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つれづれ雑記*マッチの火、の話 *
ずっと前に「ファイアレスエイジ」という物語を読んだことがある。
時代は近未来。
安価で安全で安定的な発電技術が世界中に普及したために熱源や光源としての全てに電気が使われるようになり、危険極まりない「火」の使用は法律で固く取り締られている。
子どもたちは学校で火を使用することの危険性、非効率性、野蛮性を教え込まれ、もうその親たちでさえも「火」を見たことがない、そんな世界のお話。
私が子どもの頃は、家の中に常に火があつた。
お仏壇のお線香やロウソク。石油ストーブ。蚊取り線香。花火。
火を点けるのはマッチだった。
紙の箱の中に先端に頭薬がついたマッチ棒が入っていて。
箱の側面に塗ってある側薬をその先端で擦ると、側薬に含まれた赤燐が摩擦熱で発火する。頭薬に含まれた硫黄が燃え始めてマッチ棒の先に火が点く仕組みだ。
ごく幼い頃はマッチに触ると叱られたが、少し大きくなると絶対にいたずらをしないという約束で火の点け方を教えてもらった。
小学校でも、高学年の理科の授業でアルコールランプに火を点けるのにマッチの使い方を習ったが、大体のクラスメイトたちも親に教えてもらっていたのだろう、みんなちゃんと火を点けることができたと思う。
当時、安全にマッチを擦って火を点けられるということが、大人への第一歩だった。
喫茶店やスナック、うどん屋やお好み焼き屋などの飲食店のレジ横には店のロゴや電話番号の印刷された広告用の小箱マッチが入った籠が置かれていた。
我が家では、当時タバコを吸っていた父がそういうマッチをよくもらってきたのでそれで賄えていたらしく、市販のマッチはたまにしか買わなかった。
あの小さなマッチ箱の空き箱の同じサイズの物をいくつか積み上げ千代紙で巻いて、引き出しのたくさんついたミニ箪笥を作ったことを思い出す。
私が幼い頃に住んでいた地域に、昔、マッチ工場があった。
父と散歩をしていて、大きな建物を囲む塀に長さ30センチほどの薪?のような木材がずらっと立て掛けてあるのを見た記憶がある。
後からあれはマッチに使う間伐材を干しているのだと、教わった。
現在、日本でマッチを製造している企業は激減している。自動マッチ製造機があるのは3社だけと聞く。
マッチ以外に火をつけるもの、使い捨てライターやチャッカマンなる便利な道具の出現のせいではあるが、家庭で日常的に火を使うことが少なくなったことも一因だろう。
暖房はエアコン、調理はIH、お湯沸かしはティファール、電気蚊取り、仏壇の灯明もLED。
喫煙人口は減少の一途を辿り、何なら電子タバコにその座を譲りつつある。
今年の夏、我が家が購読している地方紙に「全国で唯一のブックマッチ製造、ついに中止」という記事が載っていた。
お若い方々はブックマッチはご存知ないかもしれない。
マッチ棒が箱に入っているのではなく、マッチ全体が紙製なのだ。
ちょっと言葉だけでは説明しにくいが、マッチ棒自体も紙で出来ていて、一本ずつちぎって使う。
ブックマッチを擦るときには普通の箱マッチを擦るのと違う、ちょっとしたコツがあり、それがカッコよくて男の子たちはその擦り方を覚えてわざわざやって見せたりしたものだ。
製造中止の記事が載ったとき、昔を懐かしみ、惜しむ声が多く寄せられたと聞いた。
マッチを擦ったときのシュッという音。
一瞬の間をおいて暗い中で魔法のようにホワッと燃え上がる小さな炎。
風除けにかざした片方の手の指の隙間からチラチラと漏れる光。
火を消すときの手首のスナップを使ってマッチを振るしぐさ。
消えたマッチの先から真っ直ぐに立ち昇る白く細い煙。
微かに漂う硫黄の匂い。
こんな光景はいつか忘れ去られてしまうのだろうか。
マッチ売りの少女は、いつまでマッチを売り続けられるだろう。
できれば、次元大介にはずっとマッチでタバコに火をつけて欲しいのだけど。
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