はじめから「やめたい」など思っちゃいない
やー、今回のテーマは難しいですね。なんでって僕に「やめたい」ことが思いつかないからです。
まぁそんなことを言っても仕方がないので、僕なりにウンウン悩んだことを書き連ねて、その「やめたい瞬間」というものを掴んでみようと思います。
やめたいことは、やめている
一番最初に思ったことはコレですよね。「本当でやめたいこと」はとっくにやめているので、「やめたいなー」と思っていることはべつに本気で「やめたい」だなんて思っていないんですよね。
「寝る前に携帯を見るのをやめたいなー」
「夕飯前に間食を摂るのをやめたいなー」
べつにやめたいだなんて思っちゃいないっすよね〜
できていないことを挙げてみる
とはいえ、僕なりにもう少し考えてみました。あぁ、日本語を工夫すればいける気がしますね。
僕ができていないことから、このテーマを考えてみればいいのです。
「もっと勉強したいと思っているけど、できていないことをやめたい」
「もっと早く起きたいと思っているけど、起きれていないことをやめたい」
なるへそなるへそ。
んーーー、けど、まぁ。うーーん。
本気で朝早く起きたいだなんて思ってないんだろうなぁ〜
中毒性とか依存性とか、そういうものも考えてみる
なるほどそうか。「やめたい(けどできていない)」こととは、それはもう「中毒」とか「依存」とかの表現が近いような気がしてきた。
「手が震えてもお酒がやめれない」
「食べたくないけど食べてしまう」
「お金があればギャンブルに使ってしまう」
思いつくのはこの辺か。
僕の場合、コーヒーを1日に1~2リットルくらい飲むので、周りから「カフェイン中毒だ」と言われたことがあります。
事実、コーヒーを飲まないと頭が冴えないという点では、すでに中毒症状が出ているのかもしれないですね。
まぁ、けど。コーヒーやめたいだなんて思ってないしなー。
やめよう思えばやめれる気もするけど、やめれないんですかね。
医者に止められるとか、そのときが来たならば、その瞬間を感じるんでしょうなぁ。
あと、あれっすね。トゥレット症のような ” 意思に反して大きく体を動かしたり、突然声を出したりしてしまう神経疾患 ” というのも「やめたいけど、やめれないもの」としてありますよね。
この場合についても、僕に当てはまるものがないので、「ナシ」が結論になっちゃいますね。
結局「やめたいこと」及び「やめたい瞬間」は存在しない
はーい。ということで、僕には「やめたい」と思うものがないので、「やめたい瞬間」というものも「ありません」という結論に至りました。
やぁたしかに「お酒控えないとなー」と酔っ払いながら瞬間的に思うことはあるんですが、やはりそれも「お酒を控えないといけない」だなんて思っちゃいないだから、カウントに値しない事象なんですよね。
はじめから出来ないことを許容して生きているので、やめれないことに自己嫌悪を持つこともない。やめなきゃいけないと思ってないので「やめたい」と思うこともない。
たまに事故を起こして相手にごめんなさいすることもありますが、そんな自分も愛しちゃってたりする。
こんな思想、どうっすかね〜〜
文章:アカ ヨシロウ
編集:べみん
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