたことのない青年はボロボロの姿で歩き回るが、疲れ果ててうずくまる。

人生を諦めようと目を閉じた瞬間、声が聞こえてきた。

「抑えきれない」
「溢れ出しちゃうよ」
「だってこの愛は」

その続きはーー。
 
では、お楽しみくださいませ😊



   僕は15歳の人間。
  
  名前はない……というか忘れてしまった。

  いつもお前と呼ばれていたし。

  それなのに、なんで15歳ってわかるかって?

   三種の性の検査をする年齢が15歳だから。

   結果はΩ。

   僕以外の一家全員がαだったから元々人間扱いされたことがなかったんだけど、さっき完全に捨てられた。

   大きい城みたいな家の玄関から蹴って投げ飛ばされ、頭を掴まれて引きずられながら門まで出されたんだ。

   だから、もじゃもじゃの黒髪でボロボロの水色のTシャツと白いズボンでふらふらと歩き回るしかない。

  ずっと家から出たことがなかったから見覚えがある場所なんてどこにもないし、まして真っ暗だから体力も精神もすり減るだけだ。

  疲れ果てた僕は家と家の間の狭い道に座り込んでうずくまる。
「今日、楽しかったね」
「ハロウィン、最高!」

  着たことがない派手な衣装。
  キラキラした笑顔と声。
  聞いたことのない楽しそうなワード。

  どれも僕には与えられなかった。

「僕の人生、最悪だったな……」
目を閉じた瞬間、一筋の冷たいものが頬を伝う。
震えが最高調になってきたから、抑えるように俯いた。

   「トリックオアトリート……お菓子をくれなきゃ、いたずらしちゃうぞ♪」
上ずった声が聞こえてきたから、なんとか目を開けて声の先を見る。
ピンク色のショートボブで鼻筋が通った男性が口角を上げていた。
「なにを言ってるんですか?」
言葉の意味も微笑みの意味もわからない僕は戸惑うことしか出来ない。
彼は僕を見つめながらボサボサの黒髪を右手で撫でる。
   
  その右手が後頭部から首へ降りてきた時に彼がフッと笑い、僕の視界から消えた。
「あっ、は……アアッ」
チュプチュプという音が聞こえた瞬間、感じたことのないものが身体を痺れさせ、頭へと上がってくる。
温かいし、頭が真っ白になる。
これが……快楽か。
  
   「気持ちいい?」
チュッと共に低くて甘い声が顔の下から聞こえてくる。
「もう、死んでもいい……」
ふわふわした意識を紡いで言った僕を、ふふふと笑う彼。
吸血鬼だっていい、僕をこの世から消してください。
  
  その願いが届いたのか、彼は僕をお姫様だっこをして胸に抱え、強く首筋に噛みついた。
「天国よりも良いところに連れてってあげるからね」
長い舌で血を絡め取り、妖しく微笑む彼。
「どこ……?」
僕は掠れた声で言う。
「楽園さ、すぐ着くから寝といて」
目を細めた彼の瞳が赤く光ったのが見えた途端、弾けるように意識を失った。

 幸せってなんなんだろう。
 
 真綿に包まれるような柔らかな声。 
 フカフカの羽毛に囲まれたような温もり。 
  天使のような微笑み。

  僕が味わうことがない、きっとこれから縁もない高貴なもの。

大金持ちだったあの家でさえ、与えてくれなかったのだから。

   ‘‘抑えきれない’’
‘‘溢れ出しちゃうよ’’
‘‘だってこの愛は’’

  幻想だとわかっていながら何度も見た夢をまた見る僕。
‘‘お願いだから、覚めないで’’
いつものようにお願いしたけど、覚めていくのがわかって諦めかけた。

  でも、いつもとは違うことが瞬時にわかった。
背中に感じたのはヒヤリとする冷たい壁ではなく、ムチムチした暖かくて柔らかい何かだったから。
‘‘僕は本当に楽園に来たの?’’
望んでいた温もりを感じて心からも温かい気持ちが湧き上がってきて思わず微笑んだ。

  しかし、その安心も束の間だった。
次に感じたのは首の左側から圧力、お腹からは舌触り。
そして、近くからゴキュゴキュ、下からはペチャペチャと生々しい音が耳に飛び込んでくる。

