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1000円で東京から関西の実家まで帰る方法【ジャグラー】
はい。バカです。
でも上京民ならわかってくれると思うが、東京〜大阪間って、新幹線に乗ったら普通に片道14,000円とかするから財布に会心の一撃なんよな
なんとか片道2,000円とかで帰る手段は無えかな〜と日々考えあぐねていた時、ひとすじの光が見えた。
「初めて降り立った土地のパチンコ屋さんでジャグラーを打つと、必ず勝つ」というジンクスがある。
誰が言い出したのかは知らんが、自分の周りでまことしやかに囁かれていた。
さて、そもそも「ジャグラー」とは何か?
ご存知でない方のためにご説明しよう。
ジャグラーとは、この世で一番簡単なパチスロの台である。
パチンコの「海物語」という台をご存知だろうか。おそらく名前くらいは聞いたことがおありだろう。
ジャグラーはスロット界の海物語だ。それぐらい有名な台だと思っていただければよい。(海物語のスロット版もあるからマジでややこしい)
子役界の芦田愛菜、お寿司界のマグロ、YouTuber界のヒカキン、海界の太平洋、ピクニックに持って行く軽食界のサンドイッチ、教育評論家界の尾木ママ。
カレー界の松屋。パンツ界のチャンピオン。
台の特徴として、本体にでかでかとピエロが描かれており、左下に「GOGO!」と描かれた青いビックリマークみたいなところがある。
1000円を入れて、とにかくリールをブンブン回して(だいたい2〜30回ぐらい回せる)、その間に「GOGO!」が光れば勝ち、光らなければ負けという、チンパンジーのみなさんでもわかるクソシンプルな仕組みだ。
当たりは2種類あって、2000円もらえる小当たりと、5000円もらえる大当たりがある。
「ギャンブルなんかやらない方がいいよ」と言いたげな顔をしているそこのあなた。あなたに言いたい。
まったくもってその通りだ。
ほんまに。
こんなことをしているくらいなら絶対に働いた方がいい。
しかし、当時はそんなことを言ってられないくらいお金がなかった。
「知らない土地でジャグラーを打てば勝つのなら、
知らない土地に行き、そこでジャグラーを打つ。
勝ったお金で在来線に乗り、また知らない土地へ行く。
そこで打つ…を永久に繰り返せば、
実質タダで実家に帰れるのでは?!」
そう思い立ち、好奇心の大海原へと漕ぎ出でた。
〜1日目〜
◆海老名
友達と海老名駅で遊んでいた。現地解散した。
財布の中にはなけなしの1000円。
クッシャクシャで頼りない、今にも泣き出しそうな野口の顔を指でさする。
帰りたい。
東京の家は「帰る」場所ではなく「戻る」場所だと昔から思っていた。
自分は東京に住んでいるのではない。長いこと宿泊しているだけだと。
実家で待つ両親の顔、地元の連れの顔、好きな店の店主の顔が目に浮かぶ。
…よし。この1000円でなんとか実家に帰ろう。
小田急海老名駅の近くにあるどデカいパチンコ屋に行って、ジャグラーをさがす。
大抵のパチンコ屋さんには、ジャグラーは「さがす」必要もないぐらいギチギチに並んでいる。
てきとうに座って打ち始めると、すぐに「GOGO!」が光った。
このちっこい光を見るためだけに来ている。
しかし小さい方の当たりであった。無念。
ちがう台に移動し、先ほど当たった分をぶちこんで打ち始める。
またも、GOGO!
