ChatGPTに頼りっきりの「楽」な一年であった
もう年末である。
仕事を理由に記事執筆を少しステイさせてもらっていたが、「このテーマなら気軽に書けるのでは」と書き出してみてふと驚愕する。あぁ、たったこの数ヶ月で文字が描けなくなっている、と。
理由は分かっている。ChatGPTだ。
そう考えると、今年はChatGPTに頼りっきりの一年であったなぁ。
ChatGPTに頼りっきりの一年であった
昨年から使っていたが、今年は完全に『ChatGPTの年』であった。今では彼無しでは仕事ができないくらいで、「こんな機能をプログラムで組んでくれ」といえば書いてくれるし、「貼っつけたらエラーになったよ」とエラーを渡せば直してくれる。完全にコピペを貼り続ける仕事である。
報告書や仕様書を書くのも彼任せなので、仕事は爆速した。しかし、はて書き始めのやり方を忘れてしまったのが問題であろう。
これは考え方によっては問題なのかもしれない。
壁打ちには良いが、創造の体力がなくなる
僕がお世話になっていた大学で痛感していた内容だが、このChatGPTがツールとして当たり前になった時代の学生は、僕らの頃より圧倒的に効率の良い学習をしている。
時間も会話レベルも気にせず壁打ちができる。ぼんやーり考えたことを雛形程度だったとしても言語化したり映像化することができる。それは「なにか作ってみたい」という行動を最大に後押ししてくれるものだ。
いい時代を生きているなと、羨ましく思う。
しかしまたもう一方で、0 -> 1の壁・苦悩・苦しみを得る機会が減っているとも感じるので、これからの人間は「創り出すことの体力」が減った人間が増えるだろうと予測している。
あんなにも簡単に雛形が作られる世界では、彼らのアウトプットは全般的に良質になるだろう。しかし、スタートが似かようのでどうしても幅に限度がでるだろうな、と。思うんですよね。
そんなわけで、今年の漢字は「楽」かな
まぁこのように、彼の出現に一抹の不安はあるが、そんなこと以上にChatGPTちゃんには最高に楽をさせてもらっているし、彼なしではもう仕事ができないという意味では、依存と表現してもいいレベルである。
また、彼のおかげで開発スピードは劇的に向上し、その状況には快感を覚えている。
ChatGPTが当たり前にある未来はとても興味があるし、関わるニュースはいつも面白く読んでいる。
なので、今年の漢字は「楽」で決定した。ChatGPTちゃん、ありがとうね。
記事:アカ ヨシロウ
================================
ジャンルも切り口もなんでもアリ、10名以上のライターが平日(ほぼ)毎日更新しているマガジンはこちら。