  記憶の最後に見たピンクの彼とは飲み方が違うし、しかも2人同時に吸血されるなんてと理解したら、パニックになった。
‘‘しっ、死んじゃう……’’
そう思った途端に血の気が下り、クラクラしてきた僕。
首もお腹も動脈だから、ドクドクと拍動が大きく聞こえてきて、ますます焦る僕。
‘‘早くどうにかしないと’’
止むことのない痛みには諦めていたはずなのに、今回は行動を起こす気に何故かなった。
声を出そうとゆっくりと口を開き、空気を軽く吸ってすぐに勢いよく吐き出した。

  
  

  「たす……アッ、アアッ!」
でも、出たのは叫び声ではなく、喘ぎ声だった。
覚めた身体は火照り、もっともっとと気持ちが駆り立てられる。
欲するのは助けではなく、気持ち良さへと変わっていく。
「あっ、おきたぁ?」
薄めでお腹の方を見ると、大きいアーモンドの瞳でこっちを見ながら舌舐めずりをして、大きい前歯を見せて笑う青年がいた。
「だ、れ……?」
息絶え絶えでなんとか言葉を紡ぐと、頬を膨らませてブウって拗ねた声を出す緑髮の彼。
「ゆうくん! まあにぃのことわすれたらあかんでしょ、めっ!!」
見事にひらがなで言われて、何故か怒られた僕は戸惑うしかない。
それに、僕……ゆうくんなの?

   「ひる、いきなり言われても戸惑うでございましょう。最初は夕馬(ゆうま)と呼んであげなきゃダメでございますよ」
いきなり明るく落ち着いた声色が後ろから聞こえてきたから、びっくりして身体がビクンと震えた。
「あらあら、ごめんあそばせ。驚かせるつもりはなかったのでございますよ」
ふふっと慎ましく笑い、僕の頭を優しく撫でる感じから、目の前の青年より年上の男性だとわかった。
夕馬……なんかしっくりくる名前だ。

  「朝日真昼(あさひまひる)、ゆうまはきょうから、ぼくぅのおとうとだからぁ、よろしくねぇ」
ニヒッと効果音が付きそうな笑顔を見せた青年……真昼はお腹に噛み付き、また無我夢中でペチャペチャ血を舐め始めた。

   灰色の袖なしのインナーを着た真昼は子どもみたいな口調に似合わない褐色の肌で、盛り上がった肩から腕の筋肉に細い筋が通っている。
背中はしなやかで、本当に吸血鬼なのかと疑ってしまいそうだ。

周りを目だけで見渡すと、壁は白と青のストライプでドアは白一色の長方形。
  
  窓を見ると、藍色に染まっていたからたぶん夜。
  
  家具は僕が寝ているベッドだけ。

  あとはチュッチュッと音が変わりながらも血を吸い続ける真昼。
上半身だけ脱いでいる黄緑のつなぎが蛍光灯に負けじと明るく見えて、目がチカチカする。

  「わたくしのこと、お忘れでごさいませんか?」
そう言われた後、首を強く噛まれてジュッと吸われた。
「アッ、アハッ……ァ」
首が絞められた苦しさといきなり感じる快楽にまたクラクラし始める。
「穏やかなわたくしでも怒ると怖いのでございます」
荒くなった息を整えようと、あごを上げてゆっくり呼吸をする僕はごめんなさいと言う。  

「気にしてはおりませんよ。さて、かわいいお顔を見せてくださいませ」
両手を頬へ添えられて、右へと引っ張られる。
そこにはオレンジ色でおでこの上にちょんまげで結わえられている髪型で目元と口元が三日月状になっている顔があった。
なにより印象的だったのは口元の左側にある今にも取れそうなほどの大きいほくろ。
そういえば、真昼にもあごの右側にあったと思い出す。
  
  「わたくし、朝日夜彦(あさひやひこ)と申します……以後、お見知り置きを」
礼儀正しく頭を下げられたから、僕も思わず頭だけでお辞儀をする。

  昼、夕、夜……あとは朝。

  「もしかして、兄弟ってこと?」
恐る恐る年上の男性……夜彦に尋ねると、賢いですねとまた微笑みかけてきた。
「わたくしが長男、ひるが次男でございます。三男はあなたを助けたようちゃんでございますよ」
ようちゃん……彼が三男か。
結構大人に見えたんだけど、この2人より若いんだ。
「目の前のチビちゃんより、ようちゃんは若いのでございますよ」
少しハスキーな声で毒づいた夜彦はおほほと口元を押さえて笑う。
「だまれ、ございます野郎!」
ドスの効いた声の先を見ると、歯を強く噛み締めてガルルと唸る真昼。

