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やりたいことをやった先にあるもの

雇用されて働くこと、その良さも感じるけど、自分で考えて自分で決めて行動する、そのやり方が好き。(厳密に言えば雇用されてるなかでも自分で決めるのはできるんだけどなかなかね)

生み出したもので関わってくれた人やお客さまが喜んでくれる、それはとても嬉しい。だけどそれだけじゃない気がしていた。

「なんでつくっているんだろう?」
「なんで表現したいんだろう?」
「なんでそれをやりたいんだろう?」
「たくさんの人を喜ばせないと意味ない?」
「意味がないことはやってはいけない?」
そんな問いが浮かんでは、答えの出ないまま消えていった。

その感覚にひとつの答えが示された気がする。

動画はこちら。その場面は20:10頃から。

ご覧になりました??
私が感動したのはココ。

中田「この、やりたいって気持ちはなんなんだろうって思うんですよ。なんなんですかね」
加藤「何もないと思うよ。そこにはたぶん何もないと思う」
中田「…どういうことですか(笑)」
加藤「なんにもないと思う。それはたぶんやったところで何もない。日々費やして、頑張って頑張ってやって、いつか終わるということだけ」
中田「そうですね」
加藤「うん。だって結局終わんない番組なんかないわけだから。その間でドーンと当たるのか、小爆発で終わるのか、全然当たんないで凪のまま終わってくのか。ただそれだけのことなのよ。ってなると、自分がやりたいかやりたくないかだけ。損得考えたら一歩も進めない。って俺は思うけど」

宝物を探している人にとっては否定されたように感じるかもしれない。
けれど私はなんだかスッと落ち着いた。

「やりたいかやりたくないかだけ」という言葉の感触がワクワクとかアドレナリン中毒からの興奮じゃない、ただそこにあるものという感じがしてすごく好き。すっきりとした景色を見ながら気負わず進んでいけそう。

この感触をずっとおぼえていたい。


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