こちらは大きい当たりであった。
しめて6000円ほどの勝ち(+オマケのどん兵衛)。
これらを持って、電車に乗り、南下していく。
本当は6000円全部使えば割と遠くまで行けるのだろうが、時計はすでに16時を回っていた。
途中下車することを考えると、今日中には実家に辿り着けそうもない。
ひとまず、神奈川の南の海岸沿いにある「茅ヶ崎」という駅が少し大きそうだったので、今宵の寝ぐらをそこに決めた。
あいにく野宿できるほどのサバイバルスキルを必要とする環境で育ってこなかったため、宿泊費と、次の街でまたジャグラーを打つための軍資金を残しておかなければならない。
今後の命運、すべてがこの6000円にかかっているのだ。
一手一手が命取りになる。油断は決して許されない。
JR相模線の窓から見える空も次第に暗くなっていく中、
脳みそをフル回転させながら所持金の綿密な使い道を10円単位で計算していると、
列車はゆっくり 次なる街、茅ヶ崎に上陸した。
◆茅ヶ崎
話は変わるが、茅ヶ崎駅のちかくには地元の人もあまり気に留めていない「大龍」というディープな街中華があり、このお店が大変に素晴らしい。
妙に薄暗い店内に、ブラウン管のテレビ、頑固そうなオヤジさんが一人。
壁に架けられたメニュー表には「ラーメン 300円」。
大ぶりで餡の量も絶妙な焼餃子(400円)もさることながら、特筆すべきは名物「大龍焼きそば(550円)」。
塩焼きそばと紅しょうがの上にスパイシーな醬がかかった逸品で、ひと皿で二度おいしい、ビール(550円)の相方にもってこいの絶品だ。
ふぅ。
⚫︎お会計
ラーメン
焼きそば
餃子
ビール
計 1800円
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やってしまった…。
観光気分で大散財。
さっき定期に千円チャージしたので持っているお金は一気に3200円になってしまった。
アホすぎる。救いようがなさすぎる。
酒でも飲まなやってられっかいと、さらにバーに行った。
アホは加速する。誰にも止められないぜ、おい。
「Bar 蜜柑」
記憶が正しければ、5席しかないバーだった。真ん中に座った。昼は喫茶店らしい。
クラッカー1枚だけの上に、塩昆布と、味噌と、クリームチーズが乗っているだけのお通しが、ハゲ散らかすほどうまかった。
落語がめちゃめちゃ好きなんですという話をすると、推しは誰だと聞かれたから、古今亭志ん松さん(現在は七代目志ん橋)ですと答えた。左のおっちゃんは小痴楽が好きらしかった。
1500円使った。凹んだ。
でもまだ飲みに行った。
「BAR MAIN」
ダンディな店主が一人で営む、すばらしく綺麗なオーセンティックバーだった。
30歳ぐらいのパーマの兄貴が一人で飲んでいたので仲良くなった。
寂しかったので「朝まで飲もうぜ」と言うと「ラーメン行こうぜ」と言われた。完全に無視した。
すでに夜中の1時。茅ヶ崎ではこれ以降開いているお店はなかなか一見では入りづらいらしく、兄貴のお金で隣駅の「辻堂」という街までタクシーに乗せてもらった(ついでに1700円しか持っていないと伝えると、飲み代もおごってくれた)。
◆辻堂
おい!!タクシーに乗ってきたはいいものの、店がどこも開いてねえじゃねえか!!!