  お願いだから、僕を挟んでケンカしないで。

睨み合う2人にどう声をかけたらいいんだろうと考えていたら、ガチャとドアが開いた。
「ヤーにぃ、マーにぃ、ご飯……」
気の抜けた低い声と共にピンクの髪で整った顔がドアからひょっこりと現れた。

   虚ろな瞳が大きく見開いて、部屋へと勢いよく入ってきた彼……ようちゃん。
「ちょ、ちょっと! なに2人で味わってんの!?」
俺の大事なゆーたんなんだからと僕をひょいと引き寄せて、真昼と夜彦から離すようちゃん。
「傷治してくれるって言うから預けたのに……ごめんな、ゆーたん」
初めて会った時と変わらないまぶしい笑顔を向けてくれるようちゃんに僕は微笑み返す。
「ありがとう、ようちゃん」
すると、今度は顔を赤らめて目を見開くようちゃん。
「フォーリンラブ♪」
近づいてきた唇にびっくりして、僕は目を閉じた。

  つつくようなキスを2回した後、僕の唇を挟む。
はむはむと右左と顔を傾けながら食むから、変な気持ちになる。
だんだん上がっていく身体の熱を出すために軽く口を開けると、ようちゃんの舌が滑らかに入ってきた。
「ふっ、ふああっ……」
声にならない声がようちゃんの口に吸い込まれてる。
「やららわやや」
意味のわからない言葉をようちゃんが唱えた途端、僕の口の中がほんのり温かくなった。
玉のようなもので甘くふわふわしたものだったけど、苦しくなってきたから飲み込んでしまった。
でも、そうしたら力がみなぎってきて、血の巡りが一気に良くなる。
口の中を舌で蹂躙してからチュパッと離れたら、銀色の糸でまだ繋がっていた。
それを細い目で見つめながら長い舌で絡めとり、ニッと笑った顔がとてもカッコ良かった。

  「治療系は苦手だからイヤなのに……はやく着替えてご飯食べよ?」
コテンと首を傾げたようちゃんが今度は可愛くて、ギャップ萌えってすごいと心から思った。

『朝日陽太(あさひようた)、18歳……ゆーたんのにぃにぃですよ〜』
爽やかな笑顔を見せた後、どこから出したのかわからないカメラで僕を撮ったようちゃんを思い出す。
  
今は長く続く階段から転げ落ちないように、手を握って左隣にいてくれている。
右隣には真昼がいて、前には夜彦がいてくれて、僕は王子様みたいだ。
   
どのくらいまできたのかと後ろを振り返ると、ピンク、白、オレンジ、緑の四角形が浮いているように見えた。
「不思議……ブロックみたいだ」
なんか違う表現な気がしたけど、とにかく感動を伝えたくて言ってみる。
「コンセプトは宇宙らしいよ」
優しく諭すようにようちゃんは教えてくれた。
「宇宙……ってなに?」
僕は初めて聞いた言葉だったから首を傾げる。
「ぼくらは‘‘ちきゅう’’っていうほしにいるんだけど、そのまわりには‘‘かせい’’とか‘‘もくせい’’とか‘‘たいよう’’とか、たくさんほしがあつまってるんだ……それを‘‘うちゅう’’っていうんだよ」
今度は真昼ふわふわの口調で鼻を高くして教えてくれた。
「わからないことはトトとカカに聞くとよろしいでございますよ。お二人とも、宇宙の専門家でございますから」
おほほほと自慢気に笑う夜彦にここもすごい家なんだと驚く。
でも、3人ともいい人達だから、信じてみることにしたんだ。

やっと階段を降り切ると、キッチンの方に2つの人形が見えた。
1人は黒髪でパーマが軽くかかったショートボブ、もう1人は茶髪のセンター分けでショートカット。
「カカ、味どう?」
「ちょうどいいわ、人間ならこの薄さで大丈夫よ」
ようちゃんは近くの椅子を引いて僕を座らせると、茶髪の方に向かっていった。
茶髪がカカ……お母さんか。
「トト、本当に夕馬を弟にして良いのでございますか?」
「ええよ、お前らがちゃんと見るならな」
「もちろん、めいいっぱいかわいがるもん!」
真昼と夜彦は冷蔵庫にいる黒髪の方に駆け寄っていき、コップに赤い液体を注いでもらっている。
優しい両親に優しい子ども達が笑っている……僕には眩しすぎだ。

  「あの、僕なんか……ダメだと思います!」
僕は白いレースのテーブルカバーの上を両手でドンッと叩いて立ち上がった。
「人間だし、底辺のΩだし……なんにも出来ない僕なんか、家族になんて」
たくさん言いたいことがあるのに、喉に詰まって出てこないから俯いた僕。
その代わりに目頭が熱くなって、ポロポロと涙が出てくる。

