パルデアの歴史② 舞台装置としてのタイムマシンについて(多分その1)
結局タイムマシンって何?
前の記事で述べた金属プレートが示すように、エリアゼロが「非時間的領域」であるとしても、そもそもそれは時が止まっていることを意味しない。前に進むか後ろに進むかが決まっていないばかりでなく、恐らく度合いが存在している。大穴の中にあるエリアゼロに近づく程、曖昧さが出てくる。水は上から下に落下するし人々もそれぞれの主観の中でお互いに前方向に歩き、生命活動を維持している。
時間は止まっていないし、少なくとも前後不覚に陥るエレベータに乗った後はわからないが、その時点までは主観上は重力も反転していないと言い切れる。
しかしどうも残された記述や大空洞の状況にはたくさんの矛盾が生じている気がしてならない。そこでパルデアの歴史の2つ目の舞台装置、タイムマシンの仕様から考えていきたい。
どのような形式のタイムマシンなのか
タイムマシンの仕様を考えるにあたって、まず「結晶体が何でも願いを叶える魔法の万能物質である」説はひとまず退ける。何でもありとするわりに使用箇所が限定されていること、出資したと言う企業がリスクを恐れたことから、リスクを帳消しにするほどの万能さはないと思われるからである。
ではまず、タイムマシンに関する博士の言動で二つ気になる点をあげたい。
一つ目はタイムマシンの完成を受けて「あの本が現実になる時は近い」というメモ書きである。これはスカーレットブックとバイオレットブックの大穴での内容は物語の時空においては事実ではなかったという意味にとれる。
少なくともオーリム博士のいるスカーレット時空の過去には「こだいのすがた」のパラドックスポケモンは彼女が大穴に辿り着いた際はおらず、フトゥー博士のいるバイオレット時空では「みらいのすがた」のパラドックスポケモンも彼が大穴に辿り着いた際はいなかったものと解釈できる。そしてそれを受けてタイムマシンの製作に取り掛かったのであろう。
ここでふとヘザーがいる時代にアクセスすれば一見手っ取り早そうであるとも思うが、やはり同一時間軸への干渉による自らへの影響を嫌ったのか、この二〇〇年前の時代からポケモンを捕まえてようとはしていないようである。
二つ目も宇宙の違いに言及するものだが、博士AIらはタイムマシンについて「異なる時間」ではなく「異なる時間軸」からポケモンを移動させていると言い切っている。言い間違いでなければこれはAIとは言え稀代の物理学者の発言なので、主人公の物語と同一時間軸の未来と過去ではないということでよいだろう。
確かに、同一時間軸において過去にいたはずのポケモンが現代に連れてこられれば現代が変わるリスクが大きいし、未来からポケモンを現代に連れてくれば、未来の生態系や進化が変わってしまうはずなので、何も変わりなく一定の形の「未来ポケモン」が送られ続けるのはおかしい。よって異なる時間軸というのはそのまま別の時空であるとしてよいだろう。
そして悩ましいのは「空間的な場所」の指定が出来るのか言及がないことである。例えば、遙か東のホウエン地方の未来や過去にアクセスできるのかという出来るのかということであるが、どうも転送されているポケモンの種類からして、パルデアの大穴周辺程度の力しかないように思われる。そのように博士のタイムマシンに空間の移動能力はないとするならば、オーリムとフトゥーは別の世界線の大穴の中の限定された過去と未来にアクセスしていることになる。何とも狭いことである。
以上の二つの言葉から、楽園の再現のための博士らのタイムマシンは、別の時間軸の大穴へマスターボールを射出し、ポケモンを捕まえ、元の時間軸に戻すという仕様であるらしいことが推測できる。
タイムマシン建造に至る博士の人生
では、博士はいつどのように結晶体の謎を解いて、タイムマシンの作成に漕ぎ着けたのだろうか。博士の人生を追い、彼らの大穴へのアプローチから大穴と結晶体を見ていきたい。