街にはあんまり光が灯っていない。そしてとにかく寒んむい。
情けなく男二人、身をちぢこませながら、さびしい街を徘徊していると、
遠くに見える公園で、どうもチャラそうな若者3人が飲み会しているらしかった。ワン缶というやつだ。誰がどう見ても身内ノリで盛り上がっている。
異邦人にはつけいる隙もない。
突撃した。
背に腹はかえられん。
そしてめっちゃ良い人達だった。
めちゃめちゃ仲良くなった。
20歳そこそこの若い人達だったが、連れてきたパーマ兄貴がめっちゃ女の子に接触しててキツかった。
平塚ってとこの海鮮丼がめちゃめちゃうまいと教えてもらった。
近くに快活クラブがあったので、シャワーを浴びて少し寝た。
〜2日目〜
◆平塚
朝起きて調べてみたら辻堂とは逆方向の、茅ヶ崎の隣の駅だった。
朝イチでジャグラーを打つと、一度ゼロになった所持金は4000円まで増えた(何気にここで負けたら詰んでいた)。
腰が車海老ぐらい曲がったおばあちゃんと、気前のいいおばちゃんが営む寿司屋の海鮮丼はめちゃくちゃうまかったが、1300円もした。保有資産が一気に2/3になった。
そういえば茅ヶ崎からほとんど近場ばっかりやないかと思い、ドーンと移動すべく、思い切って熱海へ行った。
◆熱海
ひとつだけ言えるとしたら、確実に所持金2500円で来る町ではなかった(ジュースを買った)。
宿がマジでない。いや、もちろんあるんだが、皆さんご存知のとおり、高すぎる。普通に5万とかする。
それに食べるものも高い。そういや熱海って観光地やん。
まず資金調達だ。
熱海に1個しかないパチ屋はめちゃくちゃ人がいた。
狭い上に空気が悪く、暗くて、変に暑くて、クソ殺伐としていた。
俺んとこのGOGO!が全然光らない。こんなにも俺は光らせてきたというのに。
隣のおっさんが話しかけてきた。「兄ちゃん、そろえてくれや〜」
そう、ジャグラーには、というかスロットには「目押し」なるものが存在する。
GOGO!が光った後、高速で回転するリールから 自力で「7」を3つ見つけて、タイミングよく止めないといけない。
俺は当たってないのになんで知らんおっさんの目押しをやらなあかんねんと思いながら、リールを止める。デカい当たり。
その後も自分の台を回すが、全然当たらない。ヤバい。
焦っているとまたもおっさんから「ゴッメン兄ちゃん、まただ」と目押しの依頼。
今度は小さい当たりだった。おっさんからちょっと睨まれる(なんでやねん)。
結局、自分のとこは小さい当たりしか出ず、±0くらいになった。
おっさんからは同情のまなざしを向けられた。せっかくの人生初熱海なのにクソみたいな滑り出しだ。
そうは言ってもお腹は減る。
熱海銀座通りというところをうろついていたが、マジで一人で入れそうな店がない。みんな団体の旅行客ばっかりだ。
だいぶ郊外まで歩くと、さびしい街中にぽつんと「焼鳥」の文字。
いかにも大衆店らしい黄色い看板。
実は焼鳥はそんなに得意ではないのだが、入ってみた。
「やきとり 鳥満」
5席しかないカウンターに通されると、左にはおばちゃん二人組、右には横目で見るに多分めっちゃ美人そうな、30ぐらいのお姉さんが一人で飲んでいた。さっきからカウンター5席ばっかりや。
だるい絡み方をしてくるおばちゃんを速攻で振り切り、爆美女に話しかける。
俺「お一人で飲まれてるんですか?」
女「お、よくコレ(自分)に話しかけようと思いましたね〜〜」
ムチャクチャ変な人だった。しかもお酒がまったく飲めないらしく、シラフでこれだった。
年齢は10コぐらい上だった。あした昼にカレー屋に行くから一緒に行こうと言われた。
そうこうしてたら焼鳥が来た。正直マジで話にならないぐらいうまかった。びびった。変人女は眉毛以外の表情筋を一切動かさずにバクバク食っていた。
二軒目は酒が飲めねえくせにワインバーに連れて行かれた。無味無臭な会話を繰り広げた。
帰り際、
「私こっち(宿)なんですけど、どこですか?」
と聞かれた。
実は、その時には既にこっそり宿を見つけていたのだが、それは当然熱海ではなく、急行で隣の三島という駅から1.5km離れた快活クラブ(またか)だった。
