息が詰まるそんな夜に
きっかけは珍しいものじゃなかった。友達に誘われて行った合コン。
彼が一際目立っていた訳でもなく、ビビッと運命を感じた訳でもない。
ただ、優しい顔で笑う人だなと思った。この人に想われる人は幸せなんだろうな、と。
何でもない会話、酒が回って赤らむ頬。好きだと錯覚を起こすには十分だった。
それからは早かった。何度も二人で時間を共有する内にいつの間にか「好きです」なんて口走っていた。
彼は笑っていた。あの優しい顔で抱き締めてくれた。温かくて柔らかい柔軟剤の匂いがした。好きだと伝えたことに後悔はなかった。
ずっと一緒に居たかったから彼と生活を共にした。喧嘩をすることもたくさんあったけど仲直りの度にするキスが好きだった。暑いと言いながら一緒に立つ台所も、お風呂上がりの冷たい麦茶も、夏の終わりをベランダからの風で感じることも全部彼と一緒なら今まで見てた景色とは違って見えた。「恋をすれば世界がキラキラして見える」誰かがそう言っていたけど、あれって本当だったんだな、なんて柄にもなく思ったりもした。
彼は寒いのが苦手だった。寒い寒いと言いながら私を抱き締めて暖をとる彼が愛おしくて堪らなかった。狭いシングルベッドでこの世界は二人しかいないかのように思えるほど顔を見合わせて眠る夜が好きだった。
「約束の春がきたね、今までありがとう。」
彼は私が好きだと伝えたあの日と同じ優しい顔で笑ってそう言ってた。
今まで一度だって好きだと言ってくれなかったのに、優しい笑顔を浮かべながら潤む彼の瞳を見れば私だって勘違いしてしまいそうになる。
「元気でね、短い間だったけど楽しかった。」
「君には幸せになってほしい。こんなに誰かの幸せを願ったのは初めてだよ。」
「ウソ。あなたはいつだって誰かの幸せを願ってるんでしょう。」
好きになってはいけない人だった。
もう一生関わることのない人、交わることのない人生。
彼はきっと私との1年間なんて忘れて、何もなかったかのようにまた日常に戻るのでしょう。
「パパー!」
どこかで子供の声がする。
彼と出会う前には微笑ましかった声も今では煩わしく感じる。
「恋をすれば世界がキラキラしてみえる」なんて誰かが言ってたけど、あんなのウソ。
こんなにもドス黒くて、誰かを羨むこの感情なんて知りたくなかった。
あんなにキラキラしていた世界は、いつのまにか涙でボヤけて何も見えなくなっていた。
彼となら越えられた夜も今では息が詰まって溺れてしまいそうになる。
さようなら、誰かとの未来に希望を抱いていた自分。
夜は永い。ずっと、ずっと。