博士らは幼い頃にそれぞれの世界のヘザーの本を読み、これを動機にアカデミーに在学し、両者ともそれぞれの世界の優秀者名簿に載っている。今は校長室になっているアカデミーの研究室にいたようで、その才覚は当時学外にいたクラベルにも届いたという。今も概ねそのままだというその研究室はタイムマシンを作成するような設備には見えず、光学顕微鏡や化石の標本がある。生物学のジニアの研究者としての先輩であったクラベルが「落ち着く」と言う事から、生物学の研究の部屋なのだろう。大穴から消えていたパラドックスポケモンの痕跡を探していたのだとすれば、当初はブックの中の生き物への興味があり生物学を志したが、そのうちに「それらはそもそもいなかった」ということに気付いたのではないか。
卒業後はコサジの灯台に移り、この時点ではもう標本を保存するような生物学的な研究は行っておらず、彼らの成した業績のうち最も一般人に知れ渡っているテラスタルオーブの開発を行っていたようである。後述するがテラスタルオーブはテラスタルエネルギーを内部のポケモンに印加できるモンスターボールであると思われ、これはここまでの大穴と結晶体研究の集大成であったのだろう。しかし大穴に戻りたい旨を書き残しており、文章からしても完全に別時間軸へのアクセスに目的が変わっているようである。つまり生物学的な大穴の調査研究をする間に①結晶体の性質に気付き、②ヘザーが見たものは別の時間軸のものであると気づき、③別時間軸へのタイムマシンを建設することが必要と判断し④結晶体を利用することでそれが可能であると考えたということである。常人の知能と発想ではないことがわかる。この頃のものと思われる記述で以降出てこない単語としては「テラ計画」というものがある。テラパゴスが惑星の形をしていることから"Terra"の可能性を疑ったが、英語版でも"Tera"であったため、単純にテラスタル関連の開発事業の名前ということでよさそうである。
そして、両博士はこの頃に家族を得ている。一切の言及がないのだが、両世界でオーリムとフトゥーの両人は夫婦であったということでいいのではないだろうか。ここまで巨大な狂気を孕んだ高知能の人間であれば、恐らく話が合う人間自体少数であろうし、そもそも全く別の人間の組み合わせから同じ部屋、全く同じ子どもが生じることなどあり得るはずがない。
では夫婦説を考えるとして何故片方の世界では両博士が権威として存在し得なかったかというと、まず片方の「動機」が弱かったのだろう。例えばオーリムはスカーレットブックがあることで研究者への強い意志を得たが、バイオレット世界ではそれがないために、才能があっても活かせなかったのではないか。これはスカーレット世界におけるフトゥーも然りであろう。そして仮にアカデミーに入学していたとしても、アカデミーの校風が合わなかったと思われる。オレンジアカデミーは「伝統」を尊び、グレープアカデミーは「個性」を尊ぶことから評価基準が異なり、故に両世界に出現する博士号を取得しエリアゼロを目指す人間にオーリムとフトゥーの差が出たものと考えられる。
また、この時期メディア露出もしていたようだが、両博士の個性的な格好はその時の名残なのだろうか。フトゥーはともかくオーリムは原始人のような格好をしており、考える程に普段着としてはである。才能で許されているが変な人である。ペパーが学校ていじられてもおかしくはない、微笑ましくもあるが少し可哀想だなとも思う。
そのように社会的には好調に思われた博士だが、多忙の中でペパーが生まれてから離婚となってしまったようである。解釈が難しいが当時のものと思われるメモ書きには「子どもが生まれ、あの人は去った」とあり、まるで「ペパーが生まれた」こと自体が原因のように書いてある。
辛い想像だが、離婚の要因はいくらか考えられる。まず知能レベルが同じであっても、行こうとした先が過去と未来であることが最たるものだが根本的な考え方が異なること。次に両者同じだけの才能を持ちながら、博士号、具体的な成果、メディア出演など、社会的に認められたのは片方だけである。そして、そんな中で育児に専念せざるを得なくなるのが動機を持ち得なかった片方であれば、当然ながら夫婦関係は終わる。彼らはアインシュタイン級の頭脳を持つので一般論で語るのはやや危険ではあるが、仮に結婚していたのであればどう考えても長続きはしないであろう。赤ちゃんをあやし掃除機をかけ、洗濯物をたたむ主婦もしくは主夫の両者は微笑ましいが、想像できない。どうもイマドキの共働き社会の修羅を下地にしていることが垣間見える。そして両世界の両者とも「子供が生まれ」たことが契機のように書き残している。これは明らかにそうではなく、結婚をしながら研究に全てを注いだのが原因であって、子どもはあなた方が自分の判断でこさえたんでしょうが、とツッコミを入れたくなるような重い赤子への責任転嫁と取れ、この時点での両博士は精神的にはやや幼いのである。ペパー、本当に可哀想だなと思う。