「関係ないやろ、そんなん」
思ってもいなかったことを言われて顔を上げると、黒髪の男性……トトが平然とした顔で赤いものを飲んでいた。
「そんなん気にすんのは、くだらない人間だけやからな」
真昼よりちょっと低いけど高い声で言い切ったトトだけど、口の周りは真っ赤なのが白い顔でよく目立つ上、豪快にげっぷをする。

  「人間でΩ? あら、私と一緒じゃないの」
後ろに温もりを感じた瞬間にぐらんぐらんと頭を揺らされる。
「ここは三種の性も種族も関係ないのよ……男か女かも障害の有無もね」
揺れた余韻で酔いながらも、その犯人の顔を見ると、艶やかな茶髪、おでこに大きいほくろ、くりくりした瞳で思わず見惚れる。
「もう、かわい〜い〜♪」
今度はガシガシと雑に頭を撫でられるから、視界がぐるぐるし始めた。
抜けたトトと力が強いカカ……やっぱり面白い方達だ。
  
  「Ωといえば、夜彦やな」
夜彦に白い布で口を拭いてもらいながらトトはポツンと言う。
「あら、奇遇でごさいますね」
夜彦はうふっと笑い、右目でウインクをする。
「αは百樹(ももき)さんと陽太よね?」
カカは僕の目の前にご飯と黒い箸を置いてそう言う。
「ゆーたんは将来俺の番だから♪」
上機嫌で今にも歌いそうなようちゃんの方を見ると、キッチンでなにやら盛り付けをしていた。
  
  

  「真昼は……?」
気になったから言っただけなのに、みんなの視線が僕に注がれ、ニヤニヤと、笑う。
「みてわかるやろ? へいぼんのベータ」
真昼の顔を見ると、センター分けになったボブの髪を微かに揺らしながら平然とドロドロの赤い液体を飲んでいた。
その姿はさっきのトトと全く同じ。

  平凡……真昼が一番変だと思う。

  そう僕が思った瞬間、真昼の眉間に皺が寄った。
「誰が変じゃ、ボケ……」
低い声なのと口が真っ赤なのが血に見えて、ちょっと怖い。
「真昼は平凡だから大丈夫」
そう言い直したのに、より眉間が深くなる。
「誰が平凡やねん!」
この場合は、なんて言ったら正解なんだろう。

  「マーにぃ、トマトジュース飲み散らかしてたらゆーたんから血をもらえないかもしれないよ?」
落ち着いた低い声で言いながら目の前に鮭のバター焼きとわかめと豆腐のお味噌汁を持ってきたようちゃん。
「それはあかんわぁ、ごめんちゃい!」
舌でぐるりと口の周りを舐めて、小さい手を合わせて頭を下げる真昼にそれが正解かと呆気に取られた。

  目の前には憧れの日本食が並んでいて、思わず笑みがこぼれる。
「いただきます」
手を合わせてすぐ、お味噌汁を飲むと、味噌の温かさが喉から心へと沁みる。
次は鮭の方に箸を伸ばし、小さくしてから一口を放り込む。
「美味しい……」
噛めば噛むほど、鮭の甘みとバターの香りが口に広がる。
「良かった♪」
何故か頭にようちゃんの顎が突き刺さっている。
「それ食べたら、この街に合う髪型に変えようね」
ふふふと穏やかに笑う声にうんと穏やかに答えた僕。
左を見ると、茶髪のカカと黒髮のトトが優しそうに笑っていた。
前を見ると、オレンジ色の髮の夜彦と緑髮の真昼も同じように微笑んでいる。

  どんな髪型でもいいなと思えたのはこの家族の‘‘一員’’だからなのかもしれない。

   外に出ると、雲がピンク色に染まっていたから朝だと思ったんだ。
「朝早いんじゃないの?」
迷惑かからないようにと言ったのに、不思議そうに首を傾げるようちゃん。
街灯が5m間隔であるから、ようちゃんの左目の涙袋に取れそうなくらい大きい黒子を見つけて、ちょっと悲しくなる。
「時間帯的にはお昼だけど……ここって夜にしかならないんだ〜」
簡単に言うと極夜みたいなもん、って教えてくれた。
「気温はちょうどいいし、ルールもないし……自由な街なんだよ、文潟(もんがた)は」
綺麗な微笑みを見せて僕を見るようちゃん。

