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【理由】Case1 刑務所図書館員

◎設定

ジャンル:ミステリー
登場人物:3人(男2女1)
・仁愛:本名は今井仁愛(いまいにあ)。女性。青沢刑務所内の刑務所図書館『びぶりお』の刑務所図書館員。義人(よしと)の双子の妹。事情により義人とは3年会っていなかった。
・義人:本名は今井義人(いまいよしと)。男性。本の出版経験があるフリージャーナリスト。仁愛(にあ)の双子の兄。取材のために青沢刑務所を訪れた。
・四月朔日:本名は四月朔日正治(わたぬきまさはる)。男性。青沢刑務所の副所長。刑務所を訪れた義人(よしと)に礼儀正しく丁寧に案内をする。


仁愛:(М)もっと卑屈だったら、親友の智(とも)を傷つけずにすんだのかな。いや、卑屈になったから、刑務所の図書館員なんて、やってるのか。

仁愛:(М)私は、親友の彼氏を刺して殺した。正当防衛が認められて、無罪になったけど。ここでは、たくさんの罪人に会える。でも、心が揺れる。本当に悪者なのかと。

仁愛:(М)紙一重……普通か異常かは。

義人:(М)なぜ、お前が卑屈にならなきゃいけないんだ。何も、悪くないんだよ。ただ、巻き込まれただけなんだ。

義人:(М)なぁ、仁愛(にあ)。俺の隣に、戻って来てくれよ。俺とお前で、ひとつなんだ。そりゃそうだ。俺たちは、双子だから。

義人:(М)でも、お前の拒絶で、感情が揺れる。なにが、違うんだ。いつも、一緒だったのに。なにが。

0:青沢刑務所前

義人:ここが、青沢(あおさわ)刑務所か。永納(ながの)で、一番大きい刑務所。工場が併設されていて、職業訓練が出来る、国内で数少ない施設……だったかな。それにしても、寒いな

義人:(М)俺……今井義人(いまいよしと)は、取材のために訪れたんだ。意外と、名の知れたジャーナリストで、恥ずかしながら、本を出版したことが何度か。

義人:(М)熱心な取材と丁寧に書かれた文章から、情景が浮かぶようで、心を締め付けられるようなリアルさがあると、高評価を頂いている。

四月朔日:ああ、どうも。よくぞ遠いところから

義人:……ああ!こちらこそ、すいません

四月朔日:初めまして。私、この刑務所の副所長を務めております。四月朔日(わたぬき)と申します。本日は、よろしくお願いします

義人:副所長……ですか

四月朔日:はい、私は副所長ですが

義人:いえ。こちらこそ、初めてですね。フリージャーナリストの今井と、言います。よろしくお願いします

四月朔日:あっ、すいません。只今所長は、長期出張に出ております。その為、私が代理を。所長自身、とても歓迎していたんですが

義人:そうでしたか。いえ、こちらも急なお願いをしましたので、ありがとうございます

四月朔日:ふふふ、お互い様ですね。では、ご案内します

0:青沢刑務所内の廊下

四月朔日:桃杏(とうきょう)は、まだ暖かいでしょう。もうこちらは、雪が降りそうになってきましたよ

義人:ええ、ここに着いた時に寒くて、びっくりしました……それにしても、綺麗。なんか思っていたよりも、開放感がありますね

義人:(М)格子(こうし)がない窓から工場、医療刑務所、体育館が見え、整えられた設備が伺える。

四月朔日:職業訓練がありますので、模範囚(もはんしゅう)が多いと思います。再犯率も低いですし

義人:そうなんですね!工場の方も見学してよろしいですか?

四月朔日:もちろん、ご案内します

義人:(М)灰色の作業服を着た囚人達が、命を燃やして罪を償(つぐな)っているのが、目に浮かぶが、きちんと確かめねば。

義人:(М)きっと、あいつも。

0:数時間後、再び青沢刑務所内の廊下

義人:(М)副所長さんからは、穏やかなイメージ。照明は明るく、内装はベージュ色。鳥の声がはっきり聞こえるし。外には花壇があって、数種類の花が咲いていた。

義人:(М)工場では、役割を決められている囚人たちが、黙々と作業をしていた。しかし、指示や相談で言葉を交わす場面も見受けられた。

義人:(М)体育館では、バスケやバトミントンなど、区域で分けられた空間で、スポーツを楽しんでいた。ガッツポーズや晴れやかな笑顔が見られた。

義人:(М)囚人は法を犯した罪人だから、刑務所に入っている。しかし、元々は俺と変わらない人間。それで、ここは、その人間の部分を尊重しているのではないかと、思った。

義人:(М)だから、記事のネタを集めるために、書いたメモを書きながら、思い返していたら、ふいに口から出てしまった。

義人:もっと厳しくて、暗くて、怖いところだと、思っていました。やっぱり、百聞は一見に如かずですね

四月朔日:そうですよね。私たちは1日でも早く更正して、社会復帰出来るように、手厚い支援をしていますから。その結果が出ているのかもしれません

四月朔日:それに、ここをつくったおかげもあるかと……日本で初めての刑務所図書館です

義人:(М)副所長さんが示した先には、ログハウスの様な建物があった。

義人:おお、なんだか、温かみを感じます。刑務所の敷地内にあるなんて、不思議ですね。一般の図書館に見えます

四月朔日:そうなんです。『本は、人を選ばない。どんな人にとっても、本は味方である』という所長の考え方から、このようにつくられたようです。図書館員も、腕の良い人が集まってくれました

義人:へぇ……ん?なんか私の顔に付いてます?