ただ、死亡する少し前まで「三人の楽園」を志していたので、それを他の二人が求めていなかったことはともかくとして、家族を博士なりに愛していたこともまた本当なのだろう。
その後は無理もないが、精神的に荒んだらしい両博士は部下たちを解雇した。そして人手不足を補うためにもう一人の自分を作ることを考え、恐らく量子コンピューティングのようなものへの結晶体の利用方法を確立している。前の記事で言及し、後ほどまとめるが、結晶体の構成粒子は単なる魔法の物質ではなく、量子的な性質があることを示唆するなどそれなりのモデルを持っているようである。そしてその演算能力から「自分と同じように考える」AIのロボットのようなものを完成させ、その完成度はしばらくは主人公らを騙せたレベルである。ただここでも、博士ならびに博士AIの言っていることと実際が異なる点がある。
と言うのも、博士AIはオリジナルの博士の存命中から生態系破壊リスクを認識して疑義を呈し、最終的には子どもらを守るため、事実上の自殺(博士AIにとって時空を超えることは演算していたコンピュータから離れることになるので、普通に考えれば別の時間軸に移動してしまった時点で活動停止せざるを得なくなる。)を行ってタイムマシンを停止させる。手伝いのために生み出されたにしてはオーバースペックと言えるほどの別個の判断力を備えた自我を持っていることがわかる。人工知能の愛情からくる自己犠牲はSFでの重要なテーマで、これがプログラム外で出来てしまうともはや人間と見分けがつかず、士郎正宗の攻殻機動隊風に言えば「ゴーストが宿っている」とも言える。これについては結晶体のエネルギーが生命エネルギーに近い概念でもあるらしいので、場合によってはAIが生命を獲得していた可能性も否定できない。これを是とするのであれば、AIはコンピュータから離れてもある程度生存できることになり、タイムマシンで転送された先でも生きていた可能性があるが、この点はAIについての章に譲る。そして、そんな異常に高度なAIを生むと、博士はいよいよタイムマシン建造の最終段階に入る。
今現在のタイムマシンへ入るための第四層のゼロラボは非常に大規模でな施設で、アカデミーほどはある。不思議なのはまともな入り口が存在しないことで、主人公らはパラドックスポケモンを呼び出して通過させるダクトの割れ目から出入りする事になるが、本来の入口は結晶体に覆われてしまった部分にあったのだろうか。タイムマシン本体は恐らく大穴の中のエリアゼロ領域の内部に建造されている。前の記事で言及したように、大域的双曲性領域の中では因果律が曖昧故に、結晶体の力を借りた操作が効くのだろうか。
そしてその片鱗が見えるのは、AIとの最終決戦で起動した「楽園防衛プログラム」である。主人公らを排除する命令に抵抗しようとしたAIがプログラムの起動によって支配されてしまうシーンだが、凄まじいのは、プログラムがメタの次元で博士AIの有り様を指定する「ト書きすら改変した」ように見えることである。
楽園防衛プログラムが持つ因果改変能力の示唆
具体的には、次の展開がある。
ここまではよい。基本的には自律していたAIが大元のコンピュータに抗おうとしたが、上位の強制命令によってコントロールを奪われたと普通に解釈できる。ト書き部分も事象を正しく説明している。しかし次に続くシーンで、一瞬だけ映る異常な表現がある。それが次の引用の三行目である。
一瞬のうちに「■」が現れた箇所の文字が書き換わり、ト書きの文字情報までも書き換えられている。通常、物語のト書きには登場人物の台詞の間での因果と真実しか書かれないし、でなければ物語は成立しない。だが、楽園防衛プログラムという存在はこれを行なった。つまり「『私は戦う意志がない』」という博士AI自身の思考の表明をコンピュータが訂正させたのではなく、「AIは戦う意志がない」という一度ト書きとして生成されたAIの心象という因果と真実の記述の強制書き換えを行っている。