   君のおかげで僕は自由だよ

そう思って微笑み返した僕。
  
   すると、君の白くて長い右手が僕の左頬を包む。
「俺は、ゆーたんとならなんでも出来る……君の過去を忘れさせるのは朝飯前さ」
ペットを愛でるように何度も頬を撫でると、目元に黒い盛り上がりが見え出した。
「出会った時から好きだったけど、俺と同じものがあったらもっと好きになっちゃった♪」
ふふっと嬉しそうに笑ったようちゃんは僕の左頬にキスを落とした。
「これで朝日家の兄弟って誰にでもわかるようになったよ」
えくぼを見せて笑うようちゃんに言われて目元に触れると、しっかりとしたほくろが付いていた。
「ようにいたん、すごいでしょ♪」
褒めて褒めて! と犬だったら目一杯尻尾を振るように身体を揺らすようちゃんに、弟の方が向いてる気がする僕。
でも、認められたように感じて嬉しい僕はようちゃんに抱きつく。

  「ありがとう、ようちゃん」
誰かに見られてもいいから、僕からも愛を伝えたかったんだ。
「たくさんの愛を惜しみなくあげるからね」
ようちゃんは苦しくなるくらい強く抱きしめてくれた。

  「いあっはい」
発音が上手くない掠れた声が聞こえてきた。
「この音は……陽太やな」
一瞬聞いただけで良い声だとわかる人を見ると、彼は目を閉じたままだった。
「おのほがおととふん?」
紫で目まで前髪がある男性が目を閉じたかれの手を引いて僕らの前に来る。
「そう、ゆうまっていうんだ……ゆ・う・ま」
紫の男性にわかるように口を大きく動かして話すようちゃんで2人の秘密がわかった。
紫の方は耳が聞こえなくて、赤のおかっぱの方が目が見えないんだって。
  
「夕馬、三宮(さんのみや)さん達に挨拶して? 左が:市知(いち)ちゃん、右が十和(とわ)くん」
ようちゃんの呼びかけに僕はハッとして、2人に挨拶をする。
「市知さん、十和さん……はじめまして。 朝日夕馬です。よろしくお願いいたします」
僕は小さい声になったけど、ちゃんと言って頭を下げた。
「おろひく!」
「よろしゅう、夕馬」
紫の方……イチさんは小麦色の肌に白い歯が映えるように笑い、赤の方……トワさんは目元に皺を寄せて笑ってくれた。

  「夕馬はこの街に合う髪型に、俺は色褪せてきたから染めて〜」
ようちゃんは自分の家みたいに黒い椅子に座り、背にもたれる。
「了解。 じゃあ夕馬はわしがやるから、アホはイチがやってな?」
黒い椅子に手を伸ばして僕を座らせたトワさんは意地悪な顔をしてシッシッと笑う。
「ちょっと、十和くん! アホはないでしょ」
「あい!」
「あい、じゃないのよ市知ちゃん……」
いじられているようちゃんを見て、僕は初めてハハハと笑った。

「夕馬……もしかして人間か?」
赤いマントを被せながら深みのある低い声で言われて、ドキッとした僕。
「人間臭いからもしやと思ったんや。大丈夫、わしも市知も同じやから」
ポンポンと頭を叩いて優しく微笑むトワさんにうんと素直に言うと、ええ子やとさらりと撫でられた。
  
  「それにしても自分ら、よう似とるわ」
「「ほくろ?」」
トワさんの言葉への反応が同じで、僕は恥ずかしいなって顔が熱い。
いや、と言ったトワさんは僕の顔を両手で上から下になぞり、また上に持ってきた。
「二重でくりくりした瞳」
目を押さえられる僕。
「尖ったような高い鼻」
ふにふにされる僕の鼻。
「下が厚い唇」
摘まれて伸ばされ、離したらぷるんと震える僕の唇。
鏡でまじまじと見てみると、悪い顔はしてないなと僕は初めて思った。
言われて気づいたのは、トトとカカの特徴も僕は持っているんだということ。
それが本当なら、僕は2人の子どもだと見られるんだとわかって嬉しくなった。

  「拾ってきたと聞いたけど、あの肝っ玉母ちゃんが無意識に産んだんちゃうか?」
トワくんがお世辞かもしれないけど、嬉しいことを言ってくれて心が温かくなる。
「カカならありえるかも」
ようちゃんも嬉しそうに笑っている。