四月朔日:いえ。では、私はこれで、失礼します。ごゆっくりどうぞ

0:刑務所図書館『びぶりお』のメイン書庫

義人:(М)クローバーの庭を歩き、『びぶりお』と、名がついた建物の中に入る。すぐ、目に入ったのは、高い天井を目指すように並ぶ本棚。

義人:(М)十架(じゅっか)以上ある棚から飛び出すのではないかというくらい、みっちりと、本で埋め尽くされている。

義人:(М)自分がどこにいるか、わからなくなりそうだったけど、試しに、俺の本を探してみることにする。助け船を求めて、近くにいた図書館員さんに、声を掛けることにした。

義人:(М)アシンメトリーの髪型で茶髪の女性は、本のチェックをしているようで、バインダーとにらめっこをしていた。

義人:すみません、今井義人という人の本を、探しているんですけど

仁愛:今井義人の本ですね。ご案内します……!

義人:(М)俺は彼女の顔を見て、びっくりした。彼女も同じように驚いていた。だって、彼女は、俺の双子の妹の仁愛(にあ)だったから。

0:刑務所図書館『びぶりお』の休憩室

仁愛:義兄(よしに)ぃ。来るなら、連絡ぐらいしてよね

義人:(М)俺を、休憩室に入れてくれた仁愛は、少しいじけながら、コーヒーを俺の前に差し出してきた。

義人:(М)ラベンダーの香りが、ほのかにする。こいつ、ラベンダーが大好きだったな。

義人:ごめんごめん。お前がいること、忘れてたよ

仁愛:嘘つき。絶対、確信犯だね

義人:バレたか……しかし、俺の本があるなんて、良い図書館だな。おまけに、お前がいるとなりゃ、たくさんの人が読みに来るだろう

仁愛:どうだか。私は、その人が読みたい本を考えて、薦めているだけよ。それに、図書館から本を借りていくほどの本好きは、そんなに囚人にはいないし

仁愛:前が忙しかったぶん、ゆったりできてるから、私はいいけどね

義人:そうか、良かった

仁愛:それより、今日はどうしたの?暇で来たようには、見えないけど

義人:刑務所の取材だよ。謎に包まれた刑務所での様子を、記事にしたくてね。所長に会いたかったんだけど、いなくてさ。代わりに、副所長に案内されて、ここに来た

仁愛:なるほどね……そういえば、所長さんに会ったことないかも。もう3年になるのにさ

義人:もう3年か。時が経つのは早いな

0:間

義人:(М)仁愛が、桃杏(とうきょう)から離れていってから、それくらいになる。それから、俺たちは、会っていなかった。だから、俺がここに来た理由は、もう1つある。

義人:仕事は慣れたか?

仁愛:まあね。一緒に働いている人が、良い人たちばかりだし

義人:そうか。それなら、1つお願いがあるんだけどな

仁愛:お願い?

義人:お前のことを、記事で書きたい


仁愛:……

義人:刑務所図書館員として、どんなことをしているのか、どう囚人と関わっているのか、本とはどういうものだと思うか……世の中の人に伝えたいんだ

仁愛:(かぶせて)嫌よ。他の人にして

義人:俺は、小さい頃から、お前を見てきた。昔から本が好きなのも、知ってる。一般の図書館で、働いていたお前の状況も知ってる

仁愛:……

義人:だからこそ、今のお前の状況や気持ちを、知りたいんだ。前とは違うお前のことを……お前じゃなきゃ駄目なんだ

仁愛:……

義人:お前の兄としてではなく、ジャーナリストの今井義人として、お願いします。あなたの……刑務所図書館員、今井仁愛さんの記事を、書かせてください

0:間

仁愛:へぇ、義兄ぃが真面目に頼み込むなんて、珍しくて面白い……いいよ。ただ、1つ条件があるわ

義人:どんな条件でものむよ。何だ?

仁愛:どんな事もありのまま伝えるから、正直に書いてね。楽しいことも、怖いことも

義人:……わかった。ジャーナリストとして、その約束は守るよ。でも、無理だけはするなよ

仁愛:わかってるよ。本当によろしくね、義兄ぃ!

義人:(М)俺には、身体の力はない。だから、俺は、ペンの力で仁愛を守りたい。いや、守ってみせる。

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