防衛目的とは言え生前の博士は因果律の操作技術を兵器化の一歩手前まで持ってきていることが示唆される。因果律改変などもう全てがめちゃめちゃになる代物であるし、故にこの演出のタチが悪いのは「どこから何を改変していたか」がわからなくなり、物語をぶち壊しかねない禁じ手であるところだ。だから一瞬の表現に留めたのであろう。
そして、誰もが気づくところであろうが、「■」で情報が消失するのは、ヘザーの本の最終ページ「■盤のポ■■ン?」でも起こっていることである。このことは結晶体由来の事象が及ぼす影響の中に、情報の消失が含まれていることが仄めかされている。
エリアゼロに関わる情報の消失の法則
では、情報の消失に結晶体技術はどのように関わっているのだろうか。
表記が消えているのは、消えた情報は前述の博士のト書きがあるが、わかりやすいものは次に引用する消失後と消失前のものである。
ブライアが所持していた「原本」にのみ存在する後半部分については、そもそも200年前の本に、140年前に発見された光り輝くポケモンと、その原因としてのテラパゴスへの言及があることは明らかにおかしいので一旦無視し、ブライアの章で扱う。ここで扱いたいのは、前半部分である。
そして二つ目は、第一観測所に残された研究ノートである。
ヘザーのブックやプログラムにト書きを書き換えられた際は、文字数は変わっていないことから、この研究ノートの時点の仮称とされる名前は「テラパゴス」ではないと考えてよいのだろうか。
また、「■」でかすれているのかは不明だが、ゼロラボ内の研究ノートには楽園防衛プログラムについての開発メモの文章が消えているのも若干の怪しさがあることは指摘したい。
そして法則と言えるほどの数はないが、研究ノートに関する共通点としては、エリアゼロ由来のテラパゴスに関する情報が安定していない点である。大空洞のノートでははっきりと「テラパゴス」の名が残っている。「■」が因果律の破壊によって情報が消失したことを示すのであれば、前者はヘザーが入った時点でのエリアゼロが失われ、過去に連なる情報のいわゆる可逆性が消失し、因果律が崩れかけているのが原因と考えられる。第一観測所にあるノートは、恐らくまだ完全に消失していない時点でヘザーの本を参考にしたもの故に今は情報が失われているのではないか。わかりやすいSF作品で親が予定外に死ぬと現在の子供がスーッと消えていくパラドックス展開のそれである。後者は同じものを指しているはずなのに消えていないのは、ノートに記述された情報とテラパゴスが連続した時空に存在しているからだろう。
ここからも、エリアゼロは一度時空スケールで様相がガラッと変わったことが窺い知れる。
「あおのディスク」についてのオモダカの政治判断
タイムマシンはどの程度の人間が把握しているのだろうか。考えの起点となるのは「あおのディスク」を入り口の端末に入れると行き先が変わるゼロラボのエレベータであると思う。これは出資者向けに配られたというから、まずオモダカはポケモンリーグが出資していた関係で入手しているのだろう。そしてあおのディスクの機能からして、元々は両博士が本来の目的であるタイムマシンの存在を悟られないように、自分や協力者以外で研究計画の存亡を左右できる権力者が来た時に騙眩かすためのものではないだろうか。タイムマシンの部屋と大空洞のエレベータの昇降スイッチを見ると、どちらも「上行き」しかない。そしてゼロラボのエレベータは一基しかないとのことであるから、普通に考えれば、二つのルートは枝分かれするなどして異なっていることが考えられる。
重要なのは、オモダカはあおのディスクを最年長かつ申請者のブライアには渡さず、あえてブライアが去った後で特段の用途も示さず主人公に渡している点である。恐らく主人公が同行することにならなければ渡さなかったのではないか。その場合、ブライアたちはゼロラボを前に門前払いされていたと思われ、「開かなかったんですか?残念ですね。我々もよく知らないので、ではまたそのうち」とやり過ごせる。