  「それならあとは髪型と髪色やな……心配すんな、ちゃんと変えてやるわ」
トワくんはまた目尻に皺を寄せて笑い、髪をスパスパと切っていく。
パサパサと軽くなっていくたびに、本当に変わっていっている感じがした。

  さよなら、淋しい1人の僕。

『この街の奴らはちゃんとわかってんねん……目に見えないものの方が大事なんやって』
あれから半月経ったのに、意識が浮上した時に思い出すトワさんの言葉。
『俺らが生きてきた世界とは全く違う楽園みたいな場所や……たくさん学んで、自由に生きろ』
ふっと笑うトワさんの顔は達観していて、とてもカッコ良かったんだ。

「黄金色に映える君の髪を見た僕の心は業火の炎で焼き尽くされそうだ」
難しそうな表現をするすると語るのを聞いて、今日が始まるなとわかる。
「さらりと撫でると君の愛の粒がほろほろと落ちてきて僕に降りかかる。もったいないと思う僕は君を包むのだ」
ムチムチの身体に包まれ、温かくなる。

   放っておくと長くなるから、パチっと目を覚ます。
「おはようございます、愛しい夕馬よ」
二重のつり目が細められ、小高く盛り上がった頬をほんのり赤らめた夜彦の顔が僕の視界全部を覆う。
「今日も小説の一節、素敵だったよ?」
「君を見ているだけで溢れ出てくるのでございます」
満足した夜彦は右頬と左頬にキスを落として、僕を胸に抱え込む。
裸だからぷにぷにの胸とお腹に直に触れて、ほかほかの温かさにまた眠りそうになる。
僕はなんか反抗したくなって手探りで乳首に辿り着き、ピンっと跳ねた。
「アアッ……」
掠れた高い声を出す夜彦にやっぱΩなんだなって納得して、面白くなってきた。
乳首の形を確かめるように柔らかく摘む。
「やっ、アッ……もぉ」
気持ち良い声を出す夜彦にちょっと変な気持ちを抱いた。

「ええわぁ、もっとやりぃや」
クククッと意地悪な笑い声が聞こえてきたから僕は顔を上げた。
まず見えたのはそそり立ち、今にも破裂しそうなくらいに膨れ上がったちんこ。
次に見えたのは6つに割れた腹筋。
そして、白いキャンバスを持った腕の筋肉はラクダのこぶのように盛り上がっていた。
最後に見えたのは大きい前歯を見せて笑う黒縁メガネを掛けた大人と子どもの間みたいな顔。
真昼もいつも何故か裸なんだ。
「やり方わからないんなら、ぼくぅが教えたるわぁ」
ニヤッと笑った真昼が顔を近づけてくる。
あと数センチで……ってところでドアが開くのもいつも通り。 

  「ゆーたん、ごは〜ん! ってああっ!」
ドカドカと部屋に入ってきて2人の頭を叩くようちゃん。
「ダメって言ってるでしょ!」
「ぼくぅ、なにもしてへんし……まだぁ」
「わたくしもですよ」
3人がやんややんやと騒ぐのもいつも通り。
このひと時で僕の朝が始まるんだ。

  下に降りてようちゃんが作ったご飯を僕は食べ、みんなはトマトジュースを飲む。
半月後にオーロラが見れるとトトが教えてくれたから、みんなで見ようと約束したんだ。 

  それから、夕凪万生(ゆうなぎまお)くんの家に行って、勉強する。
万生くんは同い年だし、同じ金髪だからすぐに仲良くなったダンピール。
かなりの勉強家でこの街のことも僕がいた日本のことを知っているすごい人なんだ。
「将来は学者か建築士になるんだ」
整った顔で夢を語る万生くんに負けないように僕も色んなことを知ろうと頑張るよ。

  僕が帰ってきたら、兄弟全員で集まって会議をする。
文章部門の夜彦、イラスト部門の真昼、写真部門のようちゃんは僕をモデルにして作品を深めていく。
将来、みんなで力を合わせて1つの本を作るのが夢なんだって。
アイデアを出す時は夜彦の部屋、まとめたい時は真昼の部屋で開催される。
でも、結局は飽きて、モノマネ選手権になっちゃう。

    今日のお題は『猫』。
「ニャ、オーン……ヌッ!」
粘りが強い猫の夜彦。
「にゃあん、にゃ♪」
かわいい猫の真昼。
「んにゃあ、ごろごろにゃあ♪」
甘えたがりの猫のようちゃん。
見事な猫のモノマネに圧倒された僕は恥ずかしくなる。
「にゃ……にゃあ?」
下手なモノマネなのにかわいいと言われて3人に抱きつかれる。
3人に甘やかされるのが日常なんだ。

