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嘘をつく新聞【短編小説#25】

あの新聞は嘘をつく。
事実ではないので、読むに値しない。
と、創刊当初の評判は散々なものだった。

それが今ではどうだろう。皮肉なことに、大手新聞社と肩を並べる程の部数を誇っている。

紙媒体はなし。全てオンライン上の記事である。

他の新聞とまったく異なる特徴。それは、嘘が散りばめられていることである。書かれているのは、事実と嘘。

例えば、あるQ新聞社が記事にした、東京都で起きた殺人未遂容疑者逮捕の内容。

そこには、殺された男性の年齢と現場の状況、容疑で逮捕された相手の情報と動機が記載されている。

一方の嘘が散りばめられた新聞は、同じ殺人未遂容疑者逮捕の内容を取り扱っていても、内容が異なる。

そこには、殺人した容疑者の動機が事細かに書かれている。どうして殺さなくてはいけなかったのか、そこに至るまでにどのような心の葛藤があったのか。どうして殺人という行為に踏み切ってしまったのか、その微妙な心の機微が、読者の胸を打つように描かれている。が、それは美しい嘘なのである。

この新聞を創刊した代表はもともと、大手新聞社で記者をしていた。誰よりも事実を伝えようと、熱心に取材をし、正しい情報を読者に伝えるために、言葉選びも慎重だった。

しかし、彼が担当したある事件に嘘の記述があったのだ。取材し、聞き取った内容に間違いはなかった。しかし、被害者本人から取材した内容自体が事実と異なっていたのである。

その時、彼は事実も話す人によって事実ではなくなる、つまり嘘になることを悟った。

時に、事実よりも美しい嘘が存在し、それが人々の殺伐とした日常を癒すこともあるかもしれない。人々の心を動かすこともあるかもしれない。そう実感して、新聞を創刊したのである。

その新聞は今日も多くの読者に読まれている。創刊当時から名前が変わったが、今でも事実を報道するふりをして、美しい嘘をつき続けている。
しかし、読者は嘘だと気づかなくなってきているようである。

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