うろうろの果ての眺望:クリエイティブリーダーシップ特論 第4回 鈴木潤子さん
このnoteは武蔵野美術大学 大学院造形構想研究科 クリエイティブリーダーシップコースの授業の一環として書かれたものです。
武蔵野美術大学 大学院造形構想研究科 クリエイティブリーダーシップコース クリエイティブリーダーシップ特論 第4回(2021/05/03)
講師:鈴木潤子さん
鈴木さんは時事通信社、森美術館、日本科学未来館での勤務を経て独立し、現在はキュレーターとしてご活躍されています。
今回の講演のタイトルは「学びとアートとキュレーション」
現在制作中の「なおえつうみまちアート」の紹介を通してアートやキュレーションの実践についてお話し頂きました。仕事との向き合い方や、学びの在り方について改めて考える契機となるご講演でした。
なおえつうみまちアート
なおえつうみまちアートは上越市にて8月から約2ヶ月に渡り開催されるアートプロジェクトで、鈴木さんがキュレーターを務めています。
イベントは「未来への交感」をビジョンとし、「うみ/まち/ひと」がテーマ。8組のアーティストが直江津の歴史や自然、文化的な背景を踏まえて、まちと住民とともに作品を作る。市民とともに描くなど参加型の作品も展示する。キュレーターの鈴木さんは「主役はまちと市民。アーティストと一緒にまちを歩いて作品を作る。それにふさわしいアーティストを提案した」と説明した。(引用:https://www.joetsutj.com/articles/73962078)
このイベントの主たる目的はシビックプライド(Civic Pride)の醸成にあると鈴木さんは述べます。地域の活性化というと、観光イベントなどで外部の人を動員し、経済的な恩恵をもたらすというイメージが強いですが、このプロジェクトでは直江津の自然や文化を市民が誇れるようになることを主眼に置いているといいます。
上越市企画政策部の池田浩部長は「コロナ禍の中でどのような形で地域づくりに取り組めるか。広域観光の側面は難しいが、地域の人が地元に自信を持ってもらい、直江津がおもしろい街だと感じる機会にするよう、取り組むことが必要」と開催の意図について話しています。(引用:https://www.joetsu.ne.jp/143209)
プロジェクトの具体的な内容についてはまだ公開できない部分も多いようでしたが、なにやら挑戦的な取り組みが進行中の模様です。
一方的なラブレター
アートに対する鈴木さんの熱い想いの源泉は、他でもない誰よりも自分が見たい、そして見せたい、という思いにあるようです。参加するアーティストの方々には、作品は人々への「一方的なラブレター」だと語りかけるそうです。キュレーターとはまさに、アーティストとともに未開の地を切り分け、世界にはこんなに素晴らしい景色があるんだという眺望を示すパスファインダーなのではないかと感じました。なおえつうみまちアートのために、実際に上越の海辺に住み始めたという鈴木さんの熱意と圧倒的現場力が関係者や参加者を巻き込んで、プロジェクト全体の熱量を高めていくのだと思います。
寄り道と道草に無駄はない
本講演の冒頭で鈴木さんが提示したメッセージです。高校生の時に聞いていたラジオで紹介されていたプロジェクトから現代アートへの興味を持ち、何年も前に見た雑誌の1ページから展覧会を構想したという鈴木さん。一見無駄に思えるような経験が、思わぬところで実を結んだという体験は誰にでもあるのではないでしょうか。そうであるからこそ、幅広く様々なものを吸収することが重要なのだ
というメッセージとして受け取りました。
【感想】創発:一匹目のアリ
寄り道と道草の果てに素晴らしい眺望を提示するパスファインダー。そんな鈴木さんのお話しを聞いて「創発」という概念について改めて考えてみました。組織マネジメントやクリエイティブの現場で何気なく使用される「創発」という言葉は、実は生物学に由来する概念です。
創発(そうはつ、英語:emergence)とは、部分の性質の単純な総和にとどまらない性質が、全体として現れることである。局所的な複数の相互作用が複雑に組織化することで、個別の要素の振る舞いからは予測できないようなシステムが構成される。(引用:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%89%B5%E7%99%BA)
世界は階層構造にあり、下部階層における個々の構成要素の自由な振る舞いが、上部階層におけるパターンを生み出し、さらにそのパターンが下部階層の運動を間接的に支配するというのが「創発」の働きです。以下のアリの例が典型的な創発現象として紹介されています。
たとえば、一匹一匹のアリは獲物を求めてうろうろし、獲物を見つけるとフェロモン(誘引物質)を発して仲間を呼び寄せる。このアリは獲物を巣へ運び、分泌されたフェロモンはアリの通った地上に跡を残す。フェロモンに引き付けられた他のアリは獲物を発見し、最初のアリと同じ行動をする。こうしてアリの行列が形成される。運ぶべき獲物がなくなると行列は消え、フェロモンは蒸発し、個々のアリは獲物を求めてうろうろする行動に戻る。アリの個別行動が下位の行動、アリの行列が上位のパターンとなっていて、典型的な創発現象と考えられる。(引用:『暗黙知の次元』マイケル・ポランニー 高橋勇夫訳 訳注より抜粋)
この事例は二つの点で示唆的です。
一つは、「うろうろ」という個人の自由な運動が創発現象の起点になっているということ。獲物があるかはわからないけど「うろうろ」する。「うろうろ」の果てにおいしいものと出会えれば、そこでしるしを残す。そのしるしに惹きつけられて他のアリが続き、いいものがあることに後続が気がついていくと、ぽつぽつとした点線が徐々に道になり、最終的には行列になります。
二点目は、一匹目のアリの存在の重要性です。獲物の存在に気がつき、その在処を示す一匹目がいなければ、当然道はできません。
「うろうろ」の果てに獲物を捕らえ、他のアリにその在処を示すというのは、まさに鈴木さんの活動と一致するのではないでしょうか。そして、誰よりも強い想いで探索し、「一方的なラブレター」を送る鈴木さんのような存在が、一匹目のアリになりうるのだと感じました。
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