    夜はある人が添い寝してくれる。
「楽しかった?」
「楽しかったよ」
僕の答えに安心したように微笑み、軽く唇にキスをするようちゃん。
指が長い手で短髪をわしゃわしゃと撫で、優しく瞳で最初は見つめているだけ……なんだけど。

  「アアアアッ……ハッ、ハッ」
湧き上がる欲情を鬼頭から白い液として吐き出し、荒い息を整えようと躍起になる僕。
「今日もいっぱい出たね」
覆い被さっていたようちゃんはズリュッという独特な音を立てて、僕の中からアナコンダを取り出した。
「俺をこんな風にさせるのはΩのフェロモン? それとも、ゆーたんの色気?」
タオルを握っただけでみるみる濡れていくタオルで僕の身体を拭くようちゃん。
「色気なんか、ないにゃん♪」
調子に乗ってそう言ってみたけど、恥ずかしくなって顔を伏せる僕。
「なにそれ、めっちゃかわいいじゃん!」
てことで、もう1回やる!と乳首を舐め始めたようちゃんにまた僕は嬌声を上げる。

  僕はなんて幸せなんだろう。

   あっという間に半月が経ったある日。
夜彦の緑のニットにオレンジ色のパンツをはじめ、いつもの服装の4人で古い町家の前に立つ。
木の看板には墨の字で『一』とだけ。
今の僕ならすらりと読めるよ……にのまえでしょ?

  ガラガラと引き戸を開けて見回すと着物から洋服まで色々と並んでいた。
でも、店員さんが見当たらない。
「すいませ……うぷっ!」
大声で叫ぼうとしたら口を押さえられる。
上を見ると、ようちゃんがイーの口に人差し指を当てていた。
そして、小上がりになっている畳の上にあるカゴを指さす。
何故か笑いが止まらない夜彦とようちゃんがそこに近づいていき、カゴの上の方で空気を撫で始めた。
「真昼は行かなくていいの?」
隣を見れば目線の位置が同じ真昼が真顔で2人を見ていた。
「別に……ぼくぅ、犬派やし」
フッと鼻を鳴らす真昼は僕を見て舌舐めずりをする。
「でも、一番はやっぱりゆうくんやから」
僕は純粋な瞳に吸い込まれそうになった。

  「にゃっ、またたびにゃ!」
「またたびにゃ……うにゃ!」
白い猫はようちゃんにデコピンをされ、灰色の猫は夜彦に頬ずりされていた。
「仕事をしろ、:七夢(ななめ)」
「なっ、お昼寝タイムだったんにゃ!」
白い猫は瞬時に白髪の黄色い着物を着た男性になった。
「むっちゃん、かわひひ〜」
「汚いにょはやめるにゃ!」
灰色の猫も灰色の髪の藍色の着物を着た男性に早変わりした。
  
   獣人なんて、初めて見た。

  3人で似合うやつ探してくるから、と言われた僕は畳に座って待っていた。
「ヘイ、新入りくん! この街には慣れたかい?」
振り向くと、白髪の彼……七夢さんがニヤニヤしながら僕に話しかけてくる。
「ななちゃん、その呼び方やめなよ」
灰色の彼が優しく宥める。
「慣れましたよ、いい街ですね」
僕は七夢さんにきちんと身体を向けて、そう返した。
「そうだろう、この街はパラダイスだからねぇ〜ん!」
ラウンドサイドショートの七夢さんはふふんと鼻を鳴らして、口角を上げた。

  「:六実(むつみ)、アレ持ってきて」
指図するように言う七夢さんに、はいはいと不満そうに返事をして奥へと消えていくショートボブな六実さん。
僕は見つめたまま微笑んでいる七夢さんをボーッと見る。
ピコピコと動いている白くて三角の耳、大きい瞳、黄色の甚兵衛、そして長くてくねくねしている尻尾。
触ったらどうなるのかなという好奇心に勝てず、握ってみた。
「ふにゃん!」
甲高い叫び声と同時に右手のブローを食らう僕。
「ごめんなさい、つい触りたくなったんです」
荒い呼吸をしている七夢に素直に謝ると、目を見開いた七夢はすぐにまた微笑んだ。
   「人生ってサイコーだろ?」
いきなりの言葉に今度は僕が目を見開く。
「今までどう生きてきたか知らねぇけど、これから楽しいぜ……」
好奇心が湧くのはその証拠さ、と僕の胸を人差し指でトンと突いた七夢さん。
「そのうち、死ぬのが怖くなるぞ……ヒャッハー!」
いきなり叫ぶすごいテンションの高さに驚いたけど、はいって明るく言ったんだ。

