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勝とうとしたらダメかもね

双六の上手といひし人に、その手立を問ひ侍りしかば、「勝たんと打つべからず。負けじと打つべきなり。いづれの手か疾く負けぬべきと案じて、その手を使はずして、一目なりともおそく負くべき手につくべし」と言ふ。  道を知れる教へ、身を治め、国を保たん道も、またしかなり。
(徒然草 第110段) 

 注…双六(すごろく)は当時は2人の対戦型。賭博の要素もありました。
徒然草は鎌倉末期に成立。1300年代中頃。

 引きこもり生活が2ヶ月になりましたが、ラーメンが猛烈に食べたくなりついに外食。しかも何をとち狂ったのか、がっつりと「油そば」を食べてしまいました。食べたかったのは普通のラーメンだったのですが、なんだか気合いが入り過ぎてしまい失敗。なんで私は「油そば」なんて頼んじゃったんだろう。  

 ということで本題です。冒頭の引用。これは私のようなギャンブラーにとっては座右の銘。簡単に内容を説明しちゃうと
「すごろくの名人にその秘訣を聞いてみた。そしたら、勝とうとするんじゃなくて負けないようにやるんよ、早く負けそうな打ち方を考えた上で、少しでも負けを遅らせるようにやるんよ、と言われたよ。いやはやイイね。ワタクシ事から政治の世界までみんなそうだわ」
というような意味です。負けを想定しながら、その上で負けない策を考えるという作戦です。  

 いや、いいっすよね、これ。ジャンケンで考えても分かるけど、勝とうとすると確率は1/3ほど。でも負けないようにしたら「あいこ」もOKだから負けない確率は2/3。ほら確率上がった。負けないようにやってりゃいつか勝ちがやってくるかもしれないわけですよ。本当にそれでいいと思います。  

 普段生活していても、勝ち負けでしかものごとを語れない人をたくさん見かけます。「負け」という言葉の対義語は「勝ち」ではなく「負けない」くらいで生きる上ではちょうどいいんじゃないかな。過剰なクレーマーみたいな人たちもきっと、相手の言い分を認めたら相手が勝ちでじぶんが負け、みたいにきっと考えているのでしょう。あるいは、オレら最高!!とか〇〇人最高!!とすぐに言いたがる人たちもきっと「最高=勝ち」で最高の対義語は「最低=負け」くらいに考えているんじゃないかと思うことがよくあります。ま、いいんですけどね。  

 すぐに勝ちたがる人は私は苦手です。なぜか。だって、そういうひとたちの一部は、じぶんたちが勝てないと分かると必ず相手の価値を下げようと行動しはじめるんです。「うちら最高!」って言えなくなると「あいつら最低!」ってのがはじまることが多いような気がします。要は1位をキープしたいから2位以下を抹殺しようとするんですよね。そうすれば永久1位の確定です。1位をお互いに争うのならばまだ見ていて面白いのですが、多くの場合じぶんを1位に設定して、その1位の人たちが勝手に2位以下を指名または排除していくような感じ。なんだかとても美しくない光景ですね。  

 いま新型の感染症に対して同じようなことが起きています。なんだか勇ましい人たちは「〇〇〇に勝つぞ!」(このビールみたいな名前の3文字は書きたくないので伏せ字です)と大声で宣言しています。でもね、思うんです。本当に勝てるのか?ってね。そもそも何が「勝ち」だか分からないし、人間が文明を切り拓けば切り拓くほど、今まで潜んでいたような新手の感染症が開拓地からやってくるのです。ほんとに何が勝ちなんだか。。。分からないですよね。  

 だから私は「負けないぜ」ってくらいの目標設定でいいんじゃないかと思います。「勝ち・負けない・負け」の3つから「負けない」を狙っていく。そうすりゃ運が良けりゃ勝っちゃうこともあるだろうから負ける確率は1/3。兼好さんの言う通り!ってなもんです。しかも「負けない」という目標設定にしておけば、「病気に負けない」だけじゃなくて「(状況に)負けないような生活」とか「(状況に)負けないような経済」とか色々な方面に「負けない」が適用できます。けれども試しに「勝つ」を目標にしてみてください。「感染症に勝つ」しか設定できません。しかも歴史を見れば分かるけれど、人類は克服した(つまり負けてはいないもの)感染症はいくつもあるけれど、勝ったものはあんまりないのではないでしょうか。わたしが寡聞にして知らないだけかもしれないですが。  

 と、ここで、TVを見ながらこれを書いていたら、また感染者数が少しずつ増えてきて改めて状況が変化しているようですね。ま、そんなもんですよね。疫病ですから。スポーツのように明確な勝ち負けなんてのは見えてこないものでしょう。うちらは〇〇国とちがって感染症対策に成功したぞ(つまりは勝ち!)みたいなことを言っていたって、実際にはそうではないデータが出てきたりもします。そこで必死に、自分たちよりも失敗した人たちを例として出してきても仕方がないです。負けてはいないけど、まあ、さして勝ってもいないかなあ?くらいのほうが冷静に状況を見ることができますし、間違いなく生き残れます。(ギャンブルの現場で30年近く生き延びてきた私が言うんだから間違いがありません笑)  

 ということで、できれば皆さんで「負けない」ような「すごろく」を、この先もしばらくは打っていけたらいけたらいいのかな、と思います。今から700年前の、政治も語る教養あるギャンブラーたちの声に耳を貸しましょ、たまには。いましばらく息を潜めて、疫病が通り過ぎるのを待ちましょう。私も安倍晴明の子孫ですから(この話はまたいずれ…)精一杯自宅にて、皆さまの息災を願ってご祈祷いたしたいと思います。なんてね。  

 まかり間違っても刀を持って家から飛び出し、疫病と戦うような真似はやめましょうね。見えない敵には刀は効きませんわ。ご近所から笑われちまう!ってなもんですよ、ね。

 たくさんの皆さま、いつも読んでくださってありがとうございます!  

(なるほどこうやって書くと、何だか文章が終わった気がするのね。QEDみたいなもんか…いやいや本当に感謝しています!いつもありがとうございます!)

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