つまりこのオモダカの行動もまたブライアに対してタイムマシンのことは秘匿すると言ったクラベルと同じく、ブライアにタイムマシンの存在を悟られたくないという意図以外には解釈できない。実はあおのディスクの用途を完全に理解していたということだろう。
クラベルにしても、タイムマシンの存在の発覚時に一切驚きを見せなかったことから、この二人はそもそもエリアゼロの性質を理解していた故に、博士が勝手にやらかしたことをすぐに受け入れられたのだろう。それとも、何もかも理解していたのすれば、それは何らかの予定調和を知るものの信仰的な行動であり、今のところは考え難い。
思い出すと、クラベルは初めて主人公が校長室を訪れた際のモニター越しの博士が本人でないことに少し勘づいた節がある。確かに、エリアゼロのポケモンが逃げ出しているが悠長に子どもに預けて自分は大穴から出れないという不自然さについては、ある程度経緯を知るものであればオリジナルの博士に何かがあったのではないかと推察できるだろう。
このことはいろいろと示唆するものがあり、クラベルが博士が偽物であると疑うということは、博士が自分そっくりのAIを作り得ること、もしくは作った事を知っていたことがわかる。つまり結晶体がそれを可能にすることもわかっていたことになる。そしてそういった状況で、ヘザーが見た記録上のエリアゼロのポケモンが現前するということは、支援の打ち切られた大穴のゼロラボに篭り続けていた博士が何をしていたかをこの時点で概ね把握したと言える。
しかし、オモダカもクラベルも自らは動かなかった。それは何故なのかと言えば恐らく主人公という人間が何なのか、何のためにいるのか、理解している可能性がある。
歴代の主人公という立場はレジェンズシリーズでかなり直接的な表現がされたが、別時空から子どもを連れ去って電話一つを与え、ヒスイ地方の異変をなんとかさせたアルセウス大明神の御心に関わりがあるということでよいだろう。そして大人のうちでも、何故か主人公に目をつけるアカデミー周辺の高位者、キタカミの管理人、他地方で言えば何故か主人公の才覚を知っていたカロスのプラターヌといい、ヒスイの謎の人物といい、主人公と世界の構造をの関係性をある程度知っている者がいると言ってよいのではないか。つまり世界における主人公のヒーロー性の部分、救世主や何者かの使徒としての側面を知っているということである。この点はレジェンズアルセウスでは非常に直球で表現された。
そしてオモダカもその類であり、故に主人公がブライアと共にその場にいたことをある種の予定調和だと判断、最終的に主人公がテラパゴスを確保することを確信し、ブライアがそれの正体を知って奪取するなどして一人で入らぬように、あおのディスクを主人公にも鍵だと知らせずに渡したのだろう。
主人公がいるのであれば、仮にあおのディスクの使用法に気付かずにゼロラボに入れなくても、ブライアを一人で立ち入らせない最低限の条件はクリアできるので問題がないということである。(一応注釈を入れると、使徒説はレジェンズアルセウスの一連の流れを受けて考えねばならなくなった故に提示している。別に「オモダカもクラベルもアルセウスがどうとかは全然知らなくて、単に主人公の類稀なる善性と実力によって大事なくテラパゴスを確保できるという常識ラインで判断した」としても成立はする。)
そもそもパルデアの面々とブライアには信頼関係の薄さが随所に見受けられ、超然として見えるオモダカを含めパルデア側は彼女の圧力を何とかいなそうとしている。クラベルと同じ研究をしていたというシアノもブライアの行動は「任せっきりでわからない」ととぼけたように嘯くが、彼は学長なので当たり前だがテラリウムドーム建設の予算に関わり、ブルーベリー図鑑を完成させるとその数が全てであることを把握している発言をするなど、学園の内情はしっかりと見ているのにそれを隠している節がある。
ここから垣間見えるのはオーリムやフトゥー、主人公が入るのは問題がないが、ブライアのような人間を一人で入らせてはいけない性質が大空洞にはあり、そのためポケモンリーグとクラベル周辺の人間は彼女を極力退けたいという構造があったということである。
ゼロラボのエレベータの正体はタイムマシン?