「むっちゃん、ナイスセンスでございますね」
んふふっとちょっと気持ち悪い声を上げる夜彦。

  ようちゃんが選んだ星型のイヤリング。
  真昼が選んだ深緑のメガネとブレスレット。
  夜彦が選んだ黒とオレンジのストライプのパンツ。
  
  そして、六実さん手作りのキルトで出来たお花がメインの長袖のTシャツ。
右回りでピンク、緑、茶色、黒、オレンジ、その真ん中は金色で輝いている。
イメージは朝日家だってちゃんと教えてくれたんだ。

  「これならぼくらが家族やってすぐわかっちゃうねぇ」
とても嬉しそうに笑う真昼。
「なんなら、身体にも刻んじゃおうか?」
妖しい笑みを浮かべるようちゃん。
似たような顔をしていても、やっぱり反応が違う……それが兄弟なんだ。

  小高い丘を登っていくと満天の星空が近づいてきた。
「おーい、こっちこっち!」
叫び声の先を見れば、薔薇色と紫色が映えていた。
「飛び込んでおいで、ゆーたん♪」
びっくりしているうちに3人に背中を押され、先へと走っていく。
「おお、決まってるわ……かっこええで」
下唇を噛みながら頭を撫でる薔薇色のワイシャツの人はトトだった。
「当たり前でしょ、私の自慢の息子だもの」
後ろからギュッと抱きしめて左右に揺れる紫色のトレーナーの人はカカ。
「そんなもん、おれやってわかってるし!」
拗ねたように言うトトを見て、楽しそうに笑うカカ……これが僕の両親なんだ。

  「あれがオーロラよ」
カカが僕を抱きしめたまま座って、空を指差す。
カーテンの形をしたものが青と緑に煌めいていた。
まるで、神さまのマントだ。
「綺麗だね……初めて観た」
「これからたくさん観れるわよ」
おほほと笑って僕の後頭部にキスを落とすカカ。
「私ね……見た目は男だけど、心が女なの」
性同一性障害って教えてもらった? と聞くカカにうんと答える。
「でも、カカはカカだから」
本当に思ったから口角を上げて言う僕。
「千佳、夕馬はおれらの子どもや」
「そうね……ありがとう」
トトは僕の額にキスをし、カカは強く抱きしめてくれた。

  「じゃあ、オーロラを測ってくるわね」
僕を草原の上に置いたカカはトトと手を繋いで、離れていく。
また、オーロラを観たら緑はそのままなのに、青がピンクとオレンジ、黄色に変わっていた。
「朝日兄弟みたいだ」
世界、いや宇宙一仲が良い兄弟だから、幸せなんだ。

  「今、わたくしのことを考えたでございましょう」
ぽよんと服の上からでもわかるくらいにお腹を僕の背中にくっつけ、抱きしめるのは夜彦。
「いや、ぼくぅのことやんなぁ?」
無理矢理左を向かせて、可愛らしい笑顔を視界全体に見せるのは真昼。
「もちろん俺のことを想っていたんだよね、ゆーたん♪」
首筋を長い舌で舐め、キラキラした笑顔を見せるのはようちゃん。

   みんな大切なお兄ちゃんたち。
でも、兄弟愛には収まりきれない愛に溢れているんだ。

  「もう、我慢できへん……」
声を震わせた真昼はTシャツをめくり、お腹に噛み付く。
「ごめんあそばせ」
後ろからも首を大きく噛まれる。
「美味しくいただくから……吸わせて?」
控えめに聞くようちゃんにボーっとしてきた頭でうんと返事をする。
「じゃあ、遠慮なく」
色がある瞳で一瞬見つめてから、首筋に噛み付いた。

  吸血される側って快楽を感じると万生くんから教えてもらったのを思い出す。
性行為と同じ気持ち良さを感じるって。

  頭が真っ白。
  口は熱い息を小刻みに吐くのみ。
  鼓動は血を巡らせるために早くなる。
  腰はゆっくりと揺れる。

「抑えきれない」
夜彦はゴキュゴキュと喉を鳴らす。
「溢れ出しちゃうよ」
真昼はドクドクと出る血をペチャペチャと舐めていく。
「だってこの愛は」
ようちゃんはチュプチュプと吸い取る。
「本物なんだから」
僕は小さくつぶやいて、力を抜いた。

                               〈完〉



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