「あ、俺こっち(駅の方)なんすよ」
「あらそうですかー、ではまた明日」
さも熱海の駅近の高級ホテルに泊まっていそうな雰囲気だけ出してやった。
別れた後スマホをいじると三島行の終電がかなり近づいていることを知り、女性の姿が見えなくなった瞬間心臓が飛び出るほど走った。実際駅までものすごい勾配のうねうねの登り坂なのでマジで死ぬかと思った。
◆三島
あんまり覚えてないけど、たぶん三島に着いてからも2軒ぐらい飲んだ。所持金マイナス。清々しいほどタイトル詐欺である。
快活に着くともうマッサージチェアの席しか空いてなくてかなり絶望した。ポッキンアイスぐらい心が折れた。なんとかリクライニングして、いちばん真横に近いと思われる姿勢の状態で一時停止して寝た。翌日腰がなくなった。
〜3日目〜
◆熱海(2回目)
マッサージチェアなんかで寝れるわけねえだろ
しっかり寝坊して美女とカレーに行けず。
不眠で目が腫れた野獣(笑)は美女の勤め先へのおみやげ購入に付き合った。
その気になったらチカンを撃退できるぐらいデカい沢庵を買っていた。こいつマジかと思った。
美女はふだんは東京に住んでいるという新事実がここで判明した。
ふだん東京の悪口ばっかり言っているくせに、こういう時は一丁前に「東京でまた会いましょう〜」と約束して別れた。
かなりすぐそこに静岡駅があることを知り、ふたたび南下した。
◆静岡
呉服町で喫茶店に行った。カウンター5席だけの(またか)、またど真ん中に座らされた。ブティックを併設していた。
くっそオシャレなおばあちゃんが一人で経営していた。四代目とか言っていた。
後からおじいちゃんとおばあちゃんがめっちゃ来て死ぬほどからまれた。
コーヒーとお茶とチョコとお水と、どんどん出てきて、500円だった。お金をとられるだけの、ばあちゃん家だと思った。
話は少しそれるが、この旅をはじめる少し前、名古屋の大学の演劇部の皆さんと仕事をした。友人の卒業公演の劇伴を20曲ぐらい作った。
自分が大学生になったのかと錯覚するほど、すごく楽しくて、幸せな日々だった。
帰りの、のぞみから中央線に乗り換えた瞬間、とつぜん東京の「現実」に引き戻されて、重力で動けなかった。
1日目、ぼくは海老名で、まさにその瞬間OBになったひとりと会っていた。
そして、「またね」と別れたあと、
ぼくは東京の家へ向かう方とは逆の電車に乗って、ここまで来た。
静岡にはOBの、別のひとりが住んでいた。
ひとりだけもう社会人。ひとりだけ静岡住み。
「なんで愛知に住まんの」と聞いたら、
「たまに帰ったらみんなめっちゃ喜んでくれるから」と言ってきた。
また、地元の連れの顔が浮かんだ。
部屋の電気を消してからも彼はずっとしゃべっていた。笑うと目がなくなる。それはぼくも同じだ。
〜4日目〜
翌朝、会社へ出勤する彼を見送ってから、新静岡駅でさわやかハンバーグを食べた。
両親は、やっぱり俺に、あんな風にふつうに会社勤めして欲しかったのだろうか。
世に言うサラリーマンとして、週5日ないし6日まっとうに働き、安定を手にし、
年頃の女性と出会い、恋に落ち、不自由のないくらしをして欲しかったのだろうか。
ハンバーグは、1日目に海老名で教わった、ツウな食べ方をした。
彼女も本当は地元の静岡に帰りたがっていた。
静岡のパチンコ屋は今にも(物理的に)潰れそうだった。もちろんボコボコに負けた。店に入る前から「これは負けそうだな」と思っていた。
実家はまだまだ遠い。
所持金をすべて失い、しかたなく無理やり生み出したお金で東京へ引き戻された。
人が少ない駅から乗り換え乗り換え、東京が近づくにつれて、あの時と同じ重力が、肩の上からズーンとのしかかってきた。
静岡から東京、行きはあんなに苦労して来たのに、ほんの3000円くらいだった。なんなら新幹線もあった。
マジで疲れたな〜と思うと同時に、あと何回くらいこういうことが出来るだろうなとか考えていた。
疲れた。
もう疲れた。
それでも進み続ける。
いろんな人との約束を果たせなかった。
いろんな人との手を離してしまった。
それでも続く。
ズーン。