そして、ゼロラボのエレベーターにはより重大な疑いがある。それはエレベータ自体もタイムマシンとなっているのではないのか?ということである。次に見取り図を示す。
てらす池で恐らく別時空かつ、主人公らの体験した時間と比べて過去の博士と思われる人物と再会してブックを交換したことで、博士とペパーの人生は改変された雰囲気が出た。あれで何も変わらなければ何だったのかよくわからない。だが、主人公の時空では「番外編」に時間が進み、ペパーがネグレクトを受けた事実に変わりはなく、親である博士は死亡したままのことがわかってしまった。それなのに大空洞で読めるメモ書きには主人公と出会ったことが書かれている。主人公と博士の奇跡的な出会いは無駄だったのだろうか。ホワイトブックが今の博士の家から見つからないのは何故だろうか。
そこで考えられるのは、「主人公の行くことが出来る大空洞だけてらす池で出会った博士の時空」なのでは?という仮説である。だいたい、状況的にはそうでなければメモ書きと事実の話が合わない。思えば、ブライアとエレベータに乗った時の会話は、アインシュタインの相対性理論の説明に使われる「エレベーターの思考実験」を前提にしている節がある。当初は彼女が案内先を誤魔化されていることを疑って高尚な嫌味を飛ばしているのかと思いもしたが、台詞を読み直す限りそうではなく、この狂人は単純に期待に満ち溢れている。
このアインシュタインの思考実験は、「エレベータという窓もない密室で自由落下した時と、宇宙空間の静止した窓のない密室にいた時、どちらも重力を感じないが窓がないので自分が落ちているかそうではないかの区別をするのは不可能である。であれば、加速度でかかる力と惑星上で感じる重力は同じものと考えてよいのではないか?」という相対性理論の支柱となる「等価原理」を感覚的に訴えてわかりやすく説明するものである。
何故この話がここでされるのか、演出が何が言いたいのかを推測するならば、「具体的に自分たちがどう動いているかわからないのなら、必ずしも感覚通りに下に向かっているとは限らない」ということの示唆とも解釈ができる。例えばアローラの主人公がウルトラホールを進む際はワイルドにポケモンに乗るが、より科学技術的に器用な者がホールを開きその構造内にエレベータ状の施設を建設し、より安全な経路を確立していたとしたら?その乗り物に乗って感じるGがたまたま下降する際のそれと同じだとしたら?
つまりこの仮説のここまでの結論としては、「あおのディスク」はエレベータという世界線すらタイムマシンの行き先を変えているものであり、エレベータに乗った主人公たちが辿り着いた場所はホワイトブックが手渡された博士のいる時空ということである。
またこの切り替えはタイムパラドックスの唯一の具体的な物的証拠である、タイムマシンのキーであった主人公の時空の博士のブックを封印してしまっている。今現在、主人公の時空にはてらす池で交換したブックと合わせて二冊あるはずで、この物語を通して同時空にある二つの同じものがあるのはこれだけであるが、確認が出来ないため、見た目上はパラドックスがあったことを主人公の記憶以外で立証するものがない。博士はせめてペパーの前に現れてやってくれとしか言いようがない。
見当たらないゼロラボの出入口
前項目の構内図に記したが、地味に見当たらないのがゼロラボのまともな出入口である。主人公らが入るのはあくまでもダクト構造の破損したと思われる場所で、内外のレンズシャッターのような開閉機構の間にある。このダクトはこれまでの経緯からは召喚されたパラドックスポケモンの通り道が用途であり、どう見ても正規の入り口ではない。よくわからないのは何故破損しているのか、仮に破損前には人間用のドアが付いていたとして何故共通にしたのかということである。
普通に考えれば、元々は他に出入口があったが結晶体に覆われて見えなくなっている内部にはダクトの割れ目以外にドアの類がない。つまりエレベータの「上ボタン」から存在が示唆される上層階に出入口があったことになる。確かに外から見るとゼロラボの建物と通り道が接している場所があり、そこは結晶体に完全に覆われて内部を見ることはできない。よって他に出入口があるとすれば、この位置であったということになり、ゼロラボは本来上層階から入るものであったと推測でき、主人公らが入る部屋はそもそもタイムマシンの部屋を除いて最下層のエレベータ以外には出入りする手段はなかったものと思われる。そうであればひとまず納得はできる。しかしここでまた謎が生じる。
何故パラドックスポケモンが「内部に漏れない」のか?
