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漫画『メダリスト』を紹介したい

 2025年1月にアニメ化が予定されているフィギュアスケート漫画『メダリスト』をたまたま読んだら非常に面白かったので軽い紹介記事を書く。


あらすじ

 『メダリスト』は月刊アフタヌーンで連載中の漫画だ。2024年9月現在、単行本が11巻まで刊行されている。
 学校でも家でも落ちこぼれだが、リンクへの執念と高い身体能力を持ち合わせている少女・結束いのり。一方、経済的な理由から男子シングルの夢に挫折し紆余曲折を経てフリーターをしていた司は、スケートクラブのコーチとなることを打診される。この二人の主人公が出会い、共にオリンピックの金メダルを目指す……というのがだいたいのあらすじである。
 この作品を読んで知ったが、フィギュアスケートの世界では本格的にやるなら5歳から始めるべきとされているそうだ。いのりの年齢(11歳)では完全に出遅れ扱いである。同世代の選手はほとんどが既に何年も経験を積んでおり、中には将来のオリンピック選手と目されている者もいる。いのりはコーチである司の熱血指導やアイスダンス選手としての経験、そして自身の情熱を武器に、そんなライバルたちに立ち向かっていく。

 『メダリスト』はこのあらすじから期待される通りの王道スポーツ物であり、漫画としてのクオリティがとにかく高い。フィギュアスケートへの関心度合いに関わらず、人間ドラマや成長物語、友情努力勝利が好きな人に是非おすすめしたい。

 以下、特にいいと思ったところを挙げていく。


2秒で思いつきそうな疑問は爆速で回収される

 引っ張る方が面白い謎はちゃんと引っ張って最高のタイミングで種明かしされるが、その一方で「引っ張ったところで種明かしが面白くなるわけでもない疑問」は爆速で回収される
 先に書いた冒頭の流れを見て大抵の人が2秒で思いつくだろう懸念、つまりいかにも作中で一悶着ありそうなネタは「落ちこぼれだったいのりは司の判断を絶対視してしまうのではないか」「司は挫折した夢をいのりに仮託しているだけではないか」あたりだと思う。大人×子供バディの定番でもある。これらの疑問についてはこちらが認識するかしないかのうちに問題提起がなされ、答えが出される。最初にいのりと司がタッグを組む展開の感動だけで3話はやっていけそうなのに、そういうところで全く手を抜かない。
 考えてみれば上記の懸念に対する回答なんて「そんなことないです」以外になく、先延ばしにしても無駄な心配でノイズになるだけなのだ。さっさと解消されることで、心置きなくいのりと司の二人三脚を応援できる。これは話が進んでも同じで、没入感を削ぐような引っ掛かりで読む手が止まることがない。


どんな勝ち方、負け方をするのか読めない

 これは競技の特性でもあるのだろうが、この作品で描かれる大会では勝ち筋と負け筋が無数にあり、ただ決められた演技をしてみせればいいというものではない。目立つミスをしても総合点で勝つことはあるし、完璧な演技をしても難しい技を成功させていなければ負けてしまう。
 大会パートを更に面白くしているのは、予定していた技の構成が後から変更可能である点だ。先に滑った選手の演技を考慮して、自分の本番直前まで手札を修正することができるのである。
 自分はどの技を、どの程度の確率と完成度で成功させられるのか。ライバルは何をしてくるか。精一杯の駆け引きをして作戦を立てても本番でどうなるか分からない。転んだら即座に構成を軌道修正する。滑り終わる最後の一瞬まで選手は頭を働かせて戦い、勝負の行方は二転三転する。
 特に主人公であるいのりの勝敗は読者としてはとことん先読みしてしまうが、それでも大会の結末を見届けると度肝を抜かれるし、同時にこれしかなかったという納得感もある。予想を外すためだけに無理のある展開になることはない。どの情報を伏せ、どの情報を明かしておくかの判断が巧みなのだ。
 最初はフィギュアなんてどこでどう採点されているか分からないし、スポーツ物としては難しくないか?などと考えていたが、読み進めていくうちにこれほど漫画向きの題材もないのではと思えてくる。


魅力ある人間ドラマ

 選手や彼らを支える大人たちなど大勢のキャラクターが登場するが、とりあえず頭に入れておかなければならない主要人物は少なく整理されている。

  • 結束 いのり(ゆいつか いのり)…主人公。スケート選手

  • 明浦路 司(あけうらじ つかさ)…いのりのコーチ。もう一人の主人公

  • 狼嵜 光(かみさき ひかる)…いのりと同い年の天才少女。いのりの最大のライバル

  • 夜鷹 純(よだか じゅん)…光のコーチ。元男子シングルの選手でオリンピック金メダリスト

 司は中学時代にたまたま目にしたフィギュアスケートの演技に感銘を受け、男子シングルの選手を目指す。しかし年齢や経済的事情に阻まれアイスダンスに転向し、現役最後に全日本選手権への出場を果たすものの、そこでの成果は芳しくなかった…という経歴を持つ。司がフィギュアの世界に入るきっかけとなったスケーターが夜鷹純である。
 現在の夜鷹は複雑な経緯で表には出ずに光のコーチを務めている。現役時代は出場した全ての大会で金メダルを獲得しており、光にもその道を辿らせるつもりだと宣言する。いのりが「金メダリストになる」という夢を叶えるということは、必然的に打倒・光を目指すということだ。同時に司にとっては、かつて手の届かない憧れであった夜鷹に同じ指導者という立場で対峙することを意味する。現役選手たちが切磋琢磨する裏側で、挫折を経験した大人の人間ドラマも展開され、物語に奥行きが生まれている。


中部ブロック大会は必読

 特に推したいのは単行本5~6巻、いのりが全日本選手権中部ブロック大会に出場するエピソードだ。
 上位5人に与えられる全日本への出場権を巡り、中部ブロックの選手たちが争う。その中には光の所属する名門クラブも含まれ、当然ここでも天才少女・狼嵜光が強敵として立ちはだかると思われた。
 ところが会場に光の姿はなかった。独自のレッスンを受けるため日本を離れており、この大会には不参加となっていたのである。
 ちなみにこの時点で光は既に全日本のシード選手に選ばれており、中部ブロック大会に出る必要はない。ただそれでも試合経験のために出場するのが普通であり、欠場は非常に珍しい(らしい)。
 いのりを含め、中部ブロックに集まった同年代の選手は「狼嵜光世代」と呼ばれることを運命づけられた少女たちだ。これまでも、そしてこれからの競技人生においても、上を目指そうとすれば光という絶対王者と戦うことは避けられない。
 いつも金メダルを攫っていく光がいない、こんなチャンスはもう二度とないかもしれない。
 闘志に火がついた選手たちはそれぞれのコーチと共にギリギリの瞬間まで戦略を練り、死にものぐるいで本番に臨む。わずか数分の演技に結実した一人ひとりのドラマは圧巻だ。


最後に

 これら以外にも動きが目に見えるような力強く繊細なスケートの描写、生き生きとした表情の描き方、個性的で応援したくなる脇役たちなど、『メダリスト』はたくさんの魅力に溢れている。機会があれば読んでみてほしい。
 個人的な推しキャラは、大会の滑走順でなぜか毎回外れくじの1番を引いてしまう申川りんなである。

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