宇宙の広がりと謎のハガキ【短編小説#1】
「いやあ、流石に何でもできますね。」
「そんなそんな。これくらいのことでしたら、そちらのNさんもちょちょいと済まされると思いますよ。」
「ええ、彼も優秀なんですよ。にしても凄いですよね、今の若い子達は。完璧に理解していないにも関わらず、恐れずに操作して。そうこうしている内に、ある程度は使いこなしていきます。」
「仰る通りですよ。でも、見ていると冷や冷やする瞬間もあります。危うくのところで回避したりして。だから見ないようにして、報告だけを受けるような時も正直あります。」
たわいもない会話を交わしていたが、少し失礼しますと言って、先方は席を外した。
ふう。と私は背もたれに背中をつけた。会議室の中央には、長机が6つ詰めて並べられ、まるで大きな一つの机のようになっている。その周りには、黒い作業イスが机を囲むように置いてある。敷地内に噴水があるためか、水の流れる音が微かに聞こえており、カーテンから入る陽光も暖かく、心地よい空間である。仕事を放り出して、どこか遠くへ行きたいような気分に駆られた。
5分ほど経つとまた先方が会議室に入ってきた。
「失礼します。佐藤さんがいらっしゃる間にこの作業を仕上げたくてですね。隣で作業を進めてもよろしいでしょうか。質問が出たらまたお聞きします。」
はい。遠慮なく。と回答する。
会議室には相変わらず、水の流れる音が心地よく聞こえる。お互い、キーボードを叩いて作業を進める。私は先方が何をしているのか知っているが、先方は私が何をしているか知らない。おそらく、本社に提出する資料を作成していたり、あるいは、他の担当先からのメールを返信していると思っているのだろう。私も時より、考えたり、画面を変えたりしながら、作業を進めている風にしている。
が、それは、嘘である。演じている。私はこの穏やかな空間の中で、
宇宙を拡大させていた。
ある時お世話になった親戚のおじさんに一人呼ばれた。叔父さんが病に倒れる数ヶ月前のことである。
「君に頼みたいことがあるんだ。いや、そんな難しいことではないんだけどね。でもこれはこの地球上で一人しかできない仕事なのだ。」
「随分と畏まって。なんでしょうか。ちなみにそれはお話しを伺った後にお断りすることはできますか。」
「それは残念ながらできない。これは覚悟を持った一人しかできない仕事だ。しかし全く苦労はしない。その分、お金も発生しない。しかし気をつけなければいけない時もある。まぁ基本的には大丈夫だが。私の周りにいる人の中では君が最適だと思うのだ。やってみないかね。」その時の私はなんだか妙にその話に取り憑かれた感じがあり、先のことは深く考えず了承した。何を隠そう、そのおじさんから依頼されたのが、宇宙を拡大させる仕事である。
宇宙の拡大の仕方は信じられないくらい簡単だった。「宇宙拡大」と文字で書くだけで宇宙が拡大するらしい。しかもペンでもキーボードでも文字を書いたり、打つだけでそれは完了する。
そんな馬鹿げた話あるわけない。だって証明のしようがないじゃないかと言うと、おじさんは面白い話をした。宇宙を拡大した後、5営業日以内に、差出人不明のハガキが自宅に届くらしい。そこには、「XXX光年、宇宙を拡大しておきました。」とだけコメントが書いているとのこと。拡大したことを誰に伝えているわけでもないのに、ハガキが届くそうだ。そこで初めて、どれくらい拡大されたか定量的に理解できるらしい。宇宙拡大と1回書いて、5光年増えることもあれば、100年しか増えないこともあるそうだ。なんとも気まぐれである。
「宇宙の謎解明とか。宇宙は縮小している。とかそういう話を巷でよく聞くが、だいたい真理というものはこういうものだ。私の代でできる限り宇宙を拡大しておくから、まぁ後は気ままにやってくれて良いよ。」とおじさんは話した。
おじさんが亡くなってから、その仕事を私は引き継いだ。
そして、今、私は宇宙を拡大している。引き継いでから3ヶ月間くらいは拡大することを忘れる日もあったので、月に一度「宇宙拡大」と100回まとめて書くことにしている。その日が今日である。
ちなみに宇宙が拡大される仕組みは完璧に理解していない。理解のしようもない。拡大が続いて自分に何か変化があったわけでもなければ、感謝されたこともない。もちろんこれは誰にも言っていないし、言ったところで信じてもらえないだろう。変わったことといえば、5営業日以内に、宛先不明のハガキが届くくらいである。
「あれ、おかしいな、、なんでだろう。すいません、佐藤さんご質問していいですか。」
「はい、どうされましたか。」
「この質問項目をコピーして、この次にもっていきたいんですが、固定されて動かなくて。どうすればいいですか。」
「それはこうするとできますよ。あれ、、本当だ。。動かないですね。どうしてだろう。」
「いつもは動きますよね。おかしいな〜〜なんでだろう。あの〜すいません、ちょっとトイレに一瞬行ってきていいですか?パソコン操作しておいてもらって大丈夫です。」
私はどうすれば項目が動くがあれこれ操作しながら試行錯誤をしていたのだが、ふと、「宇宙」という名前のタブが開かれていることに気がついた。偶然か必然か、そのタブが自分に何かを訴えかけている気がしたのだ。本来ならそんなことしないのだが、何故かその時は無意識に吸い寄せられるようにして、そのタブを開いてしまった。
思わず、息が止まった。
そこには、びっしりと、「宇宙縮小」と言う文字が書かれていたのだ。
私は凝視してしまっていた。そして、どういうことか咄嗟に頭の中で考えようとしていたが、パニックで考えがまとまらなかった。宇宙縮小?この人は何を書いているのだ?拡大する仕事があれば縮小する仕事もあるのか?でも何のため?この人は私が拡大していることをもしかして気づいているのか?いや、そんなことないだろう。これはただのメモに過ぎないのでは?いや、ただのメモで宇宙縮小と書くやつがいるか?
私はいよいよ訳が分からなくなり、頭がくらくらしてきた。いけない。いけない。質問されたことを先に解決する方法を考えないと。しかし、当然切り替えることができず、私は目を閉じて、意識を変えようとした。その瞬間、私ははっとした。
私の背後に誰かが立っている気配がした。
完
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