ダクトは壊れていて、今はそこから入るしかなく、そしてその部屋は本来エレベータの他に出入口はないまではわかった。しかし、それでは、主人公たちが最初にたどり着いた時にパラドックスポケモンが真っ直ぐに出てきたことが奇跡的に思えてくる。主人公たちが対処せざるを得なくなったように、人に襲いかかってくる彼らが出て来てすぐ近くにいた博士AIやその他の物体には見向きもせず外に出てきたということになる。博士AIは常に送り込み続けていると話していたし、それならば普通は先に目に付くダクトの割れから出るものもあるだろうが、主人公らが入ってみると博士AI以外はもぬけの殻で、そんなことはなかった。 ここまで来るともはや「タイムマシン」である領域のラインを更に拡げる検討もしなくてはならなくなる。
ゼロラボ内の技術水準のムラ
「どこまでがタイムマシンか?」ということを考える上で、地味に不審な点を挙げていく。
まずゼロラボの現在の入口を見る。高度な金属技術の賜物と思しき六方に備え付けられた円筒の部品はあたかも結晶体に飲まれることを拒否しているようである。そしてスロープをのぼると恐らくポケモンを通す際の警告ランプがあり、人が入る際のための黄色い手すりがある。ダクト状の通路にはレンズシャッターのような開閉機構があり、たくさんの何かの機能を持った孔があり、ライン状の赤い光が灯っている。なるほど科学技術レベルは現代のようであるし、もしくはそれ以上である。
しかし次に中に入ると、急激にその水準は退行する。入口と比べるとやけに安っぽく厚みも薄いダクトはおよそまともな金属かどうかも怪しい割れ方をしており、ダクトに沿わされていたのであろう配管、配線も千切れて完全に停止している。これらは稼働していた外の設備につながっているのではなかったのだろうか。外の現代的な設備はどうやって動いていたのか?
そして部屋を見渡しても、タイムマシンを現役で研究していた者の部屋とは思えない、かなりの異常さがある。まずコンピュータが古過ぎるのである。ぱっと見は我々の世界でいえば七十年代から八十年代のものと言ってよい。大穴の外では薄型液晶のノートパソコンが一般的であり、大穴に戻る直前まで博士がいたコサジの灯台の研究所のパソコンもマルチディスプレイを効率的に用いた現代の天才にふさわしい構成になっていたのに、この内外の差は我々の尺度で言えば最大五十年程度あることになる。いざ大穴に戻った博士が、性能にして数万分の1にまで下がるであろう古典も古典のコンピュータとホワイトボードと手書きの書類の束で何をしようとしていたというのか?
部屋の状況から見ればテラスタルの研究であるようで、テラレイド結晶の培養のようなことをしているように見え、この研究を博士が行なっていたのは少なくとも十年前である。ゲームフリークの時代考証ミスでなければ、この風景は十分にパラドックスの範疇にある。
そしてパラドックスポケモンが横を通過していた筈なのに無事で、スリープモードだったのか久しぶりに動いたような博士AIに迎えられてエレベータに乗せられる。
タイムマシンの部屋に着くと、結晶体を加工したものと思われる三角状の板で精緻に埋め尽くされた大きなドーム構造が現れる。博士AIに促されるまま博士のブックを置くと、戦闘が始まり、主人公は博士AIに勝利する。しかしタイムマシンの停止を阻止したい博士の意志がプログラムとして組み込まれた恐らく最高位のシステムから博士AIの上書きが命令される。すると床から立ち上がって出てくるのが結晶体のエネルギーを最大まで印加されたコンピュータと思われる巨大構造物である。博士AIを演算していたのはこのコンピュータと思われ、前述したが因果律にすら干渉する気配がある。博士AI自身も述べるように現代の水準を大きく超えるものであり、先ほどの黎明期のパソコンから比べると今度は数十万、数百万倍すら超える性能になっているように見える。
そして最終決戦後にあおのディスクを用いてブライアらと訪れる大空洞にはちょうど現代の形式と言えるデスクトップパソコンが置かれており、ここは大穴の外の水準と言ってよい。
このように、ゼロラボはさまざまな時代のコンピュータが入り混じっていることになっている。これをどのように説明したらよいのだろうか。
つぎはぎのゼロラボ内部の時空?
ここまでで挙げたゼロラボ内の風景には時間経過を示す二つのラインがある。それはいま言及したコンピュータの新旧と、博士の研究の進捗度合いである。
具体的には、①七十年代の部屋・十年前の結晶体研究、②現代の部屋・大空洞とテラパゴス研究、③結晶体を加工可能な異常に科学技術の進んだ部屋・実現したタイムマシン研究の関係性である。博士の年齢を四十代と見積もると、学生時代はおよそ二十年前から遡らないことになるのでそれでもこの異様に古いパソコンがある風景はおかしく、仮に今現在を2023年とすると、テラスタル研究については2010年代に当たるわけでこれもまた辻褄が合わない。例えば基幹システムが建造された年代のものに固定され、施設が古びていくのはありがちであるし、博士が来る前に計画が凍結されていたことから、その時期のものがそのままになっている可能性も考えられないこともない。だが研究を再開するにしても外からやってくるわけで、その再開時点の最新式のパソコンの一つも持ち込んでいないのは不自然の一言に尽きる。
これを説明するには、ゼロラボは部屋ごとに時空と世界線が異なっているということまで想定しなくてはならなくなってくる。
具体的に仮定をすると最初に入る部屋の「素材技術や電子技術が七十年代水準程度で、テラスタル研究の進捗自体が進まぬままの状態のゼロラボ」とゼロラボ外側とタイムマシンの部屋の「我々とコンタクトした、タイムマシン実現に至った世界線」の二つがまず考えられる。この場合、博士AIがいつからあそこにいたどのような世界線の存在なのかすら全く不明になる。過去に何かがあり、あの場にいるしかなくなり、あの瞬間に主人公がやってくるまで世界が一巡するような時を固まったまま待ち続けていた別の世界線の存在と言われても否定材料がないのである。そして更なる不審な点はとしては古びた機器と通販ダンボールに混じり、比較的真新しいボタンの部屋にあるのと同じピザの箱があることである。博士AIは恐らく飲食は不要であるので、博士が亡くなってからしばらく経つこの場にピザの箱があるのは不自然である。故にこの先は遅れている時空である可能性に加えて、主人公が入る直前まで人間の誰かがいた、という観点も考えなくてはならない。
最後に大空洞であるが、ここのパソコンは現代のものであるとして何も違和感はないが、ホワイトブックを渡された博士のメモ書きがあることから、主人公の世界線でないことは確かである。ひとまず三つ目の世界線としても問題がなさそうであり、いよいよ全ての部屋の時空がチグハグになっている可能性が高くなってきた。
そして、これらのことは、我々が思うよりも頻繁にゼロラボ内部の時空は切り替わっていた可能性を示す。
例えば前述の疑問の「何故パラドックスポケモンがダクトからゼロラボ内部へ漏れなかったのか?」というのは、博士AIがゼロラボへ入る事を許可する前に主人公らが見たパラドックスポケモンがダクトから出てくる時点のゼロラボ内部は、主人公が入る直前まで「タイムマシンが実現され、ダクトは割れておらず、パラドックスポケモンがまっすぐ出て来れる時空」の姿に切り替えられていた可能性がある。これは楽園防衛プログラムがチラ見せしたゼロラボ内で行使可能である可能性のある因果律改変機能が関わっていることが十分に考えられる。
次回は世界線プラスαを考えてみたい。
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